昔の男~season3~孝史という男06
孝史は過去にはバンドで生計を立てていた。
メジャーデビューこそしていなかったけれど、バンドだけで生活していける日々を長く過ごしていたようだった。
私と知り合ったときは、活動はかなり小規模になっていたみたいだったけど。
そんな人だから、たま~に、外を歩いていると、
「〇〇さんですよね!握手してください!」なんて声を掛けられることもあったようで、私も何度かそういった現場に遭遇した。
そこが、彼の私生活での枷になっていたようで。
出かける前は、洋服を選ぶのにどれだけの時間をかけたか。
もはや日々戦いだった。
出かけるのは、いつも、夕食と夜遊びにだけ。夜型生活なもんで、だいたい夕方にもぞもぞ動き出す。
私といえば、家から数日分の着替えと、教科書を持ってきていたから、TPOに合わせた数パターンを、孝史に合わせて選ぶだけでよかった。
お化粧している間に、孝史の衣装(笑)、が決まったら本当にラッキー。
その日はすんなり出かけることができる。
でも、毎回そんなにうまくはいかない。。。
ある日なんて、
2階から「俺は格好良くない!くそー!」って叫ぶ声が聞こえてきた。まぁ、日常茶飯事ではあったが。
「どうしたん?格好いいよ~。」
「そんな嘘言わなくていい!全然格好良くない!ダサい!」など色々と自分で自分に怒りをぶつけだす。自分を殴りだす。
二十歳の私に、気の利いたフォローなんてできるわけもなく。オロオロしていると、彼のイライラは益々募っていく。
しまいには、買ったばかりの3万円くらいするTシャツを、着用したまま破き出した。
私は、唖然としたが、割と冷静ではあった。俯瞰でその現場を見ていたのを覚えている。
もはや笑ってしまいそうにしんどかった(笑)
因みに、また別の日は、包丁を持ち出して「ダサすぎる!死ぬ!」ってわめいてたけど、
私の性格上、情熱的に対応できるタイプではなかったので、それはすぐに収まった、大したことのないお話。