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2020/12/25の星の声

白ひげ一族のものがたり (後編)



大音響を鳴らす者


「担当エリアをシャッフルしましょう」


思いがけぬ一言に、白ひげ一族はみな言葉を失いました。エンケラドゥス、つまり「大音響を鳴らす者」からの伝言は、それぞれの地域で準備を進める白ひげたちの担当を入れ替えようという提案でした。

クリスマスまで1週間を切った12月21日の夜、誰もがまったく経験のない持ち場につくことになった白ひげ一族は、緊急の大規模集会を開催しました。


「なんだってこんなことになったのか、わ・か・ら・な・い! せっかく妖精たちと一緒に人間の調査をし終わって、これからが本番だってのに!!」


やたらと早口でしゃべる南米エリア担当の長老は、各エリアの他の長老たちを差し置いて大声を上げました。誰もが口をつぐむ中、彼らの視線は最長老ニコラに集まりましたが、ニコラは押し黙って星空を見上げるばかりでした。ニコラの近くでは、おしゃべりなアジアエリア担当の長老が小さな老眼鏡を大きな鼻にのせて、一族に残された数々の言い伝えや文献などを読み漁っていますが、手がかりとなるようなものはひとつも見当たらなかったようです。

なんとも言えない物悲しい雰囲気が漂う中、口を開いたのはオセアニアエリア担当の長老、かのサーファーサンタでした。彼は絹のように光沢のある長い髪を片手でふわっとかき上げると、潮風のような声でこう言いました。


「んー、ソリって、どうやって乗るんだっけ?」


そう尋ねられたのはヨーロッパエリア担当の長老で、彼はひとたび片方の眉を上げてから、ため息まじりに低い声で答えました。彼らは、それぞれの担当地域が入れ替わることになったからです。


「むしろ、私はサーフボードの乗り方を教えてほしいよ。キミのような伝説の波乗りだったら、2、3日あれば容易いことだろう?」



サーファーサンタは首を横に振ると、日焼けした肌から、雪原のように輝く真っ白な歯を見せて笑いました。


「いや、3分もあればじゅうぶん」


すると今度は、あらかたの文献を読み終えたアジアエリア担当のおしゃべり長老が、頬を膨らませたままでいる南米エリア担当の早口長老に声をかけました。この二人もまた、互いの持ち場が入れ替わることになったのです。


「我々はいつも通り、妖精たちと完璧な準備をした。ニッセやトムテ、トントゥが力を合わせて用意してくれたプレゼントだって、それぞれの人間に見合った完璧な光のはずだった。パッカネンはいつだって愛くるしいしな。だが、この事態を理解しようと頭で考えたって、ダメな時はダメなんだ。今は、我々にできることをするしかないだろう。エンケラドゥスの指針は絶対だ。彼らだって我々を混乱させようとして言ったわけじゃない。むしろその逆のはずだ。これまでに、彼らが現れた時だってそうだっただろう? あまりにも横暴だと思ったら、その通りの展開が訪れてしまうことになる。もしかしたら、我々の準備に何か間違いがあったのかもしれない。この状況は吉兆と捉えた方が良さそうだ。その証拠に、エンケラドゥスを含めた土星の人々は今、木星ユピテルとともにある」


二人の長老は、夜空を見上げました。木星と土星がまるで重なり合うかのように輝いています。すると、早口長老は何かを思い出したようです。


「おい! そういえば、ユピテルのことはアンタが詳しいんだろう? 」


そう言われて自分のことを指さしながら首を傾げたのは、アフリカエリア担当の長老で、あまりにものんびりしている彼はどういうわけか白ひげ一族の中でトロイと呼ばれています。長老トロイは、その大きな目を何度も何度もまばたきさせながら答えました。


「ユピテルのはなし。これまでとおんなじ、もうない。おんなじする、星、死んじゃう。真っ赤っか。これまでとちがう、星、キンピカピン。今、ぜーんぶある」


トロイが担当するアフリカエリアと入れ替わりになる北米エリアの長老が、トロイの言葉を聞いた途端に両手で頭を抱えて、膝から崩れ落ちました。


「オーマイガッシュ! なーに言ってるか、さーっぱりわからないさ!!」


トロイの言葉については、古くから親交のあるアジアエリア担当のおしゃべり長老が一番理解しているようで、彼はすぐに北米エリアの長老と南米エリアの長老を交えてこう付け加えました。


「トロイはね、ユピテルの声を代弁しているのだよ。これまでと同じ在り方を続けることはもうできない状況になっている。それなのに、同じことを続けようとすると、惑星は少しずつ赤みを増していって、そのうちに終わりを迎えてしまう。トロイの言う、真っ赤っかだ。つまり、生命がめぐりを失ってしまう状態のことだ。そうだろう?」


トロイがのんびり頷こうとする前に、しゃべりたくてしょうがなくなったアジアエリア担当の長老は話を続けました。


「ユピテルは、これまでとちがう在り方になるならば、あらゆる存在の奥底にある光が金色に輝く、と言っているそうなんだが、ちがう在り方にしようとして、これまでを否定的に捉えたり、これまでの流れに対して抵抗したりしようとすると、生命がめぐりを失うことにつながるそうだ。だから、ちがいを作ろうとする必要はない。これからは誰もがひとりでにちがう在り方に変わっていく。その変化のために、今現在はすべてが出揃っているらしい。トロイが言いたいのは、そういうことだろう?」


あちこちから聞こえる長老たちの会話を耳にしながら、最長老ニコラはまだ星空を眺めていました。エンケラドゥスの人々からの手短な伝言を頭の片隅に置きつつ、星々から届く声に耳を傾けていたのです。ニコラはざわつき始めた一族を見やって、控えめに右手をすっとあげると、その瞬間にざわめきはぴたりと止まって、120万もの白ひげ一族はしんと静まり返りました。


「我々にとって大切なこの時を、これからも星々の声とともに在ることにしよう。それでは、各エリアを新たに担ってもらう君たちに伝えることがある。私は……」


そこから、最長老ニコラがていねいに紡いだ言葉を耳にした白ひげ一族は大きな大きな歓声をあげました。こうして、彼らはそれぞれの新しい持ち場に向かったのです。





クリスマス・イヴ



12月24日、ついにこの日が来ました。まずは、地上で人間と共に過ごしてきた3万4567人のサンタクロースが、それぞれの仕事に取り掛かるためにスタンバイをします。

あるサンタクロースは子どもたちにメッセージを送るためにメディア対応に追われ、また別のサンタクロースはソリの最終メンテナンスをし、これまた別のサンタクロースは苔を握ってつくった苔むすびをてんこ盛りにしてトナカイに与えるのです。

雪の中で待機する白ひげ一族は、夜が明ける前にモミの木のはしごを伝って、膨れ上がった雪雲の上に登っていきました。手足を使ってよじ登る白ひげもいれば、はしごをレールがわりにしてソリに乗って上昇していく白ひげもいるのですが、途中でひっくり返って、プレゼントを枝葉のあちこちに落っことしてしまう、おっちょこちょいの白ひげもちらほらいました。かつて、そんな彼らの様子をたまたま見かけた人間が、はじめてモミの木にオーナメントを吊るしてクリスマスツリーをつくったことは、世界的に有名な話です。

これまでとは別の持ち場にやってきた彼らは、まず朝日が昇る瞬間をじっと待ちました。その夜に彼らが配るプレゼントをより輝かしいものにするためには、朝日の光をじゅうぶんに含ませることが大切なのです。彼らはそれぞれが持つ袋を大きく開けて、妖精たちが用意してくれたプレゼントにたっぷりと朝日を詰め込みました。

いつもの年ですと、そこから日が暮れるまでは昼寝をしたり、プレゼントを配るルートの確認をしたりと思い思いに時間を過ごすのですが、今年は違ったようです。彼らはそれぞれの袋を交換し合って、本来だったら行き先が決まっているはずのプレゼントをでたらめにシャッフルしているではありませんか!

これはエンケラドゥスの人々の言葉をもとに、それぞれのエリアを担当する長老たちが決めた大切な仕事だったようです。はじめのうちは不安そうに袋を取り替えあっていた白ひげたちですが、そのうちにみんなで陽気にクリスマスソングを歌い、大声で笑いあいながら、ごちゃまぜにしていきました。



フォーッフォッフォッフォッフォッフォ!




次に、彼らは日の入り時の太陽の光を待ちました。その光をふんだんに詰め込めばプレゼントが完成します。虫取り網を振り回すように、プレゼントが詰まった袋に夕陽の光を取り込んで、紐でかたく結んで封をしたら、出発の刻です。

全世界中で颯爽と先陣を切ったのは、はじめてヨーロッパエリアを担当することになったサーファーサンタの長老でした。結局彼はソリではなく、愛用するコバルトブルーのサーフボードを使って、雪雲を滑降していきました。そのあまりのスピードに、地上の人間たちからは尾の長い流れ星に見えたそうです。

これまでの彼らであれば、煙突や天井裏からプレゼントを渡しに入っていましたが、今年彼らが用意したプレゼントはすべて、太陽を含む宇宙の星々のもつ輝き、それに人間の魂の煌めきをつなぎ合わせたとっておきの光でした。どの魂の記憶にも記されていないはじめての経験がこのクリスマスからはじまるのです。

その光は、人間や物事の奥深くにある影や闇をあらわにするほどの強さを持っています。ですから、もしかすると聖夜に悪夢を見る人もいるかもしれませんが、そうして噴き出た影や闇は、やがて光とひとつになって、それぞれの色味を帯び輝きはじめるのだそうです。

そして、その色こそが、その人だけが持つ、特別な彩りになります。実はこれこそが、彼ら一族に伝わってきた"空っぽの光”だったのです。

白ひげたちは、光を贈った人間ひとりひとりの様子を眺めながら、歓喜に震えました。それまでに彼らが渡してきたプレゼントとはまったく別のもの、言うなれば、彼らが心の底から渡したかった贈り物のように思えたからです。

新たな持ち場で、白ひげたちは精力的に活動しました。彼らの笑顔からこぼれる煌めきもまたとっておきのプレゼントに華を添えたのです。それぞれの胸には最長老ニコラが伝えた言葉が響いていました。


「私は、君たちの好きなように過ごしてほしい。各家々を順番にまわらなくたっていい。君たちそれぞれの心の赴くままに、好き勝手やるんだ。特に今年の子どもたちの多くは、形あるものを望んではいない。これまで我々が贈ってきたものは、月日が経つと、よくゴミ捨て場で見かけられた。庭で焼かれていたこともあった。その子のために届けたのに、その子のためにならないことが多かった。だが、そんな世界は二度と来ない。もう二度とだ。子どもたちだけじゃない。我々は、あらゆる人間に幸せを届けたいがために、彼らの希望を調べて、できる限り彼らの願いに沿うように務めを果たしてきた。我々の行いは決して間違いではなかったが、トロイがユピテルの言葉を伝えてくれたように、もうこの地球でこれまでと同じ在り方を続けることはできないんだ。そうなったら、我々は何がしたい? 私は、こうだ。人間を幸せにしたい。人間に、人生という晴れ舞台を心ゆくまで楽しんでほしい。それだけだ。そのために、私にできることは、もう物を届けることではない。私の個人的な思いを成し遂げるためにこうして存在できている幸せを彼らに届けることだ。私の幸せを贈ることで、私は人間が幸せになると思う。だから君たちも、君たちにとっての幸せを彼ら人間に分かち合ってほしい。おそらく、君たちも私と同じだろう?」


これまでなら、完璧な準備と段取りを通して、つつがなく夜を過ごしていた白ひげたちですが、その夜は信じられないほどにいろいろと起こりました。

サーファーサンタの長老は、プレゼントを配って雪雲を乗りこなしている途中に、アルプスの雪女に心を奪われて、マッターホルンの頂上に袋を置きっぱなしにしたまま姿をくらましてしまうし、一番声の低いサンタは、その声があまりにも荘厳に聞こえたのか、小さな島国の少数民族から精霊として扱われ、長時間続く儀式の中でこれでもかと讃えられて、しばらく身動きがとれなくなってしまったそうです。

これまでの白ひげたちだったら、先導役の長老がいない中でプレゼントを配り切ることは不可能でした。ただ今回に関しては、どの白ひげもそれぞれがとびきりの幸せに満ちた状態だったからか、十分な余裕をもって長老たちの分まで配り終えることができたようです。

細かいことを挙げればキリがないほど、世界各地で思いもよらぬ出来事が重なった白ひげ一族ですが、無事に24日の夜から翌朝までにかけて、プレゼントを配り切ることができました。






聖夜のあとの白ひげたち


12月25日のクリスマスは、当たりくじをひいたサンタクロース3万4567人だけが、人間との関わりを怠らないように一日中起きていて、白ひげ一族120万人のほとんどは身体を休めていますが、今年はほとんどの白ひげが、興奮冷めやらぬといった表情で、あちらこちらに集まって聖夜を振り返っていました。苔むすびをたらふく食べたトナカイたちが小屋の中で寝息を立てるそばで、初めての持ち場でそれぞれが大切な思い出をつくってきたようです。

最長老ニコラは、白ひげたちの様子を見て胸を撫で下ろしました。最長老の立場になってから長い月日が経っていますが、こんな聖夜ははじめてだったのです。唯一、サーファーサンタの長老が朝帰りの途中にサーフボードを失くしてしまったようでがらにもなく落ち込んでいましたが、どのエリアに行った長老もみなしっかりと雪の中に戻ってきました。


「今夜は雪見祝い酒だな」


普段、酒など一滴も飲まないニコラの言葉に、白ひげ一族は沸き立ちました。それならばと、みなそれぞれの雪料理を一品ずつ持ち寄ることになったようです。この日の夜の雪の中は、特に騒がしくなるに違いありません。そこにはあのエンケラドゥスの人々も招待されたようです。

今、雪の中には白ひげたちの笑い声がとどろいています。ひとりひとりの幸せそうな顔を見るかぎり、間違いなく、すべての人間に幸せが届けられたのでしょう。ただひとりだけ、浮かない顔をしている白ひげもいますが、もしヨーロッパのどこかに落っこちているコバルトブルーのサーフボードを見つけましたら、ぜひぜひ手近なサンタクロースに声をかけてみてください。あなたの元に、サーファーサンタの長老が現れるかもしれませんよ。



今週は、そんなキンボです。




こじょうゆうや

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こじょうゆうや
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