カントリーマネージャーという仕事
ELSAというシリコンバレーの教育AIスタートアップの日本カントリーマネージャーを9月末に退任しました。
ELSAは2016年に創業された会社で(主要株主はGoogleのAI投資部門など)、累計調達額は$50M(約75億円)のシリーズC、社員は200名、ユーザー数は5000万人とスタートアップの中ではなかなかの規模感の会社です。ちなみに自分が入社したときは社員数80名くらいで、シリーズB調達の間際、ユーザー数も2500万人くらいだったので、在籍期間4年弱でとても大きくなったなあと感慨深いです。(スタートアップは人の入れ替わりが激しいので4年近くもいると長老扱いされます。。笑)
以下、簡単なELSAの紹介です。ファウンダーがスタンフォードMBA卒、ベトナム人女性起業家、GoogleのAI投資部門からアジア初投資案件AIなど、何かと話題に事欠かない急成長中のスタートアップです。
このELSAで、カントリーマネージャーという仕事を1年半(正確に言うと、前のポジションも含めて丸3年)やらせてもらい、語り尽くせないくらいたくさんの経験をさせてもらいました。(そんな大事な役回りを任せてくれた本社の役員、チームメンバー、そしてお世話になったお客さんや投資家、メンターに感謝の気持ちでいっぱいです。)
このnoteでは、カントリーマネージャーてどんなことしてるの?と少しでも興味のある方に向けて、カントリーマネージャーという仕事の一端を私の経験した範囲でご紹介できればと思います。(業界や会社規模によって職務内容なども変わるかと思いますので、本noteはあくまで私個人の体験談として、ご笑覧いただけますと幸いです。)
カントリーマネージャーになるまで
まず初めにカントリーマネージャーとはどんな仕事なのかについて、一般的な説明をもとにご紹介したいと思います。大手人材会社のMichael Pageによるとカントリーマネージャーとは以下のような役職だそうです。(以下引用)
”カントリーマネージャーとは、企業が海外に事業進出する際、その海外拠点において進出や業務を取り仕切る役職です。具体的には、海外支社や関連会社の経営を担当します。海外は、法律・文化・商慣習など、自国と異なる部分が数多くあります。そのような部分の理解が不足したまま海外にビジネス参入を試みると、その国のローカルなビジネスマナーなどが障壁となり、失敗に終わる可能性も。カントリーマネージャーは、進出先の国の文化や風習、マナーにマッチするよう経営戦略を策定し、橋渡しを行う役目があります。また、進出先で人材を採用・育成し、事業を展開するなど、責任者としても働きます。”
長くて仰々しい説明ですが、要するに、日本と本国の商習慣や文化の違いのクッションになりながら、チームを作って、日本でちゃんと売上を作ってね。というポジションです。
そんなカントリーマネージャーという役職ですが、なり方が何パターンかあります。まず一般的なルートはLinkedinなどの求人サイトにオープンポジションが掲載されて、自分で申し込むパターン。そして次にリクルーターからのヘッドハント。最後が、社内昇格でなるパターン。私はこの社内昇格のプロセスを経て、カントリーマネージャーになりました。後者は聞くところによるととてもレアケースらしいです。(ちなみに私はグロース責任者というポジションで入社し、後にカントリーマネージャーに昇格しました。)
自分をカンマネに引き上げてくれた元上司は、自分が入社時のポジションを受ける際に、なぜかカントリーマネージャーのJDを送ってきていました。(本人は気づいていなかったらしいのですが笑)、そこに書かれているJDのレベルの高さに圧倒されながらも自分の職務はそれなんだと信じて、最初の数年は自分のハードルを上げまくって仕事をしていました。(結果的にはそのマインドセットで仕事をしてよかったと思います)
真偽は不明ですが、もしかしたら良い人が外からとれなければ、中で育てるつもりだったのかもしれないなと後になって思うことがありました。(実際、自分が前のポジションにいた時、数名のカンマネ候補の方のインタビューに入らせていただき、私自身がOKしたものの本社で✖️になったケースが何件かありました)というのも、弊社CEOがかつてのインタビューで、「カントリーマネージャーをいきなり採用するのではなく、まずは若手で色々な動きができる人をグロース責任者として登用し、自分とともに様々な施策を試していくのがグローバル展開の戦略だ」ということを語っていました。私の元上司もJDのことについてはとぼけてはいましたが(笑)、もしかしたらCEOとそういう戦略でAlignして私をテストしてくれていたのかもしれません。
うちのCEOがグローバル展開成功の秘訣について語っていますので、お時間のある方はぜひご覧ください。
カントリーマネージャーの仕事
では具体的に、カントリーマネージャーとして本社のどんな期待を背負って、日々どんな業務に取り組んでいたかについて少しご紹介したいと思います。
まず、どの会社のカントリーマネージャーにも求められるのは、P/L(収益)責任です。簡単にいうと効率的なコスト・リソース配分で、売上をガンガン伸ばしてねという期待が本社から降ってきます。
当時の自分の状況としては、日本のB2B事業の売上・知名度は0、それをいかに伸ばしていくかというまさに立ち上げ期のタイミングでした。そこでの私のミッションは、伸びそうなセグメントに狙いを定め、最初のお客さんを見つけてくる。それを勝ちパターン化として横展開して、どんどんスケールさせる。また具体的な評価指標としては、年次で売上を倍々成長させ、日本をグローバルでNo1の市場にするといったところでした。 短期的には、売上目標、そして長期的には、市場で認知を確立する、強力なパートナーシップを築くなど。短期と長期のバランスが求められるチャレンジングな仕事でした。
そんな本社からの期待値に応えるために、日々カンマネとして取り組んでいた業務は以下のような内容になります。 (ちなみに、私が入社した際は、上述のグロース責任者としてのポジションでしたが、やっていた仕事の内容はカントリーマネージャーの時とあまり大差がなかったと思います。なので、下記のカンマネとしての仕事はグロース責任者とカンマネ職をしていた3年間での経験の話になります。)
1 Go to Market戦略の策定と実行
日本の市場を定量・定性の両面から分析し、どのセグメントにどれくらいのビジネスオポチュニティがあるのか。どのチャネルでどうやってお客さんを獲得するのか。そのセグメントを攻略するのにどんなお客さんをセンターピンと見立てて、ケーススタディを作るか。そして誰をいつ雇う必要があるのか。競合は誰で、どんなプロダクトを作る必要があるか、などなど。いわゆる市場開拓戦略を1から作り、本社に説明し合意を得て(時には修正をしながら)、その計画を実行するということをしていました。
2 プロダクトのローカライゼーション
この3年間、どの部署と一番コミュニケーションを頻繁にとっていたかと聞かれると間違いなく最初に出てくるのがプロダクトチームです。というのも入社当初は、B2Cで売られているものとほぼ同様のものをパッケージを変えB2Bにも販売するという戦略をとっており、なかなかB2B特有のニーズにプロダクトが応えられていないという状況でした。そんなB2Bのお客様のニーズや、実際のユースケースに応えるために、開発を行なった場合の想定売上、波及効果などを定量・定性の両面から分析し、時には実際のお客さんやお客さん候補とプロダクトチームをつなげインタビューを実施する。またそれらのデータを元に、プロダクトチームや本社役員から合意を得て、開発を推進してもらうというようなプロマネ的なこともしていました。
3 営業活動とパートナー開拓
カントリーマネージャーの仕事の難しいところは、時間軸の違うことを、ゴールを意識しながらバランスよくやらなければならないところにあります。例えば、短期だと年次の売上目標達成に向けて、ボトムアップの営業活動に注力しなければいけませんが、一方では長期的な視点として、市場でプレゼンスを上げるために必要なアライアンス戦略だったり代理店開拓など、実現に時間のかかる取り組みもしなければいけません。初期フェーズに優秀なメンバーが参画してくれたおかげで、長期的な取り組みに目を向けられるようになったので、つくづく人に恵まれたなと後になって思います。
4 人材の採用やマネジメント
お客様や初期メンバーのおかげで、2年目からはビジネスが急拡大し、本社から営業とCSに必要な8名のヘッドカウントをもらうことができました。採用活動の難しいところは、売上目標から逆算して採用を完了(オンボーディングまで)、させなければならない時間的な制約です。一方で、人材の質に妥協することは一切許されないので(そこを担保するために本社が最終面接をしていました)とにかく候補者へのリーチアウトのスピードと数の両方を意識しながら当時は採用活動をしていました。結果として、外部のリクルーターの力も借りながら、短期間で複数ポジションで50名以上の候補者の方とお話をさせてもらい、無事に素晴らしいメンバーに参画してもらうことができました。また各メンバーと合意をしたKPIの進捗管理や、時にはグローバルへのリクエストなどをメンバーから吸い上げ、本社とコミュニケーションをするというのも日常業務の1つでした。
5 メディアへの出演や講演
カントリーマネージャーの大事な仕事の1つに、会社やプロダクトの顔となり、対外的な認知度を上げるという活動があります。 ただ私は昔からあがり症で、大勢の前で話したりすることに苦手意識を持っており、できることならそのような機会は避けてきたような人間でした。ただこのポジションにいると次から次へとメディアや人前でお話しするという機会がどんどん舞い込んできて、断ることができなくなりました。。笑 大変有難いことに、1年半の間に20回くらいメディア出演や講演の機会をいただき、色々なところでELSAやELSAの日本での活動を知っていただく機会に恵まれました。(下記のような感じで色々なところでお話の機会をいただきました。)
JETROさんに日本進出の成功例としてインタビューしていただいた時の記事
AWSさんで他のEdtech企業さんとグローバル展開についてお話しさせてもらった時の記事
Newspicksさんで新サービスの紹介を独占インタビューで取り上げていただいた時の記事
時には会社のPodcastに出演して、自分がELSAに入社したエピソードやプロダクトの紹介などもしていました
6 投資家とのリレーションシップビルディング
これはおそらくリージョンレベルのカンマネが関与するのはかなり珍しいケースではないかと思いますが、直近ラウンドの資金調達のデューデリジェンスにも関わらせてもらう機会がありました。当時、日本の市場が急拡大しているということもあり、リード投資家候補(シンガポール最大手の金融機関の1社)が、日本の顧客にインタビューをしたいというリクエストの元、日本の教育現場への視察や、顧客へのインタビューの同行なども担当しました。(丸2日間投資家と行動を共にするため、道中ものすごい数と深さの質問が飛んできて何度も吐きそうになりました笑 当時を振り返り、全てに完璧に答えられた自信はないのですが、当該ラウンドは無事にクローズしたので、万事オーケーかなと思います)また同ラウンドで、新規で参画いただいた日本の投資家の皆様には、日本市場におけるビジネスの現状や展望などについて、何度もお話しをさせていただく機会があり、本当にお世話になりました。
当時、日本で出した資金調達のプレスリリース
7 ロビイング活動
これもおそらくカントリーマネージャーとしては少し珍しいムーブかもしれません。外資系にとっての宿命は、日本の法や規制に則って事業活動を行わなければいけないところにあります。また時には、ロビイング活動を通して、自分たちのビジネスに有利に働くよう規制改革や新しい政策を政府に推進しらうことも必要になってきます(かつてOpen AIのSam Altmanが自民党本部を何度も訪れ、勉強会を開いていたのが好例かと思います)そんな規制改革や新しい政策を推進してもらうために、アドバイザーの力強いサポートのもと、ロビイング活動に精を出していました。あまり詳しいことは書けないのですが、結果として政治家の先生や省庁の方に、生成AIのベストプラクティスやリスクなどのレクチャーをさせていただいたり、生成AIガイドラインの策定時に進言させていただくなどの機会にも恵まれ、それが少なからず会社の長期的な日本でのプレゼンス向上に繋がっているなと感じています。
振り返ってみると、周りのサポートもあり色々なことをやらせてもらいましたが、カントリーマネージャーとしては、常に本社から降りてくる数字目標を意識しながら、3-5年先を見据えて長期的な取り組みの種まきをする。市場、本社、メンバーとの対話の中で、短期長期の取り組みのバランスを調整するということをしていたのだと思います。
色々あった3年間
カントリーマネージャーは責任とやり甲斐のある仕事でしたが、人には見えないところで苦悩と葛藤も多くありました。
過労とストレスで自律神経失調症になってしまい、お腹の調子が常時悪かったり、よく眠れなかったり、突然力が入らなくなり座り込んでしまうことが続きました。
なんで自分がそうなってしまったのか。思い返してみると色々原因があり、思い返せば事前に防げることばかりだったので、以下はぜひ反面教師として捉えていただければと思います。
周りに相談ができない孤独
カントリーマネージャーという役職は通常、シニアなポジションのため私より実年齢で10歳、時には20歳くらい上の方が多いというような印象でした。またカントリーマネージャーをされている方の絶対数が少ないため、業務で生じた悩みや人間関係の悩みを吐露できる人も周りにいなく多くのことを自分一人で抱え込んでしまうことが多かったかと思います。メンバーやアドバイザーもギリギリになった時には手を差し伸べてくれたりサポートしてくれたりしたのですが(皆の優しさには今でもとても感謝しています)、立場上、周りに弱さを見せるということもでき難い中、一人で抱え込むことが多く、結果的に大きなストレスを抱える事になってしまったのかもしれません。
日本と本社との板挟み
メンバーとは一緒に仕事をするうちに仕事だけの顔だけではなく、プライベートのことも知るようになります。自分も含め、それぞれに色々な家庭や健康の事情があります。そんな個人個人の状況を元に、本社へリクエストをしたり、交渉したりということも多くありました。自分としてはメンバーのためにどうにかしてあげたい状況なのに、本社がそれを許してくれず、結果としてメンバーとの関係がギクシャクしたり、メンバーのパフォーマンスついて本社から厳しいことを言われたりした時は、できる限り結果だけでなく本社が見えていないプロセスまで説明するようにして、本社からのフィードバックの傘になるようにしていました。また法務、労務などいろいろとカルチャーの違いがありセンシティブな内容をメンバーに時間をかけて説明・納得してもらったりというのも地味にストレスがかかるコミュニケーションでした。
元々本社と現地法人の間のサンドイッチになるというポジションだったので、その難しさというのはある程度予想はしていたのですが、過度に感情移入してしまったり、本社にリクエストが通らないもどかしさを自分の不甲斐なさとして感じてしまったりと、感情面、精神面での負担をうまく処理、発散できなかったのがよくなかったなと反省しているところです。
それでもやってよかったカンマネという経験
いいことも悪いことも(ほとんど全てがいい思い出です)いろいろ経験させてもらいましたが、今振り返ってもこの経験と、お仕事をご一緒させていただいた方とのご縁は、これからの人生においても貴重な財産になったと思います。
思い返すと、あの時の意思決定は、ああしておけばよかった。こうしておけばよかったという後悔は未だにありますし、チームに迷惑をかけてしまうことがあったことも申し訳ないと感じています。ただ、何もないところから法人を作り、チームを作り、数年前には絶対考えられなかった規模のビジネスとパートナーシップが目の前を実現していることを見ると、今まで全力でやってきたこと、一緒に働いてくれた全てのメンバー、お客様との時間に一切の後悔はないですし、とても誇らしく思っています。
私は一旦、カンマネという役職から降りましたが、またいつかどこかで機会があれば、必ず挑戦してみたいと思えるくらい魅力的な仕事です。私の経験は限られていますが、成功談・失敗談含め、読んでくださった方の今後の参考になれば幸いです。