準線形経済でギッフェン財は出ないか?

 こちらの記事にコメントいただきました。ありがとうございます。

 けっこう難しい質問をされたのでがんばって答えていたんだけど、その途中でひとつ、たぶんこれ未解決問題じゃないか? と思うことがあったのでそれについて記しておく。

二財モデルの場合

 まず、二財モデルから考える。消費者の効用関数はU(x)=u(x_1)+x_2であり、価格はp_1をpと書いてp_2は1で固定する。消費集合は準線形経済の慣例にならってR_+×Rで議論する。よってx_2は負の値を取れる。
 この状況下で、U(x)について通常の仮定として、連続性と狭義準凹性を入れる。するとよく知られているように、u(x_1)は連続かつ狭義凹である。狭義凹であるから、劣微分∂uはR_{++}上で定義され、優半連続な多価写像になる。よって、拡張された中間値の定理から、その像(Vと書くことにする)は凸集合でなければならない。
 この消費者の第一財の需要関数をf(p)と書く。上で書いた記事のコメント欄に貼り付けていただいた原先生の講義ノートにあるように、第一財の需要は所得には依存せず、pだけの関数として書ける。sup V<+∞であるとき、p>sup Vであるときには、f(p)=0である。これは比較的簡単にわかる。
 問題はinf V>0であったときで、0<p<inf Vであるとき、f(p)に当たるものは存在しない。需要関数の値が存在しないというのを奇妙に思うかもしれないが、x_2<0が許容されているため、消費集合がコンパクトでなくなっているのが災いしてこういうことが起こる。したがって、劣微分の像Vに対して、inf V=0を仮定する。uが微分可能であれば、これはx_1→∞のときにu'(x_1)→0となるという仮定でしかないので、そこまで強い仮定ではない。
 この場合、需要の値は次の法則に従う。第一に、pがsup V以上のときは、f(p)=0である。一方、pがVに含まれる時には、pが∂u(x_1)に含まれるx_1がただひとつ存在するはずなので、そのx_1がf(p)である。つまりf(p)は劣微分の逆関数のようなものなので、劣微分の単調性からf(p)も単調非増加であり、よってギッフェン財は存在しない。このように、二財モデルでは準線形の仮定からギッフェン財の非存在が比較的簡単に導ける。

L財モデル(微分可能な場合)

 じゃあL>2のときのL財モデルじゃどうなの? ということが次に疑問に思えてくる。U(x)=u(x_1,...,x_{L-1})+x_Lというのがこの場合のフォーマルな仮定であるが、(x_1,...,x_{L-1})をいちいち書いていると面倒なので、これをxと書き改め、U(x,y)=u(x)+yと略記しよう。もちろんx=(x_1,...,x_{L-1})はベクトルであり、y=x_Lである。x_L<0が取れるのも上と同様とする。
 最初に、Uが二階連続微分可能であるときを考える。このときも、原先生の講義ノートにある証明を使えば、p_L=1と固定したとき、p=(p_1,...,p_{L-1})に対して、xについての需要の値は関数f(p)で表せる(つまり、所得は第L財の消費にしか影響を与えない)ことがわかる。この値が空になることも、二財モデルのときと同様にもちろんあり得るのだが、今回はそれがないことを仮定しておく。問題はこのf(p)の微分可能性が成り立つかどうかで、これが成り立つことの必要十分条件はuのヘッセ行列が負値定符号であることと同値であることが知られている。
 そこで、uのヘッセ行列が負値定符号であることを仮定しよう。すると、Samuelson (1950)の数学付録にある長い証明から、この消費者のスルツキー行列の最初のL-1×L-1部分を抜き出した行列はアントネッリ行列の逆行列であることが示せる。アントネッリ行列は負値定符号なので、スルツキー行列の最初のL-1×L-1部分も負値定符号である。よって単位ベクトルe_iで左右からはさむと、スルツキー行列の(i,i)-成分が負であるという結論を得るが、上で述べたように第1財から第L-1財までは所得効果がないので、スルツキー行列の(i,i)-成分の値は単にf(p)のヤコビ行列の(i,i)-成分の値と同じである。かくして、∂f_i/∂x_i<0を得ることができたため、この場合もギッフェン財は絶対に出てこないことがわかった。

L財モデル(微分不可能な場合)

 で、Uの微分可能性なしにこれ言えるの? というのが、今回のお話。
 二財だと言えた。劣微分解析で。だけどL財での需要法則の出し方が、二財とまるで違うのが気になっている。特に二財のときはスルツキー行列なんて出てこなかったし、アントネッリ行列も出てこなかった。だけどL財だと、アントネッリ行列がないとこの結果を出せないのがどうにもわからないんだよねえ。
 これなんか面白い研究につながらないかな? ということで、もう少し考えてみます。以上。

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