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北原コレクション③「奇跡のバンジョー時計」
若い頃、骨董の世界を学んだ京橋の古道具屋「古典屋」。店内には、時計、ラジオ、レコード、パイプ、ポスター、マッチラベルなど、古い生活骨董がいっぱい。どれも古物ならではの深みと味わいがあり、ときめきを感じました。中でも、古時計に興味を持った北原さん。あるとき、一見古い置物のような「犬の目玉時計」を目にしてびっくり。
右目が分、左目が時間を示し、左右の目の回るスピードが違うため、時刻によって、目玉が寄ったり、離れたり。刻々と表情が変化するカラクリは、実用性を離れておもちゃのよう。こんな面白い時計があるのだと感動します。
他にも、鳥籠時計、金魚鉢時計といった動きの面白い物や1940年代から1960年代にかけてたくさん作られたディズニー、ベティーさん、ポパイなどのキャラクター時計。見て楽しい物を集めていきます。
このように北原さんは、単なる時計より、ヴィジュアルや仕掛けに魅力ある物を好んで集めます。醍醐味は、ゼンマイ動力による動きの面白さ。これは、その後夢中になるブリキのおもちゃにも通じる魅力。このように、コレクターとしての感性は、カラクリ時計との出会いにより引き出されたと言えるかもしれません。
北原コレクションの始まりは古時計。数あるコレクションの中でも、入手までの経緯に驚きがあり、忘れられない一点。それは、1920年代アメリカ製のバンジョー時計です。
「古典屋」に通っていた頃、新宿に「木馬」という有名なジャズ喫茶がありました。たまたま読んだ本に「木馬に洒落た時計がある」と紹介されており、気になっていた北原さんは、ある日、「木馬」を訪れます。
喫茶店ですが、店内では蓄音機やランプのようなアンティークが商品として売られていました。その中にあったバンジョーを抱えた黒人の目が動く時計は、今まで見たことがない物。一目で気に入るもこれだけが非売品扱い。店主に掛け合いますが、どうしても売ってくれません。
以降、バンジョー時計が頭から離れません。黒人がバンジョーを抱えた時計自体は何度も見かけますが、「木馬」で出会ったときの感動は生まれません。似た時計はあっても何かが違う。同じ物はどうしても出てきません。
それから20数年が経ち、テレビの取材でたまたま平和島の骨董市に出かけたときのこと。目の前にあのバンジョー時計とまるで同じ物があったのです。全く同じオーラを放っていて、目にした瞬間、「あった!」と思いました。
大きな驚きの中でこの時計を購入した北原さん。店主に「僕は20年以上前に新宿の木馬という店でこれと同じものを見つけたけど、どうしても譲ってもらえなかった。でも、この時計を見た瞬間、あの木馬の時計と同じ感動を受けました」。そんな話をしました。
すると、店主は、「北原さん、これは木馬から来たんですよ」。この言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立ちました。聞けば、木馬が店を閉じることになり、店主の店に持ち込まれたと言います。
コレクションを始めたばかりの大学生時代に出会った幻の時計。それが、20数年という長いときを経て、めぐりめぐって北原さんのところへ。奇跡のような出来事に、「モノは一番欲しがっている人のところへ来る」を実感するエピソードです。