よくわかる均衡理論の歴史(4):正則経済

 何回続くんだこれ。たぶんあと2回くらい?
 えーと前回まではこちらになります。

 前回でアローとドブリューの大げんかについて触れた。ドブリューは均衡の一意性については否定的な見解だったが、局所解析の実用性については、それを保証する必要があると感じていたらしい。だから彼はそれを保証するために、有名なDebreu (1970)で「ほとんどすべての初期保有に対して」均衡が有限個で、さらに初期保有の摂動に対して滑らかに動くという、いわゆる正則経済の理論の最も最初となる結果を出した。ところがここで使わなければいけないのがサードの定理だった。ミルナーの例の本あたり見るとよくわかるが、サードの定理は関数の微分可能性の程度にめちゃくちゃ依存する結果で、だからドブリューは需要関数に連続微分可能性を仮定せざるを得なかった。
 遡って19世紀。ワルラスが均衡理論を作り出した頃には、効用関数は当然微分可能だとされていた。明示はされていなかったが、たぶん「何回でも微分可能」だと思われていたんじゃないかと思う。しかし均衡理論の継承者たちは、この仮定をだんだんと緩めていった。結果として、1950年代にアローとドブリューが均衡の存在を証明したときには、効用関数を扱う必要すらなく、いわゆる「選好関係」と呼ばれる順序が「連続で弱凸」であることくらいしか仮定されなくなっていた(局所非飽和も必要な気がしているんだが、いまいちよく覚えてない)。
 なお、ドブリューが連続な選好関係を連続な効用関数で表現できるという定理を発表したのは均衡の存在定理と同じ1954年。この結果を使うと上の仮定は、効用関数に連続性と準凹性しか仮定しなかったという意味になる。対応して、需要関数は非空凸コンパクト値優半連続多価写像で、だから角谷の不動点定理が必要になったわけだが、ドブリューは1970年になって時計の針を逆転させて、また経済学を微分可能な世界に引き戻したわけだ。
 ところがそこでひとつ問題が生じた。ドブリューの論文から遡ること二年前、Katzner (1968)という衝撃的論文が発表されていた。この中では効用関数

u(x,y)=x^3y+xy^3

が取り沙汰されていた。この関数は何回でも微分可能で狭義準凹、そして端点で0で内点で正の増加的同次関数なので、めちゃくちゃ性質がよいのだが、それにもかかわらずなんと、これに対応する需要関数が微分可能にならないのである。
 これがなぜ問題なのかというと、ドブリューは自分の論文に需要関数の連続微分可能性を使ったわけだけれども、それを保証する効用関数の、ひいては選好関係の条件がまだわかっていなかった。上のカッツナーの結果によれば、どうやら何回でも微分可能で狭義準凹な効用関数程度では、需要関数の微分可能性は保証できないようである。条件の保証は重要な項目で、なにしろ対立しているアローたちの「超過需要関数の粗代替性」をドブリューがはねのけた理由のひとつが、この「条件を保証する選好関係の性質がわかっていない」ことだったからだ。だからドブリューはなんとしても需要関数の連続微分可能性を保証する条件を見つける必要があった。
 普通だとここでなんかへこたれてしまいそうなものなのだが、ドブリューのすさまじいところはここからで、二年後のDebreu (1972)で選好関係が二階連続微分可能な効用関数で表現できるための条件と、そこから導出された需要関数が連続微分可能であるための条件を出してしまった。今風に簡単な形でこの結果を述べると、強い縁付きヘッセ行列の符号条件という名前で呼ばれている条件が需要関数の微分可能性と同値だったのである。これでドブリューの理論は救われた。この系統は後にマスコレルとかバラスコとかに引き継がれて、正則経済の理論として発展していくことになる。
 正則経済の理論はその後、単に均衡が有限個であるという話にとどまらず、奇数個でその指数の合計が1だという話にまで発展した。これはポアンカレ=ホップの指数定理を拡張することで得られる結果である。この結果はこの結果でかなり強力で、特に局所安定な均衡点の指数は+1なので、全部の均衡点が局所安定な正則経済は均衡がひとつしかない。これがドブリュー流の均衡の一意性定理で、アローたちとまったく違うアプローチによる解決法になっている。
 いや、最近この結果使った論文書いてるんで……使いやすいよこれ。かなり。
 ただまあ、正則経済の理論はやはり、効用関数や需要関数の微分可能性を仮定しなければいけないという方法論上の限界があるんだよね……こればっかりは仕方がない。しかし、よく知られているように、連続関数の空間に自然な分布を入れたいわゆるウィーナー空間上では、ほとんどすべての関数がどの点でも微分可能にならないという衝撃的な結果がある。一応、微分可能な効用関数を持つ選好関係の集合は連続な効用関数を持つ選好関係の集合内で閉収束位相について稠密らしいので、近似としてはいいのかもしれないけど……ただ近似した結果の極限がまったく違う結果になったら嫌だな、というあたりのところを正則経済のひとたちがどう処理してるかは僕はよく知らない。サードの定理はフレドホルム多様体上に、測度ゼロの代わりに第一カテゴリーを使って拡張できるらしいので、もしかするとそういうの使うのかな……と思うのだが、でも閉収束位相の空間ってポーランド空間でしかないわけで、線形構造ないんだけどこの結果使えるの? と首をかしげている。
 と、まあぐだぐだ言ってきたけど、均衡の一意性と安定性の議論はここまで。次回はとうとう厚生経済学の基本定理だよ!

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