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スモーキングトーク

新卒で入社した会社は同期が100人いて
その中で意気投合した男性がいた

名前は鈴木君(仮)

鈴木君となぜそこまで仲良くなったか

それはスモーキングトークをしていたからだ


タバコはだいたい5分~10分

世間話をするのにちょうどいい

手持ち無沙汰に煙を吐くだけで
沈黙が沈黙ではなくなる不思議


鈴木君に限らず、
喫煙所での情報交換は人間の本音が伺える

「新人のあの人なんだけど私は苦手なんだよね笑」
「何となくわかります笑」

「部長がほんとムカつくんだけどさ」
「えー何があったの?」

「ねぇ隣の部署のあの人とほんとに付き合ってるの?」
「それ聞いちゃう??笑」


社内では話せない濃い会話が飛び交うから
私は喫煙所の時間が結構好き

狭い密閉空間と息抜きのタバコというセットは人の心を緩くする


同期の鈴木君とも
最初は数多くいる同期の1人という認識だったのに
喫煙所でよく見かけるようになって
そのうち仲良くなった

「今度飲みいこうよ」
「あーいいね!誰か他に誘う?」

私たちはスモーキングトークをきっかけに
そのうち2人で遊びに出かけるようになった

繁華街でランチを食べてカラオケに行って
鈴木君が好きだという洋服のブランドも見たりした

会社で取らなければいけない資格の試験でわからなければ
夜に電話したりもした

いや、分からないから電話したというのは口実
私は鈴木君に電話したかったのかもしれない

電話をかけることで
あなたの事は特別なのだという
裏に隠れた気持ちをどうか汲み取って欲しい

その電話での会話は未だに覚えている

「ゆきちゃん俺の花嫁候補になってよ」
「えぇ、それどうゆう意味?」
「まぁ意味は無いけど」
「それプロポーズじゃんか!って意味はないのかよ!」

付き合う前のふわふわとした曖昧な関係
新卒同士で付き合うのはハードルが高い
好きだと分かっていてもなかなか言えない

噂はすぐに広まるだろうし、
まだ新人なのに、となかなか踏み出せない一歩


そして結局付き合わなかった

それは鈴木君が北海道に異動になったから


**********

5年後、長い異動を終えて
鈴木君が帰ってきた

その時会った時も喫煙所

「ゆきちゃん久しぶり!」
「え!鈴木君!?北海道から帰ってきてたの!?」
「そうなんだよ、歓迎会開いてよ」

5年ぶりにみる鈴木君は前より少しふくよかになっていたけれど
相変わらずの話しやすさと背の高さとメガネ姿は昔と変わらない


でも、私達は新卒の頃から大きく違う事がある
それはお互いに結婚していたということ

新卒の頃お互いおそらく好意を寄せていながらも付き合わずに
時が流れ5年間の間に違う結婚相手を見つけていた


私たちの距離感は今どうなのだろう
昔ほど親密ではないけれど特別だった事には間違いない

しかし5年という歳月は
少し溝を作ってしまった

歓迎会は開きたいという意思はありつつも結局できなかった
これ以上近づいてはいけないのだという
勝手な言い訳を自分に言い聞かせる

喫煙所からも足が遠のき
程なくして私は退職した


退職間際にはこう伝えてみたかった
「あの頃、鈴木君の事が好きだったんだよ」と

たった一言を喉の奥に押さえつける
そして私は最終日出勤日を迎えた

************

もし、最初に喫煙所で言葉をかわしていなければ私たちはどうなっていたのだろうか?


もし、私が退職せずにそのままスモーキングトークで昔話に花を咲かせていたらどうなっていたのだろうか?


もし、歓迎会と称して2人で飲みにいったらどうなっていたのだろうか?


もし、最後の一言を飲み込まずに伝えていたらどんな反応をしてくれたのだろうか?


色々な「もしも」が頭をよぎる


タバコの後味のように
少しほろ苦い思い出の一つを
煙を吐きながらふと思い出す

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