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坂道狂詩曲 第29楽章
さくら:死亡者って…
◯◯:マジか…
予想出来るはずない展開に、
メンバー全員が黙り込む。
七瀬:これが事実。そして2つ目…河田さんの右手には知恵の紋章が残っていて、魔力から推測するに未だに発現しているの。
麻衣:「四元徳〈知恵〉」のオブテインとして良いでしょう。
遥香:え、菜緒ちゃんが乗っ取りから引き離したはずでは。
◯◯:いや…知恵は、河田さんには知恵の発現の素質があると言っていた。
蓮加:それが本当なら、乗っ取られたこと自体が引き金となって、発現してしまったと考えることも可能。
七瀬:更に困ったことに、河田さんは名前・生年月日・言語とか基礎情報は理解してるものの、魔法に関してのことや現実世界での生活について、何も覚えてない。
菜緒:記憶を知恵に、消されてしまったんですか…?
聖来は机を思い切り叩く。
聖来:そんなん許せない!…あいつ、ホンマに女の子の人生を滅茶苦茶にして…何が楽しいん!?
史帆:でもぉ、ご両親はいるんでしょ〜?
麻衣:もちろんご存命だけど…
七瀬:2年前に死んだはずの娘が記憶を失って現れて、すぐ元の生活に戻れ、なんて無理でしょ。それにその子は「四元徳」…野放しにはできない。
遥香:確かに、魔法の使い方も分からないんじゃ、現実世界やその子自身にも危険が伴う。
麻衣:だから、アレゴリアの生徒として、私たちが河田さんを保護することにしました。
七瀬:申し訳ないけど、河田さんには"魔術師"として反転世界で生活してもらうしかないの。
聖来:ぐぬぬ…
菜緒:あの子のためだとしたら、ベストな選択肢だと思います。
蓮加:私も、それについては異論はありません。でも帰る場所もないんじゃ、生活も出来ないと思いますが。
七瀬:そうね、河田さんにはアレゴリアの寮に入ってもらうとか…
その時、今まで黙っていた
丹生ちゃんが手を挙げた。
◯◯:丹生ちゃん?
明里:明里に、引き取らせてくださいっ!!
ーーーーーー
七瀬:丹生さん、本当に言ってるの?
明里:本気ですっ!明里の家は蓮加さんや聖来ちゃん家みたいにお金持ちじゃないけど、明里が陽菜ちゃんを助けたいんですっ!!
そう言う丹生ちゃんの表情は
いつもとは違う真剣な様子だった。
史帆:丹生ちゃんがこう言ってるんだし、ね?せんせー。
遥香:それに、四元徳の存在が統治機構に知られたこともありますし。統治機構の不用意な接触をさせないためにも、丹生ちゃんに一緒に居てもらうのも良い判断です。
聖来:せーらたちも、全力でサポートするで!
菜緒:そうですね、みんなでこれからも助け合いましょう。
七瀬:分かった。じゃあ丹生さん、河田さんをお願いね。
明里:はいっ!!
七瀬:でも丹生さんは病み上がりだし、仮に戦闘沙汰になったら困る。蓮加ちゃんの家が確か近所だったよね?
蓮加:はい、そうです。
七瀬:丹生さん、もし危険な状況になったら、蓮加ちゃんをまず頼りなさい。あなたまで危険に晒される必要はない。
明里:分かりましたっ!!
今まで以上に、
調査隊の絆が深まっている。
互いが互いを信頼し、
尊重し合う良いチームだと思ってる。
だからこそ、
俺たちはもっと強くならなきゃいけない。
ーーーーーー
その夜、岩本家。
蓮加が書斎に繋がる廊下を歩いていると、
突き当たりである男と鉢合わせる。
??:おぉっ、蓮加お嬢様…お久しぶりです。
タキシードを着ているその男は、
自分の胸に手を当て蓮加に礼をする。
蓮加:あれ、"傑"じゃん。もう帰ってきてたの?
朔蓮:はい。先日、天晴様と共に紛争地域から戻りました。蓮加様の御武勇の件は、伺っております。
蓮加:あの人、すぐ何でも喋るんだから…それで、今は何やってるの?
朔蓮:天晴様から少し休めと暇を頂きまして。しかしそう言われてもじっとしていられませんので、明日からこれまで通り、蓮加様にお仕えしようかと。
蓮加:そう、嬉しいわ。あ、じゃあ早速お願い聞いてくれる?
朔蓮:何なりと。
蓮加:あっちの屋敷の方の物置部屋、4つくらいあるでしょ?それ全部綺麗にしてくれない?
朔蓮:かしこまりました。しかし…何のためでしょう?
蓮加:私にも、守りたい人たちが出来たから。
朔蓮:なっ!?…ま、まさか…お、男!?
蓮加:違う。今回の事件で被害に遭った子が、ウチに避難しにくるかもしれないし、そのために空けといてってこと。
朔蓮:そ、そうでしたか…
蓮加:そんなに彼氏作られるのが、嫌なわけ?
朔蓮:違…違いますよ、そんなことは断じて…
蓮加:まぁ良いけど。
蓮加は傑の手を取り、
優しく握る。
蓮加:じゃ、明日からよろしくね傑。部屋のことも忘れずに。
そう言うと、蓮加は
書斎の方へ向かっていった。
朔蓮:こちらこそ、よろしくお願いします!
傑は蓮加が見えなくなるまで、
深く頭を下げていた。
傑は顔を上げると、
小さくガッツポーズをする。
朔蓮:よっしゃ、頑張るぞっ
ーーーーーー
そして、数日後。
◯◯とさくら、明里、七瀬の4人は、
アレゴリア近くの病院に来ていた。
七瀬:ここが、河田さんの部屋よ。
病室に入ると、
ベッドから上体だけ起こし、
じっと窓の外を眺める
陽菜の姿があった。
明里:やっほ〜、あなたが"陽菜ちゃん"?
陽菜:?…はい、そうです。
陽菜は顔を明里に向け、
不思議そうな表情で見つめる。
明里:丹生明里です!よろしくねっ!
◯◯:初めまして、神代◯◯です。
さくら:遠藤さくらです。
七瀬:河田さん、今日はお話があって来ました。
陽菜:はい…
七瀬:あなたには、丹生さんの家で一緒に暮らして欲しいの。
明里:そう、明里と!
明里は陽菜のそばに立ち、
陽菜と手を繋ぐ。
明里:明里ね、陽菜ちゃんと家族になりたいんだっ!これからは、明里と一緒に暮らそ?
陽菜:…"家族"
急な発言に驚いた陽菜だったが、
陽菜は今日初めて、
明里に笑顔を見せた。
陽菜:嬉しいです、ふふっ
明里:やったあぁっっっ!!!
明里は陽菜に思い切り抱きつく。
陽菜:ちょ…うふふ…
さくら:丹生ちゃん、良かったね。
七瀬:2人ともまだ本調子じゃないんだから、あんまりはしゃがないで安静に。
明里陽菜:はいっ!
ーーーーーー
七瀬:それで、河田さんにはこの3人と同じ魔術高校に通ってもらいます。
陽菜:魔術高校ですか、楽しそうですね。
明里:一緒に登校しよ〜っ!ぎゅ〜〜っ
陽菜:ぎゅ〜〜っ
七瀬:で、河田さんは年齢的には3人と同じ高校2年なんだけど、魔法の使い方を基礎から学ぶために、1年生として入学してもらいます。
さくら:飛び級とかじゃないんですね。
◯◯:確かに、そこだけ凄い厳密。
七瀬:河田さんは記憶を失っているし、もちろん魔法も制御ができない。勉強だってしっかりやってもらわないと。河田さん…それで良い?
陽菜:もちろん大丈夫です。
七瀬:検査が終われば、数日後には退院できるわ。そしたら、アレゴリアでまた会いましょう。
明里:陽菜ちゃん、一緒に頑張ろうね!
陽菜:うん!
◯◯:あの、美月さんは?
七瀬:美月もここの病院にいるけど、まだ油断はできないの。会うのはやめてちょうだい。
さくら:そうですか…
陽菜:"美月さん"とは、誰でしょう?
◯◯:俺たちの、尊敬する先輩だよ。
ーーーーーー
丹生ちゃんはもう少し
陽菜さんと喋りたいらしく、
俺とさくは先に病院を出ることにした。
さくら:陽菜ちゃんと丹生ちゃんの雰囲気が合ってて、何か本当に姉妹みたいだったね。
◯◯:そうだな。でも、手を挙げたあの時は、あんな真剣な顔してる丹生ちゃん初めて見たよ。
さくら:それだけ人に愛情が持てるんだよ、きっと。
病院の外へ出ると、
後ろから七瀬先生の声がした。
七瀬:2人とも、今日はありがとう。
◯◯:いえいえ。
七瀬:帰る前に、あなた達に注意しておかなきゃいけないことがある…
さくら:え、何ですか…?
七瀬:仮にもあなたたちは「四元徳」の発現者、その事を忘れないで。
七瀬先生は間髪入れずに、
話を続ける。
七瀬:統治機構にも四元徳の存在が知れ渡った現状、あなたたちを狙って、よからぬ行動を起こす奴らも現れるかもしれない。河田さんについても同様に。
◯◯:その懸念は、理解しています。
七瀬:学校としては、あなたたちを何としても守る責任がある。何か危険を感じたら、すぐに知らせなさい。
さくら:分かりました。
七瀬:でも自衛のために、調査隊の活動は続けるつもり。今まで以上に、自分の実力の向上に努めて。
◯◯さくら:はい!
七瀬:じゃあ、私は美月のことで残るから、気をつけて帰りなさい。
七瀬先生が病院に
戻っていくのを見送ると、
さくが俺の手を握ってきた。
さくら:私、決めた…もっと強くなる。
◯◯:「四元徳」になったからには、俺たちにはそうする道しかなさそうだな。だから、よろしくな…これからもずっと。
さくら:う、うん…//
◯◯:あ、帰りに何か食べてくか?
さくら:うーん、みたらし団子?
◯◯:流石に夕飯にみたらし団子はないだろ…
俺とさくは現実世界に戻り、
手を繋いだままファミレスに向かった。
結局その後、みたらし団子を奢るハメになったのは、何でだろうか。
ーーーーーー
その頃、とある高校。
2人の生徒が、
会議室で話していた。
??1:先輩、アレゴリアの生徒達が何やら、戦闘沙汰を起こしたそうですよ。
??2:それで?
??1:"山下美月"さんが、病院送りになったとか。
??:"美月"が?…へぇ。
??1:これでライバル校が1つ減りましたね。今年の大会も、私たちが軽く優勝出来そうですね。
??2:ライバルとか、そんなの要らない。強ければ…誰でも良い。
ーーーーーー
続く。