指数定理の話

 この話、まとめとくかどうか迷ったんだけど。ただ、そういえばなにも知らない人にとっても楽しいことあるかもな、と思ったので、書く。
 基本的には下の論文の話です。

 この記事は上の論文の解説……というより、「なんで上の論文を書くに至ったか」という話を適度にマイルドな形でまとめておこうかなと。

指数定理

 はい、まず基礎知識として下の定理は知っておきましょう。

 特定の関数の値が「0」になる点の集合を零点集合と言うが、この定理は零点集合の特徴付け定理である。もちろん、競争均衡価格は超過需要関数の零点集合であるため、この定理を使うと均衡価格の集合の特徴付けができるというわけだった。
 この定理はよく、「つむじ」の存在定理という説明が見られる。これについて説明しよう。まず、頭を簡略化して3次元ユークリッド空間の上半球面とする。この集合上のベクトル場とは、数学的にはこの空間の各点に対してその点の接ベクトルを対応づける関数のことである。いま、髪の毛を接ベクトルと考えて、この接ベクトルの伸びている方向が関数で指定されていると雑に考えてみよう。このとき、このベクトル場の零点集合は有限集合で、その「指数」の和は上半球面のオイラー標数である「+1」に等しい、というのが、上のポアンカレ・ホップの定理の主張である。
 ここで重要なのは、「有限集合」には空集合も含まれるが、零点集合が空集合の場合、「指数」の和は必ず0になるということだ。つまり、+1にはならない。上半球面ではこれはあり得ないため、髪の毛のベクトル場の零点集合は少なくとも一点以上の点を含む。それが「つむじ」だというわけである。

 ……なにかおかしくないだろうか?

 僕はストレスで10円ハゲができたことがあるが、あれがどう扱われるのかをちょっと考えてみよう。10円ハゲができた領域を上半球面から取り除くと、これは大きな円盤から小さな円盤を取り除いた集合と微分同相になるだろうことが容易に予想できる。そして、DVDなりブルーレイなりを見てもらえればわかると思うが、「回転」ベクトル場は零点を持たない。上の議論を裏返すと、零点を持たないベクトル場が存在する図形はオイラー標数が「0」でなければならないので、つむじの数は偶数個か、あるいはそもそもつむじがないか、どちらかでなければならないことになる。しかし、10円ハゲでつむじが消えたとか、増えたなんて話は聞かない。つまり、ポアンカレ・ホップの定理はこの場合に成り立たないのである。
 なんでこんなことが起こったのかというと、それはこの定理に隠されたとある仮定が影響している。実は、ポアンカレ・ホップの指数定理の主張には一つ条件があって、「境界ではベクトル場は外向きでなければならない」というものがそれである。
 髪の毛のベクトル場では、通常はこの仮定は自然に成り立つ。なぜなら、重力に引かれて落ちているため、生え際の髪は普通下に落ちるからである(オールバック?知らない子ですね……)。ところが、円形脱毛症の領域の境界では普通この仮定は成り立たない。だから定理の仮定が崩れているため、主張も成り立たないわけだ。
 ……と、ここまでが前振り。

正則経済の指数定理、二財の場合

 はい、ここからが本題です。この定理は上述したように超過需要関数に適用されて、いわゆる「正則経済」と言われるタイプの経済において均衡価格の集合の特徴付けを与えている。
 この定理は二財モデルで考えるととてもわかりやすいので、簡単な解説を付しておこう。正0次同次性から、経済の状態は価格比だけで決まるので、我々は第二財の価格を1に正規化して、第一財の価格をpとする。第一財の超過需要関数をf(p)と、第二財の超過需要関数をg(p)と書くと、ワルラス法則から

pf(p)+g(p)=0

が成り立っているため、第一財の超過需要が0であることと第二財の超過需要が0であることは同値なので、均衡価格はf(p)=0となるpで与えられる。
 たいていの経済では「境界条件」と呼ばれる条件が成り立っていて、

lim_{p→0}f(p)=+∞, lim_{p→∞}g(p)=+∞

という二つの式が成り立っている。したがってワルラス法則の式から、f(p)はpがすごく小さいと正、pがすごく大きいと負なので、中間値の定理からf(p)=0となる点がなければならない。これが均衡価格の存在定理である。
 さて、ここまではよく知られている結果なのだが、ここでf(p)が連続微分可能だという仮定を追加しよう。このとき、f(p)=0となるpで必ずf'(p)≠0となる経済を正則経済と言う。
 少し図を書いてみるとわかるが、正則経済でない経済を図で書くのはけっこうな手間である。厳密にはサードの定理を用いることで、ルベーグ測度に関してほとんどすべての初期保有に対して、経済は正則経済であることが示されている。そこで正則経済について調べてみると、pがものすごく小さいところではf(p)>0なので、小さい方から数えて最初の均衡価格では、グラフが上から下に0のラインを突っ切っている状態であり、したがってf'(p)<0でなければならない。もちろん、次の均衡価格ではグラフは下から上に0のラインを突っ切るため、f'(p)>0でなければならない。最終的には十分大きなpではf(p)<0であるから、一番大きな均衡価格でもf'(p)<0になっていなければならず、したがって

「f'(p)<0となる均衡価格の個数」=「f'(p)>0となる均衡価格の個数」+1

であることがわかる。
 実はこれこそがポアンカレ・ホップの指数定理の帰結である。実はf'(p)<0は、「指数」が+1であることに対応している。そしてf'(p)>0は逆に「指数」が-1であることに対応している。したがって上の等式は、均衡価格の集合上での「指数」の合計が+1になるということである。後で厳密に考えるが、今回議論している多様体のオイラー標数は+1なので、上の結果がポアンカレ・ホップの指数定理と対応している。
 この結果は二財だから簡単だったが、三財以上のモデルだとちょっと議論が難しくなる。簡単に言うと、n財モデルではf(p)に対応する関数のヤコビ行列の固有値の積の符号が(-1)^{n-1}と同じときに指数が+1で、違うときに-1だという感じになる。しかしそのあたりの細かい話はさておき、次に進もう。

マスコレルの指数定理

 さて、本題である。今回考えているのは次の本の命題5.6.1だ。

https://www.cambridge.org/jp/academic/subjects/economics/microeconomics/theory-general-economic-equilibrium-differentiable-approach?format=PB&isbn=9780521388702

 主張をざっくばらんに整理すると、まずSを正象限と単位球の共通部分とする。そしてf(p)はS上で定義されたR^nに値を持つ連続関数で、以下の仮定を満たすとする。

1)ワルラス法則p・f(p)=0を満たす。
2)下に有界である。
3)(p^k)がpに収束しpがSに含まれないなら||f(p)||→∞となる。
4)f(p)=0となる点の近傍では連続微分可能。
5)f(p)=0となる点で微分写像df(p)は単射である。

 このとき、とあるやり方で定義した「指数」の和が+1にならなければならない、というのがマスコレルの指数定理である。
 わかりにくいので説明すると、1)と2)は経済学だとわりと当たり前の超過需要関数の性質である。3)はさっき触れた境界条件に対応している。4)は微分可能性。5)は、二財のケースで、f(p)=0ならf'(p)≠0であるという正則経済の仮定に対応している。だからこれは間違いなく上記の定理であると言える。
 マスコレルはこれを、5.6節で証明している。なのだが、その証明が……どっかおかしいんだ。次の節で、それを説明しよう。

マスコレルの証明の問題点

 まず、マスコレルの証明の概略を示す。基本的な考え方はポアンカレ・ホップの定理をf(p)に適用することである。f(p)が全域で微分可能ではないという点は面倒なので目をつぶり、f(p)が単純に微分可能であることにして議論しよう。条件1)は、fがS上のベクトル場であると主張している。しかしSはコンパクト集合ではないため、ポアンカレ・ホップの定理は適用できない。では閉包を取るとどうなるかというと、今度はp_i=0となる座標iがあるため、境界上でf(p)が定義できない。そこでε>0を十分小さく取って、S'をすべての座標がε以上であるようなSの元からなる集合としよう。この集合S'はコンパクトである。
 実はS'が多様体でないというかなり厄介な問題があるのだが、いったんそれは置いておいて、ポアンカレ・ホップの定理が適用可能かどうかをチェックしてみよう。すると、境界上で必ずしもf(p)が外向きではないことに気がつく。したがって定理は適用できず、証明は破綻する。
 この問題を解決するため、マスコレルは次の関数を作った。

f^q(p)=(1/p・q)q-p

 この関数は零点p=qにおいて指数+1を持ち、他の零点を持たない。ここで、マスコレルは次のような謎めいた議論をしている。

1)(p^k)がpに収束しpがSに含まれず、z^k=f(p^k)/||f(p^k)||がzに収束しているならば、zは非負ベクトルでかつz・p=0であることを示す(実はこれはS'についての議論の前に証明してある)。
2)上の結果を使って、εが十分小さい場合、S'の境界上で任意のpと任意の[0,1]上のtに対して、(1-t)f(p)+tf^q(p)≠0であることを示す。
3)したがってfとf^qはホモトピックであり、指数の合計はホモトピー不変であるから定理は正しい。

 ……ちょっと待ってほしい。議論が飛びすぎていてついていけない。
 1)と2)がなぜ必要であるのかは、マスコレルは一言も説明してくれていない。そして3)の議論なのだが……たしかに指数の合計はホモトピー不変量だが、それは多様体上の話だ。S'は多様体ではない。そしてS'の定義を多少変えれば「境界のある」多様体にはなるが、その場合にもS'×[0,1]は「境界のある」多様体にならない(一般に、境界のある多様体のデカルト積は多様体にならない)ため、ホモトピーを議論する土台が壊れてしまっている。
 というわけで「てきはだいこんらんですぞ」となって、マスコレルの著書をまともに読もうとする人間はここでたいてい諦めると思われる。そして、「まあマスコレルが言ってるから合ってるだろ……」という感じで、消極的にこの定理を使っているのが現状だろう。
 そういうわけで、僕が上記論文を書こうとしたのは上のようなギャップを埋めて、正しい証明をきちんと確認できる形で公開するためです。

マスコレルは間違ってない

 そして、これがムカつく点なのだが……結論としては、マスコレルの証明はどこも間違ってない。つまり、1)と2)は本当に必要なステップだし、3)は1)と2)を使って正当化できるのである。
 どういうことか? まず、指数がホモトピー不変であることの証明の根幹にあるのは、一次元多様体の分類定理である。まず、コンパクト多様体X上でg(x)とh(x)をつなぐホモトピーをF(t,x)と書く。つまりこの関数は[0,1]×X上で定義され、F(0,x)=g(x)でF(1,x)=h(x)である。このFに対してF^{-1}(0)は、ホモトピーが議論されるときにはたいてい、一次元多様体になる。[0,1]×Xはコンパクトなので、F^{-1}(0)はコンパクト多様体でもある。そしてコンパクト一次元多様体は閉区間か単位円の有限合併と微分同相なので、境界の数は偶数個になり、さらに「指数の和」に対応する数は0になる。さらにさらに、F^{-1}(0)の境界はt=0かt=1を満たす点に限られ、Fについての指数はt=0のときにはgの指数の-1倍で、t=1のときにはhの指数と一致するため、

「gの指数の合計」×(-1)+「hの指数の合計」=0

が導かれる。上の式からただちにgの指数の合計とhの指数の合計が一致することがわかり、指数の和がホモトピー不変だという結論を得る。
 この議論をg=fとh=f^qに適用しようとすると、最初に考えるのは関数

F(t,p)=(1-t)f(p)+tf^q(p)

について、F^{-1}(0)がコンパクト一次元多様体になるかどうかである。すでに述べたように、S'はコンパクトではあるが多様体ではない。一方で、S'の内部をS''と書くと、これは多様体ではあるがコンパクトではない。しかしさしあたり多様体でないとホモトピーを議論しにくいので、まずはS''を使って議論してみよう。すると、「一次元多様体になる」ことについては、横断性定理と言われる定理をうまく使うことで、あるqに対しては成り立つことが示せる。一方で、マスコレルが示した2)を使うと、S'上でFを定義してもS''上でFを定義しても、F^{-1}(0)は変わらない集合であることがわかる。そしてS'は多様体ではないがコンパクトなので、F^{-1}(0)はコンパクト集合[0,1]×S'の閉部分集合であり、よってコンパクトである!
 したがってF^{-1}(0)は通常の議論とはちょっと違うやり方でコンパクトな一次元多様体であることが示せたので、指数のホモトピー不変性は通常の場合と同じように示せて、証明が成り立つわけである。

実際には……

 実際にはマスコレルの証明には、細かいところでさらに問題があって、細かく埋めていかないといけない。ここではそれについても触れておく。
 まず、f(p)もf^q(p)もベクトル場であって多様体への写像ではないので、横断性定理を適用できない。この問題については接バンドルという概念を使うことで解決できる。これについてマスコレルは一言も5.6節では説明してないが、なんと5.3節でこっそり解説している
 次に、横断性定理の証明でサードの定理を用いるのだが、サードの定理は微分可能性と次元の関係にかなり敏感な定理で、連続微分可能性だけで議論できるかについて不安が残る。が、よく見ると実は今回はサードの定理は何回でも微分できる写像にしか使わないで済んでいることが確認できるため、この問題はクリアできる。
 三番目に、実は2)はS'より小さなとあるコンパクト集合上のすべてのqについて成り立たないといけない。この証明自体は簡単だが、これをアイデアとして持っていないと証明のとある部分で破綻する。これについてはマスコレルは本当に一言もヒントをくれていないので、引っかかりやすい。
 四番目に、f(p)が全域で微分可能でないという仮定はけっこう厄介で、うまいこと修正しないと証明が通らない。これはかなりテクニカルである。
 五番目、最後の問題はマスコレルの問題というより、数学の問題なのだが……1次元多様体の分類定理についての、引用できるレベルの証明が書かれたよい本が存在しなかった。まず、有名どころをみていくと、Milnor (1965)は単純に難解すぎて読めない。Guillemin and Pollack (1974)はモース関数を使用しているため、二階連続微分可能性が必要であり、これは我々の問題には適用できない。Hirsch (1976)の練習問題にもこの話はあるが、彼は練習問題に未解決問題を仕込んでおいたというとんでもねえことを序文に書いてるので、練習問題だからといって信用できない。最終的に僕が解答を見いだしたのはリスボン工科大学のGustavo Granja先生の手による次のページである。

 この中にあるファイルに答えはあったが、これは講義資料なので引用はちょっと難しい。というわけで、必要なところだけ整理して、この証明を簡略化した分類定理の証明、自力で書きました。最初の論文の付録にあります。
 というわけで、全部なんとかクリアできた。マスコレルが2)を書いてそれで十分とした理由は理解できたが……どう考えても十分じゃないので、僕のマスコレルに対する敵意は高まった。こいつ、なんでこういう、細かいところを全部確かめてからヒントだけ残して全部削除した略解を書くようなことを毎回するんだろう……これ、毎回なんだよ! ホント悲鳴が上がるほどムズいんだよこいつの証明!

 というわけで、愚痴ったらすっきりしました。以上。

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