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メンヘラ婚約者が俺を狂わせてくる。 第3話
ゴールデンウィーク。
まとまった休みが取れたので、
嫁と一緒に俺の実家へ
遊びに行くことにした。
どうやら姉夫婦も
タイミングを合わせてきたらしく、
あまり望んでいなかったが
本日は実家で"アッセンブル"。
◯◯:よし、着いたよ。
和:運転、お疲れ様。
車から降りて、
荷物を持って軽く伸びをする。
駐車場のお隣には
姉の車が止まっているが、
いつもコイツを見るたびに
ギョッとするのがお決まり。
車のナンバー、
「ら 608」
ちなみに姉曰く
"608"は俺の誕生日、6月8日、
"ら"はLoveの、ら
を意味しているらしい。
つまりこのナンバー、
「Love, 6/8」という内容。
お察しの通り
俺の姉は所謂、
「ブラコン」である。
ナンバーも金払ってわざわざ、
変えた理由は知りたくない。
それにハッキリ言って、
出来る限り
和と姉を鉢合わせたくはない。
…"修羅る"ことが確定しているからだ。
合鍵でドアを開けて、
先に和を通す。
少し緊張気味にちょこちょこ歩く
彼女が激烈に可愛い。
◯◯:ただいま。
和:お邪魔します…
声を出した途端にリビングの方から、
凄まじい足音が近づいてくる。
そして、"例のその人"が
もはや見えない速度で、
俺に突っ込んで
そのまま抱きついてきた。
真佑:◯◯っ、会いたかったぁっ!!
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始まってしまったようだ、
俺がまた狂わされる修羅が。
…
…
◯◯:ねぇちゃん、ちょっと離れてよ。
真佑:えぇ〜、ケチぃーーー。
3つ年上の姉、"真佑"。
明るくてギャルみたいな、
俺とは正反対な感じの姉。
側から見てもすごく、
人生が楽しそうで羨ましい。
真佑:和ちゃんも、久しぶりっ!
和:お久しぶりです。
和とも対極に居そうな
タイプであると想像できるけど、
実は、ある点に関しては
そうでもないのかもしれない。
◯◯:今日、"陽大"さんは?
真佑:パパとママと買い物行ってるよ〜。今日の夕飯、だいぶ張り切るんだって〜。
◯◯:そっか。
陽大さんと姉は、
来月に結婚式を控えている。
どうやら日程の決定権は
姉が持っていたようで、
ジューンブライドだし?
弟の誕生月だし?
いーじゃんすげーじゃん的なノリで
6月に決まったらしい。
前者を理由にするのは
十分に分かる、
ただ、なぜ人生一度きりなのに
後者が理由に挙がってくるのか。
真佑:ほら、2人とも早く上がって!
◯◯:分かってるから、急かすなよ。
和:お邪魔します。
いつの間にか姉と恋人繋ぎに
させられている俺の右手、
靴を脱ぐや否やグイッと引っ張られ
再び急接近の我々。
◯◯:何だよ、危ないな。
真佑:昔は◯◯の方から、こうやって密着してきたクセに。
和:…
まーたそうやってナチュラルに
メンヘラちゃんを挑発して、
このあとボコられるの
俺なんですけど。
◯◯:ねぇちゃんの方からでしょ…
真佑:まぁ、そういうことにしといてあげるっ、へへへ。
多分、おそらくは間違いなく、
姉は全く悪意を持っていない。
ナチュラルにお人好しで、
人に愛想を振り撒く。
真佑:あ、和ちゃん。あとで夕飯の支度、ママと私と一緒にお願いできる?
和:はい、もちろんです。
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スゴい、目線が俺に一点集中だ、
だいぶメンヘラメーター
溜まってますね。
俺の分のメシに毒仕込んだりして。
無いよね、
あはは。
ーーーーーー
散々と"メンヘラ"という単語を用いて
その奇妙な生態に着目しているが、
メンヘラ女子というのは基本的に
あまり良い印象は持たれないだろう。
ただし、特定の層に対しては、
それそのものが絶対的かつ抜群に
光って見える性質だったりする。
愛が重い女性が苦手ならば
何故くっついたのか、
…正論でしかない。
ただしその議論は、
俺にとっては前提から間違っている。
ハッキリ言おう、
俺はそういう子が好きだ、
無性に刺さってしまうのだ。
そしてその癖の起源は
家庭での姉の俺に対する"言動"、
と、言って間違いない。
昔に遡って、
姉との日々を振り返ってみる。
俺の精神が脅かされた
というかダメージを受けたような、
他所の人が体験できないレベルの
場面には何度も居合わせた。
中でも異質だったのは、
姉の"たらし"が発揮された時だろう。
…
…
俺が中学1年生だった
ある日のこと、
週末の部活が終わり
午後4時ごろに帰宅。
◯◯:ただいま、
その時に見た光景は、
今でも鮮明に覚えている。
真佑:あ、◯◯おかえりっ!
姉の周りには男が5人
所狭しと姉を見事な陣形で囲み、
みんなコントローラーを持って
ゲームに熱中していた。
◯◯:…
男のタイプは万別
金髪でピアス開いてるような奴、
眼鏡クイッの超理系みたいな奴
ただのデブ。
その他複数の男が居て
真ん中で姉はソファにふんぞり返る、
どこかの国の女王と飼い犬
もうそういう妄想しかできなかった。
男1:真佑ちゃん、あの子誰?
真佑:私の可愛いおとーとっ
男2:あひゃっ…そうでござったか、てっきり危ない男かと。
他所の家に入り込んでその威勢は、
あなたたちの方が不審者であります。
◯◯:ごゆっくりどうぞ…
真佑:◯◯も一緒にゲームしようよぉ。
◯◯:結構です。
その場から逃げるように
俺は2階へ続く階段を昇り、
頭にこびりついた光景を振り払うように
今日の宿題を早速広げてみた。
弟目線から姉のことを評価すると、
"可愛い"以外の評価は無いのである。
ましてや"思春期"という
◯◯少年のお気持ちを代弁すると、
いつも隣に可愛い年上の女性が
居るという環境自体、
健全な心持ちではもちろん
いられなくなるのである。
家族が美形だろうと
恋愛感情を抱かないのが普通らしいが、
…俺には姉が
"効き"すぎた。
容姿だけじゃない、
愛の"ベクトル"が効いてしまった。
…
…
結局、何もできないまま
ベッドに大の字になって少し経ち、
打ち上げられた鯨のように
白目で気絶していると、
部屋のドアがノックされて
姉が入ってきた。
真佑:今日はいつにも増して、そっけないじゃん。
◯◯:…
真佑:みんな帰ったから、もう2人きりだよ~
◯◯:あっそ。
真佑:なぁに、妬いちゃったの?
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◯◯:ちがっ、うおっ!?
質問を即否定しようと
上体を起こした途端、
姉に押し倒されて再び
ベッドに仰向けの純粋な少年。
純粋かどうかは、
皆様の考えに任せるとします。
◯◯:…ちょっと、どいてよ。
真佑:どかない。
掛け布団を大げさに広げて被せ
その陰の中で馬乗りになる姉、
当時、身長は姉の方が大きく
完全に覆われてしまう。
真佑:おねぇちゃんに、言いたいことがあるんじゃないのぉ~?
◯◯:そんなの、無いって。
真佑:ウソ、
これは完全に見通されている目だ、
ここで…俺が
"男"であることを証明しろと。
真佑:もう1回だけ、聞いてあげる。おねぇちゃんに…言いたいことある?
◯◯:あ、あぅ…
真佑:ほら、言わないと、このままどうされちゃうのかなぁ~
ちょっと顔が良いからって、
中1の弟に向かってこの有様である。
脳の構造が切り替わる思春期、
そんな大事な時期に
やっていいことではないでしょうが。
◯◯:い、いっぱいの男の人を…家に入れるのはよくないと…思う。
真佑:ん~~、だってみーんな私のこと好きでいてくれるし、拒むのは良くないでしょ?
◯◯:そうだけど、
姉の深く力が抜けるような吐息が
左耳にかかるほど密着され、
さまざまな刺激が痛いほど
身体の表面に降りかかる。
真佑:それともぉ…おねぇちゃんが誰かに盗られるって、やっぱり妬いちゃってたんだ。
◯◯:は、はい…うぅっ
もう屈服するしかなかった。
俺はずっとこのまま
こういう色気や挑戦に、
翻弄される人生を送ってしまうと
若年ながら悟っていた。
真佑:だいじょぶ、まゆの唇も身体も…◯◯のためにとってあるからね。
◯◯:クッソ…身体擦ってくんなっ…!
真佑:何その反応っ、大好き!
その後の生活でも…
"ハジメテ"を姉にまんまと
奪われることは回避したが、
数々の色濃い経験が今の俺の
癖を形成する土台になった。
束縛というか、偏執狂的な愛を受けるのが、
快感この上ない。
そしてその"本能"が、
異常な思春期を乗り越えた
俺の前に現れた和を惹きつけた。
ーーーーーー
帰りの車内。
窓からボーっと夜の景色を眺め、
物思いに耽っている和さん。
◯◯:ごめんね、今日疲れたでしょ。
和:ううん、久しぶりに田村家に会えて嬉しかった。
◯◯:うるさい家庭だからなぁ~、ある意味楽しいのかもな。
和:真佑さん、すごく幸せそうだった。
何故、俺が和のことを
"婚約者"であると強調するのか。
それは、俺たちの結婚式が
まだまだ先の予定だから。
俺たちが婚約するときに既に
姉夫婦の婚約が決まっていて、
姉夫婦の結婚式を優先し
子ども等々含め家庭状況が安定するまで、
和と俺の結婚式は行わないと
2人の考えで決定した。
そういうわけで、
結婚はしていないから
"婚約者"と位置付けていると。
女性たるもの、
豪華なドレスや式に憧れるのでは?
和には我慢をさせてしまっている、
そんな申し訳なさを感じる。
◯◯:俺たちも、もっと幸せになろうな。
和:ふふ、そうだね。
もう数年したら絶対に、
和との一生の思い出になる
良い式を挙げる、
それが今の俺の原動力
みたいなものでもある。
…
…
◯◯:来月のねぇちゃんの結婚式、俺どうすりゃいいと思う?
和:余興とか、メッセージとか?
◯◯:そう、緊張して吐きそうになるかも。
マジであり得そうな状況に
和は声を出して笑い始め、
俺の肩をバシバシ叩くもんだから
操作ミスって事故りかけたのは秘密。
和:大丈夫だよ、そんなに心配しなくて。
◯◯:そんな笑わないでって…
和:私で練習すれば良いじゃん。
◯◯:どういうこと?
さっきまでにこやかだった和の顔は
めちゃめちゃ真剣になっていて、
上目遣いの視線がザクザクと
俺の横顔に刺さってくる。
和:私を想って、message考えるの。
◯◯:発音。
和:私のどこが好きだとか、どんな家庭を作っていきたいとか、人を想う練習。
◯◯:いやそれ、練習したところで応用効かんやつじゃん。
またメンヘラ特有の
"試し行動"なるものが垣間見えるが、
和さん本人は一丁前に
とても期待しているようだ。
和:例えば、私が居なくなったら何か月引きずる?…とか。
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◯◯:え、何それ。考えたくもないけど、うーーん…
悪意無くこういうことを
スパッと言ってのけるのが、
さすがといったところで
姉に通ずる部分かも。
◯◯:そりゃもう、"一生"だよ。
和:言葉が軽い、やり直し。
◯◯:ひぃっ
嫁にレクチャー受けてたら、
結婚式でのあいさつが
激重の歌詞みたいになるわ。
ーーーーーー
続く。