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名句全集中鑑賞∶門川の風篇

俳句ポスト兼題【夏休】の回は、ハナから参戦する意志がなかった。前回の記事にも書いた通り、自分と俳句との向き合い方を、考え直す時期だったというのが大きい。だが、それがなかったとしても、自分はこの兼題をパスしていただろう。何故なら、この季語にオリジナリティとリアリティを纏わせ、詩として昇華させる術が全く分からなかったからだ。NHK俳句でお題として出た時も、正解の像が浮かばず、支離滅裂な句を送り玉砕したのを覚えている。

結局自分は投句をせずに、結果だけを見て楽しむ事にしたのだが、その結果を目の当たりにして痛感したのは、この兼題に関しては『フィクション』は無力だと言う事だ。上位に入賞した作品はどれも、実体験に基づく句柄だと感じた。結局のところ、夏休という誰もが知り得る背景に、誰もが知り得ない映像を想起させた者が勝ちなのだと思う。

そういった意味で、これから紹介するこの句は、冒頭から優れたパーツで構成されている。


門川を日がな覗いて夏休

風早杏


この『門川』である。夏休という季語の枠内から、これを拾い上げた時点で勝負は決したと言って良い。そんじょそこらに転がっている素材ではない。文章よりも実像が有効なので、御本人から実際の映像をお借りしたが、自分はここから都市部から帰省した子供の視点を想像した。(作者本人にとっては、見慣れたものだったわけだが)




生活用水でありながら、都心では考えられないほどの透明度。この小さな空間に滔々と流れる『みづ』に、『日がな』虜になったであろう、作中主体のリアリティが鮮烈に浮かび上がる。

また、水路に寄った写真もお借りしたところ、サワガニが映り込んでいた。作中主体にとってこの『みづ』は、人間の生活サイクルの中にひっそりと湛えられた、小さな生命の存在を実感させるものであり、日がな覗き込むには持って来いの代物だといえる。

話を戻すと、夏休という季語にどう向き合えばいいのか、この句はその命題に、一つの明確な正解を示したと言える。夏休みだからこそ訪れた、普段とは違う景色の中には、その経験値のオリジナリティを増幅させるパーツが必ず含まれているのだ。我々もまた、そういう観点から脳内の記憶をなぞり、その中から珍しいものを拾い上げる事ができれば、その奥底に流れる『みづ』に映り込む、正解の像を眼裏に結ぶ事ができる。

さて、この話はこれで、一旦終わりかけたと見せかけて、実はここからが本題である。

祝☆俳並連鳥支部、初の秀作受賞者誕生!!


おめでとう!風早杏ことバードハイカー4号!!まさか、一番後に入って来た4号が、一番先にこの壁を抜けるとは!!支部長に、悔しさは一切ありません!!鳥支部という小さな小さな、若干4名のグループから、俳句ポストの木曜以降の句を輩出できた事、そ の事を切に嬉しく、また、誇りに思います!!

誠におめでとうございます!!!


しかぁし!!


鳥が…いなぁい!!!!


鳥支部の部員たる者、俳句のバックグラウンドへ第三の眼を開き、エア・バードウォッチングを行わなくてはならない!

バードチャクラ、発動!!


…と、いうわけでですね。

これより、風早杏こと、バードハイカー4号の俳句の背景を、脳内に完全再生させたのち、周囲に生息する鳥達を、血眼になって見つけ出してみる企画を開始します。

読者様におかれましては、期待された俳句の鑑賞が更に加速するのかと勘違いなされた方もいらっしゃるかもしれません。御愁傷様でございます。ここからは、鳥純度100%、鳥支部の、鳥支部による、鳥支部の為の時間が幕を開けるのです。

そもそも、先日の俳並スペースにて、杏さんは『おはようバード俳句』のコーナーに出演していました。が、メインを張っていた2号に対して、脇役に徹し、かなり初心者よりのポジションを保っていた印象が強かったです。これは果たして、そういう役柄を装っていたのか?能ある鷹が爪を隠すように、わざとそうしていたのか?いや、もしくは能ある鷹の爪を煎じて飲んでいただけなのか?支部長は目を光らせていました。いや、耳を尖らせていました。支部長は仕事中などというアナウンスがありましたが、ちゃーんと全部聴いていたんですから。(仕事と聴取の両立が何故成立しているのかについては明言を避けます)

万が一、日がな門川を覗いていたばかりに、鳥見が疎かになり、鳥族としての鍛錬を怠っていたとしたら問題です。俳並連鳥支部を名乗る以上、全力で鳥変態を目指してもらわねばなりません(←募集要項にはない、後出しジャンケンさながらのバードハラスメント炸裂)

そこで、支部長として、メンバーである4号へ課題を出したいと思います。

今から、自分が心眼バードチャクラを開いて獲得した、杏宅周辺で観察でき得る鳥見リストを公開します。ただし、俳句の記事を読んでいたのに、突如として鳥の話をされ、完全に置いてけぼりを喰らったにもかかわらず、我慢して読んでくださっている、本来は鳥の話など御免被りたいであろう読者の方々が飽きてしまわないように、ランキング形式での発表とします。

そして、そのリストを参考に、まずはリアル世界でその鳥を発見、観察してみて下さい。今回は、夏休という括りがありますので、夏季に観察できるものに絞りました。最終的には、その中から最低一つの種類について、実景俳句を詠んで頂きます。詠んだ俳句は、どこかしらに送りつけて、再度華々しい結果と共に報告して頂ければOKですから。

それでは、ランキングの発表です。


【門川に映り込む!身近な野鳥季語ランキング!2024夏】

早速トップ10の発表…の前に、まずは惜しくもランク外となった、いわゆるどこにでもいる鳥たちをご紹介しましょう。


【ランク外】


鳩(二種)
鴉(二種)

まあ、この三つは基本ですからね。人との距離感が近く、場所を選ばずに出現します。基本的に単体で季語にはなり得ない鳥たちですが、枕詞を付けることにより、いくらでも季語に昇格させる事は可能です。まあ、今読んでくれている人、ほぼ全員ご存知かとは思いますが。あと(二種)という意地悪な表記の真相は、各自調べて頂ければ幸いです。

はい、それでは十位から見てみましょう。因みにここからは、インターネットのヤホー全面協力の元、珠玉のフリー素材と共にお届けします。ありがとう、ヤホー。



【第十位】

白鶺鴒


はい。最早全国的に市民権を得たと言っても過言ではないハクセキレイが、第10位にランクインです。年齢や性別によって若干見た目に個体差が出てきますが、雑に言うと黒と白と灰色で構成された、人懐っこい鳥です。見つける際には、視線を下げて探すこと。ランクイン自体は妥当ですが、夏の季感は弱い為、この位置に甘んじる結果となりました。

因みに余談ですが、東京有楽町辺りでは、丸の内OLに媚を売ってパンをおねだりし、パンが来るや否や、やさぐれた顔つきでパンに食らいつく、通称パクセキレイが分布しています。※呼称は今テキトーにつけたやつですが、内容は本当です。

季語:鶺鴒(三秋)
観察ポイント:地面







【第九位】

一つくらい猛禽類でも入れておくか…という心の声を参考に、無理矢理捩じ込まれた感が否めない、トビが第9位に登場です。ランクインした鳥の内、最も高い高度を飛翔する野鳥。門川に足を突っ込んだままでもいいので、とにかく視線を上げましょう。町中の狭い空からでも、トビを見つける事は可能です。それくらい高いところを飛ぶからです。両翼を開いて、羽ばたきをせずに、同じところをクルクル旋回してるのが、それです。残念ながら季語ではありませんが、俳句に登場させるには持って来いの素材です。

季語:無季
観察ポイント:上空



【第八位】


出ました。ヒヨドリです。騒がしいので8位にしときました。門川に座っていると、姿よりも先に、その声に気づくことでしょう。しかし、一度そこを離れると、もしかすると水浴びしに来るかもしれない、ふてぶてしいヤツです。でも可愛いので許す。

でも、やっぱりうるさい。

この鵯を詠み込んだ名句が、鳥支部バードハイカー2号によって生み出されていますが、知りたい人は仲良くなって、直接聞いてみて下さい。季語の本質を理解してないと、ああいうのは詠めない。


季語:鵯(晩秋)
観察ポイント:電線、アンテナ、木



【第七位】

椋鳥

歳時記には益鳥である、なんて書いてますが、都市部においては害鳥扱いされている野鳥の代表格と言えます。駅前の樹木を集団で占拠し、『白い雨』を降らせているのは、1/3の確率でこのムクドリだからです。残りの2/3の確率については、ご自身で調べて下さい。インターネットのヤホーっていうサイトがオススメです。ま、その答えは、二つともこの記事に出てきた野鳥ですけどね。

翻って、この町においてムクドリを愛でるポイントは、うるさいという点を含めヒヨドリと似ていますが、決定的に違う所が一つだけあります。それは、雨戸の戸袋に営巣するという事です。雨戸の開閉を長期怠ると、すぐに侵入してきますから、注意が必要です。可愛いですけど、うるさいですから。一羽でも充分うるさいのに、戸袋で雛が孵ると、耳が引きちぎれます。最終的には、それが何万の群れとなって、空を埋め尽くすわけです。

彼らが空を埋め尽くすその理由が、『空が綺麗だから』だという事は、俳句界ではよく知られた真実です。鳥と俳句が両方好き人に、あの句を知らない人はいないでしょう。

季語:椋鳥(三秋)
観察ポイント:電線、屋根、アンテナ、雨戸



【第六位】

磯鵯

何なんですか、この色彩は。幸せの青い鳥ですか。この見た目で早朝から美声を放つかなり憎いやつですが、若い個体と、メスはかなり地味です。そして、この鳥は、平成から令和にかけて、最も人間に近づいた野鳥と言って良いでしょう。イソというくらいなので、元々は海岸などに生息していましたが、今となっては、都市部でもごくごく簡単に見つけられます。この町にいるという確信はないものの、いても全く不思議ではありません。まあ、恐らくいるでしょう。

沖縄県宮古島へ行った際には、雀より頻繁に観察できました。また、東京都渋谷区では毎朝4時過ぎに鳴き始める、まさしくおはようバード俳句的な野鳥です。あと、ヒヨドリを名乗るくせに、ヒヨドリではありません。強引に分類するなら、どちらかというとツグミに近い仲間です。季語としては夏になるらしいのでこの位置にいますが、そんなに季感はなく、いつでも見られる身近な野鳥です。

季語:磯鵯(三夏)
観察ポイント:電線、アンテナ、地面



 
【第五位】

河原鶸

出ました。一句一遊にて季語として出題された事をきっかけに、俳句界隈での知名度が飛躍的に上昇した、可愛いやつです。ただ、あの時は確か春の季題で募集されていましたが、歳時記の種類によっては鶸の仲間として秋とされていたり、実際には渡りをせず年がら年中お見かけするなど、季感が崩壊している野鳥ではあります。見た目がコロコロしているばかりでなく、鳴き声もコロコロしているという、なんかズルいやつです。多幸感があります。その多幸感を詠み込んだ俳句が、見事に没った事は内緒です。ヤホーが素晴らしい画像を提供してくれましたが、この画像のように、地表に降り立つ事は稀で、基本的に視線より高い位置にいる事が多い鳥です。

季語:河原鶸(三春)
観察ポイント:電線、アンテナ



【第四位】

青鷺

体長が1メートル近く、翼を開くと1.5メートルある怪鳥です。そんな化け物が、なぜ町中の季語候補になっているのか、不思議に思った方も多いのではないでしょうか。当然の事ながら、門川に降り立つサイズ感ではありません。

実は、自分は今回の門川の映像から、少なくとも半径1キロ以内に河川の存在を感知しました。そして、その河川まで行けば現状の三倍の種類の野鳥が観察できるだろうと推察。さらに、そこで生息する野鳥が、河川から他所へ移動する際、この家の上空を通過する景が脳内再生されました。その代表として選んだのが、この青鷺なのです。青鷺の飛翔は、とてもゆったりとしています。門川を満たす『みづ』と、その周りを流れる時間が醸すゆったり感に、最も合致した鳥が、これだったのです。鷺の類が民家の上空を通過する事は、実は頻繁に起こります。場合によっては、屋根の上に止まったりもするので、予備知識のない方は驚いてしまう事でしょう。止まっている時の『置物感』も凄まじく、微動だにしないケースもあります。その象徴的な例として、石川県の兼六園には、中庭の池に青鷺そっくりの置物がありますが、実はそれが本物の鷺である事に、多くの観光客が気づいていないという噂です。

季語:青鷺(三夏)
観察ポイント:上空、屋根


【第三位】

眼白

遂にベスト3の発表となりました。本当は2位に押し上げたかったこちらのメジロですが、写真の景色に木が少なかった為、止むなく一つ順位を下げての登場になります。先程のカワラヒワと比較して頂くと、嘴の形が全く違う事が分かるかと思います。メジロの嘴は、花の蜜や、写真のように果実の汁を吸う事に特化している為、細く長く伸びています。今回の景色に木が少ないという事で、花や木の実、果実の存在は希薄に感じられました。逆に小さな虫の類の存在は否定しようがないので、虫を食べる野鳥が結果的には上位を独占する形となりました。

が、それでもメジーはいます。必ず。


季語:眼白(三夏)
観察ポイント:電線、木、水場



【第ニ位】

民家が並んでいる時点で、夏の野鳥代表は、どうしてもこのツバメになるでしょう。ご存知の通り、単純に燕という季語の他に、燕の巣、燕の子などのバリエーションがある他、イワツバメやコシアカツバメなどの近似種もこの括りに入って来ます。気圧が下がると低く飛ぶ習性があり、止まっていても飛んでいても人の目につきやすい野鳥です。

季語:燕(仲春)、燕の巣(三春)、燕の子(三夏)
観察ポイント:電線、低空、軒先




さあ、いよいよこの企画の発表も、残すところ第一位のみとなりました。この鳥を選定したのは、夏の季語である、声の存在感がある、人間との親和性が高いなどの理由があります。つまり、夏休みの門川に遊びに来てくれそうな鳥ナンバーワンという事です。

前半で俳句の鑑賞をして、後半急に舵を切って、バードチャクラがどうのこうのと言ってましたが、改めて言わせて下さい。

季語、夏休の俳句で、ここまで心を動かされるとは思っていませんでした。自分は鳥が好きだから、あの句の背景にこの鳥たちの姿をこんなに想像できました。しかし、そうさせたのは、俳句の力です。あの句にそれだけの力があったということ。俳句そのものが、そこに内包している作品の余白として、鳥がいる風景を自分に見せてきた、というのが正解です。


改めて、作者である風早杏さんに、拍手を。


杏さんが、自分の想像した鳥たちを、裸眼でコンプリートできる事を祈っています。


最後に、第一位の鳥と、その鳥を季語として詠んだアンサー俳句で、お別れしたいと思います。

それでは皆さん、良い鳥見を。
ごきげんよう。





【第一位】

四十雀

季語:四十雀(三夏)
観察ポイント:電線、木、アンテナ、水場


〈アンサー俳句〉

四十雀門川に聴く鳥言語
恵勇





名句全集中鑑賞∶門川の風篇

【完】


企画、執筆、アンサー俳句 … 恵勇

掲載俳句 … 風早杏

俳句出典 … 俳句ポスト365

参考文献 … きごさい歳時記

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