積分可能性条件の話
毎度ながら、素晴らしいツイートを見ました。
こ れのなにが素晴らしいかって、まさにこのアイデアこそが伝説の論文であるHurwicz and Uzawa (1971)の核心だったわけです。つまり彼が1940年に生まれていれば宇沢先生を超えた可能性が……!
というわけで、なんとか返信で解説しようとしたんですがtwitterの返信機能だと限界があるので、ここに書くことにしました。以上犯行動機の供述になります。以下本文。
積分可能性理論の歴史
まず、Hurwicz and Uzawa (1971)の解説をする前に、この論文がなにを目的とした理論で、それが文脈上どうして革新的だったのかを理解できるように、説明しないといけない。このハーヴィッチ=宇沢論文は積分可能性理論と言われる理論に関係する論文であり、序文を見ると「積分可能性理論には間接法と直接法があり、この論文は直接法の論文である」と書いてある。実はこれは嘘で、直接法なる論法を編み出したのはこの論文であって、それより前に僕が知る限り直接法の論文は存在しない。
さて、積分可能性理論について簡単に説明しよう。積分可能性理論をざっくり言うと、需要関数から効用関数を逆算する理論である。
はい。ごめんなさい。嘘つきました。僕は積分可能性理論の専門家だけど、ぶっちゃけ積分可能性理論がなんなのかいまだにわかってないです。もうちょっと言うと、この理論を世に広めたのは間違いなくパレート(ただし創始者ではない)なんだけど、パレートがなんでこの理論を重要だと思ったのかが未だに僕にはわからないのです。ちょっと僕の師匠が書いた参考文献のリンクを下に張っておくので興味がある人はそれを見てください。わからないということがわかると思う。
というわけで解説を師匠に丸投げしたところで、とりあえず需要関数から効用関数を逆算する理論として積分可能性理論を見よう。現在この理論の研究者は僕以外ほぼ絶滅していて、僕は論文の序論でそう説明しているので、少なくとも現代的には間違っているとは言えないはず……はず! なので!
そういうわけで出てくるのがラグランジュ未定乗数法の式である。
∇u(x)=λp
この式はあまりにも有名なわけだけれど、このうち価格pと消費xは購買データと結びつけられる。つまり、「消費ベクトルxに対して、それが買われる可能性がある価格ベクトルpを返す関数」g(x)は、観察可能だと思われるわけだ。このg(x)は逆需要関数と言われている。したがって、上の式を変形して
∇u(x)=λ(x)g(x)
と書こう。この式は、既知の関数gから未知関数u,λを見つける問題と解釈できるため、微分方程式として扱える。この微分方程式を解いてu(x)を導出すればそれが効用関数だろう、というのが、19世紀末から1970年くらいまで続いた積分可能性理論のアイデアである。
そして、これは需要関数ではなく、逆需要関数を利用する。需要から直接効用を導くのではなく、逆需要関数を経由するという意味で、上の理屈は「間接的」であり、だからハーヴィッチはこれを「間接法」と呼んだ。そしてハーヴィッチ=宇沢論文はこの文脈に「直接法」という名で、上の微分方程式とまるで違うアイデアを持ち込んだ。それが、上記論文が革新的だと言われる理由である。
ハーヴィッチ=宇沢論文
ところで、Hurwiczをハーヴィッチと読んでいることについて少し補足しておくと、これは彼の直接の知り合いがハーヴィッチという名前で呼んでいたからそれを引用している。彼がノーベル賞を取ったとき「ハーウィックス」という名前で報道されたことがあったように思うが、少なくとも直接知り合いだった先生方はそう呼んではいなかった。以上豆知識です。
さて、本題に戻る。ハーヴィッチ=宇沢論文の核心は支出最小化問題である。簡単のために効用関数u(x)は増加的かつ連続であるとしよう。支出関数は普通、支出最小化問題の値として定義されるが、もう少し気の利いた定義をすると、与えられた点xに対して
E^x(p)=inf{p・y|u(y)≧u(x)}
として定義できる。双対問題の一般論から、実は簡単に
E^x(p)≧E^y(p)⇔u(x)≧u(y)
を示すことができる。ハーヴィッチ=宇沢はここに目を付けた。つまり、支出関数を効用を使わずに逆算できれば、そこから効用が逆算できるのではないかというのが、彼らの考えた「直接法」の積分可能性理論である。
だが、支出関数は効用関数から定義される。効用関数を使わずに逆算する方法を見つけるには、なにか飛躍したアイデアが必要になる。そこで冒頭のツイートに戻るのだ。
はい、読みましょう。「シェパードの補題から、補償需要関数のポテンシャル、支出関数ですよね」
これがまさにハーヴィッチ=宇沢論文のアイデアだった。補償需要関数は、双対原理から、需要関数と支出関数の合成関数に一致する。だから彼らは次の微分方程式を考えた。
∇E(q)=f(q,E(q)), E(p)=m.
初期条件E(p)=mについて追記しておくと、xが消費ベクトルで、これが需要の値になっている場合、つまりx=f(p,m)の場合、E^x(p)=mが成立する。よって上の方程式にただひとつの解が存在すれば、その解Eこそが支出関数であり、これで問題は解決する。
実のところ、上の方程式は有名な微分方程式であり、たとえば次のページの「Generalization」の項目にも同等の微分方程式が扱われている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Frobenius_theorem_(differential_topology)
ここでは、上の方程式の任意の初期条件E(p)=mに対して唯一の局所解が存在することを"completely integrable"と呼んでいる。そして、その必要十分条件が数式で与えられているわけだが、fを需要関数と見なして計算してみるとわかるんだが、この条件、スルツキー行列の対称性なんだ。
というわけで、ハーヴィッチ=宇沢はスルツキー行列の対称性を用いて上の問題の解Eを計算し、それを支出関数と考えて、そこから効用関数を逆算してみせた。100年近く続いた積分可能性理論に「直接法」なる新しい理論が誕生した瞬間である。
ハーヴィッチ=宇沢論文の問題点
上のように書いたんだけど、実はひとつ意図的な飛躍がある。つまり、completely integrableなる条件は「局所解」の存在条件だ。しかし、支出関数はすべての価格ベクトルに対して定義されている。つまり、この理論のためには「大域解」の存在が必要なのである。
ハーヴィッチ=宇沢はこの問題を解決しようとしたが、うまく行かなかった。うまく行かなかったので彼らは仮定を増やした。つまり、スルツキー行列の常識的に知られた条件に加えて、fについて妙な条件を追加して、無理やり大域解の存在を示した。彼らが課したのは、価格の空間の任意のコンパクト集合Cに対して定数L>0が存在して、
||f(p,m_1)-f(p,m_2)||≦L|m_1-m_2|
が常に成り立つという条件である。僕はこれを「強い所得リプシッツ条件」と呼んでいる。この名前は、Mas-Colell (1977)に「所得リプシッツ条件」という名の条件が出てくるが、それをより強化したものなので、そう名付けた。彼ら自体はたしか条件(E)とかなんとかそんな名前を付けていた。
この条件はいまいちよくわからない。仮定としては、fのmについての偏微分のノルムが一様にLを超えないという条件に対応していて、したがって偏微分の有界性を仮定している。一見して強そうに見える条件だが、下級財がないモデルだとワルラス法則からこの条件は導出できてしまう。したがって需要関数については、この条件が強い条件なのか弱い条件なのかが、よくわからない。これを満たさない需要関数の例は簡単には見つけられない。が、一方で一般的に成り立つ条件であるとも言えない。実に奇怪な条件である。
が、ともかくこれがあるとなぜかうまく行くのである。彼らはこれを使ってシェパードの補題に対応する偏微分方程式の大域解の存在を言い、それからスルツキー方程式の半負値定符号性をうまく使って、効用関数を構築してみせた。
その後、1970年代を通じて、この「強い所得リプシッツ条件」を除去してハーヴィッチ=宇沢の定理を導出する試みがなされたが、誰一人できなかった。やがて1980年代になると均衡理論自体の研究が滞るようになり、この問題は次第に忘れ去られていった。
……そして、その後
実を言うと僕が冒頭のツイートで度肝を抜かれたのはここから先だったりする。彼は次にこう述べているのだ。
思わず「おわあっ」って声が出ました。はい。
実は上で述べた問題、僕が2017年に解いていて、ハーヴィッチ=宇沢の定理は強い所得リプシッツ条件なしで成り立つことが確認できています。その論文がこれ。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0304406817300630
で……ですね。大変言いにくいんですが。そう、凹性なんですよ。キーになったのは。
上の研究群を見ていたとき、僕はふと、ハーヴィッチ=宇沢論文では、支出関数の候補である微分方程式を解くときにはその凹性を一切使ってないなということに気づいた。この方程式は解く前の段階から凹性が使えるはずで、それを使ったら大域解の存在問題が解けるんじゃないのかな、と思ってやってみたらマジで解けて、それで上の論文になったわけです。
つまりですね、一連のツイートの彼は、2017年の僕の論文のアイデアにすでに到達していたわけですね。もしかすると僕と彼の年齢が逆だったら、この問題を解決したのは彼だったかもしれない。
上のアイデアはそれだけ深いものなのです。恐ろしや。
ちなみに
実は上の論文、一般化済みです。具体的に言うと微分可能性を落として局所リプシッツに改めた。はい、こちらの論文です。
https://link.springer.com/article/10.1007/s43069-021-00104-w
さ、さすがにここまでの一般化はまだ追いつかれてないだろう……ないよね? ないと思いたい。
というわけで、学部二年生にもはやアイデア面で追いつかれつつあるすたりむの話でした。以上。
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