初音ミクは負けるかもしれない
いや、これ煽りじゃないよ? マジで最近そう思い始めてきたという話。一応は2007年からの古参である僕が言うのだから、それなりに深刻な話だと思ってる。
思い返せば、歌唱用音声合成システムの歴史は2008年からずっと、「初音ミクにどう勝つか」というテーマの閉じた世界だったと思うんだよ。これは同じクリプトンから出ている鏡音ですらそう。そもそもリンレンがペアになった理由自体、「リン単体じゃどうやってもミクに勝てない」からだろうし。
物語音楽全盛期の頃は、実は鏡音レンは特別な位置にいたって話がある(安定して主人公を任せられる)。が、その件はいまは置いておこう。開発者目線で追っていくと、一部の、売れ筋を誤認した馬鹿と、重音テトという偉大な存在によって自由を得たUTAU界隈は除いて、基本的に「ミクに対抗するためにはどう売り出すべきか」でこの界隈は動いてたと思う。具体的に言うと、「有名人の声が出せます」(がくっぽいど、めぐっぽいど路線)、「キャラ付け少ないので自分の曲感が出せます」(IAはこの路線だと思う)、「ボイスロイド同梱、かつボイロとボカロの音差が出ない声を選びました」(結月ゆかり路線)みたいな感じで、基本的にミクと戦うためには、ミクがなんらかの形でできない方向を目指すしかないとみんな思ってたんだけど。
AIきりたん……すごいねあれ。まさか「純粋な技術力で殴る」という解法が提示されるとは、まったく思ってなかった。
考えてみれば、初音ミク発売からもう13年が経とうとしているわけで、技術力の暴力が殴りに来てもおかしくなかった。だけどその方向性で純粋に勝てる可能性はあんまり考えてなかった。なにしろ初音ミクには13年かけて培ったキャラクター像がある。多少ミクより歌える程度ではびくともしない。
でもきりたんなんだよ。いや、ボイロとは似ても似つかない音声だが、そこは重要じゃない。きりたんという、既存でかつそこそこ人気があるキャラクターに、ミクを越えかねない歌声が追加されたことが圧倒的な問題なのだ。これは結月ゆかり解法の延長線上だということを考えておかないといけない。つまり、ボイロでファン界隈でのキャラ立てがすでに済んでいるキャラクターが、歌声についているということだ。
そも、ミクの長所とはなにか? それは、他と比べてファンコミュニティでのキャラクターがしっかりついていることと、それとすっぴん調教を始めとした発達した技術により「手間をかけなくてもかなりうまく歌う」ことだったはずだ。この両面でミクを越えるキャラクターは、ボカロ界隈では未だ出ていない。ゆかりさんはけっこう惜しいところまで行っていたが、ミクを越えたとはさすがに誰も思っていないだろう。逆にミクは、その強みがあるからこそ、その後のアップデートでは一貫して「細かい調節でもっとうまく歌える」という方向を目指してきた。NTもこの方向性だろうと予測される。
だがAIきりたんである。まだデータが少ないから、本気で彼女がどこまで使えるかはわかっていない。けれど少なくとも、きりたんを巡る現在の状況は2007年のミクとかなり似ている。キャラソン、カバー曲、変なマッドでいまみんな遊んでるところで、数点ガチ曲が放り込まれてそれでみんな喜んでる。アイマスと組んでる点まで似てる。しかしあの頃のミクにはない点として、きりたんはすでにある程度完成したキャラであり、しかも「しゃべれる」。
……さて。
メルトショックの再来がなるか。ここにすべてがかかっている。やべー新曲が放り込まれれば、ガチで革命が起こりかねない。
逆にそこまでの曲が放り込まれなければ、この狂騒はゆっくり収束に向かうだろう。つまるところ、ここ数ヶ月が勝負だ。数ヶ月で祭りが収まらなければ、初音ミクが負ける日が、とうとう来るのかもしれない。
我々聞き専にできることは待つことだけだ。期待して待とう。