三角関数の微分、どうやって出す?

 というテーマを思いついてはいたんだが、書きそびれてた。
 まあみんな知ってると思うけど、

lim_{h\to 0}(sin h/h)=1

という関係があります。これを使うと加法定理から簡単にsinの微分が計算できて、(sin x)'=cos xとなる。後はまあ適当にごにょごにょすればcosの微分も計算できて(cos x)'=-sin xとなる、という感じに続くわけですが。問題は上の不等式をどう証明するかだ。
 高木貞治『解析概論』が典型的なので説明すると、彼はまず図を書く。長さがhである円弧の図を書いて、次に直角三角形を二つ作って、円弧をそれより短い直線と長い直線で取り囲む。計算してみると短い方は長さがsin hで、長い方はtan hになっているから、h>0が十分小さいときに

sin h<h<tan h

が示せたことになる。後はまあこの関係を適当にこねくり回せばはさみうちの原理から上の不等式評価は簡単に出るよって寸法……なんだけど。
 まず短いとか長いとかそういう話以前に。円弧の長さってなに?
 水平線や垂直線だったら、ユークリッド空間には目盛りが割り振られてるから直接長さを測れる。斜めの線は三平方の定理から長さを測定できる。でも円弧は「曲線」だ。円弧の長さisなに。
 はい、そうすると次に典型的に出てくるのは次の物理学的説明です。円弧はxに対して座標(cos x, sin x)を返す曲線の軌道と解釈できます。そこで、速度ベクトルのノルムを取って積分すれば円弧の長さは出てきます。速度ベクトルはこの場合上の曲線の微分なので(-sin x, cos x)だから、ノルムを取ると

(-sin x)^2+(cos x)^2=1

となって、速さが常に1なので、積分したらxが出てきて問題は解決だ。わあ自然!

 なめてんのか。

 これ循環論法でしょうが。いまsin xの微分を計算するための不等式評価しようとしてるところだろ。なんで微分してんだよ。sin xの微分を計算するためにsin xを微分しなきゃいけないならそれはもう論法が循環してる。話にならん。出直して来い。
 というわけでこの説明は実は破綻してる。じゃあどうする? まず、円弧の長さの定義を変えるという手がある。実際、杉浦光夫『解析入門I』の第4章には、上の形の曲線の長さ以外に、「折れ線近似したときの折れ線の長さの上限」という、べつの定義がある。まあリーマン積分の定義からうまいこと計算するとこのふたつが一致することを示せるわけなんだけど(杉浦光夫の本ではちゃんと示してる)、この折れ線近似を使ってさっきの不等式評価、出せないかね?
 まあ結論としては、僕はあんまり出せる気がしないかなって感じ。sin h<hの方はたぶん出せる。だけどh<tan hを示すために高木貞治が作ってる三角形、直角三角形だもん。それで高木貞治の図になるためには、円弧の半径の線を短辺の一つとして直角三角形を作ったときにもうひとつの短辺が円の接線の一部になることを示さないといけなくて、それはたぶん微分使わないと無理じゃないかな? かな? というわけでたぶん無理です。
 じゃあ他の手は? さっきの杉浦光夫の本はどうやってんの? ということになると、これが最高に笑える。この本、複素級数のローラン展開を使ってcos xとsin xを「定義」してるんだ、これが。
 つまり実は杉浦光夫の本ではsin xとcos xは有名なマクローリン級数の公式で「定義」されていて、級数の微分公式を利用して(sin x)'=cos xと(cos x)'=-sin xを「証明」されてる。このふたつの関数は杉浦光夫の本では複素数体上で定義されているのだけど、実数体に限定して(cos x, sin x)というパラメータ表示された曲線を見るとあら不思議、これが長さxの円弧の頂点の座標表示になってることが「証明」できてしまうというわけだ。
 つまりね、実は杉浦光夫の本ではsin xとcos xの定義自体が、高校数学で図形で定義されたものと違うんだよ。で、最終的に同じ意味になってることを「証明」される。たしかにこれだと循環論法は起こらない。素晴らしい。

 ……回りくどすぎない?

 もうちょっとマシな、循環してない論法作れないものかね。僕はいろいろやってみたけど無理だった。知ってる人いたら教えて。以上。

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