メンヘラ婚約者が俺を狂わせてくる。 第13話
俺の嫁の
"特異点"とは何か、
名だたるメンヘラ専門家の
人々なら口を揃えるだろう。
「爆発力」
であると。
◯◯:痛っ
和:え、大丈夫!?
世間的には
かなり早い年齢での結婚、
にゃんにゃんにゃぎ
にゃんにゃんにゃぎ、
◯◯さん◯◯さんと
呼び合うバカップルではあるが、
嫁の突発的な"メンヘラ"や
凄まじい"癖"の披露には、
未だに身も心も
慣れないものである。
◯◯:ちょっと指切っちゃった。
和:ほら、これで指押さえて。
嫁と久しぶりに並んで料理、
こちらの"初心感"もまだまだ慣れない。
横顔に見惚れていたら
ほんのちょっとだけ指を切ったと、
超絶心配顔をしている嫁に
言える雰囲気ではない。
◯◯:問題ないよ、全然大したことないし。
和:大丈夫じゃないです。菌とか入ったら危ないし、今はちょっと休んでて。あとは私がやりますから。
◯◯:はぁ〜い…
至極真っ当、
大人しく包丁を置いてソファに避難。
日曜日の昼
指の横側を切った、
…なんてね。
同棲するまではちゃんと
自炊してたのにこのザマかと、
不甲斐なくなるついでに
料理の"再修行"を決意した。
一方で、和にあんな風にずっと
甘やかされて生きていくのも、
別に悪くないしむしろ、と
思うクズもここに居ます。
…
…
和はちょっと"変わってる"だけで、
すごく優しい子なのは言うまでもない。
我が親戚たちにも
俺にはもったいないお淑やか美人、
そんな感じの印象で
定着していると思われる。
…怪我をしたついでに、
また皆さんに"昔話"をしたい。
さっきからチラチラと
心配そうな顔を向けてくる嫁、
実はああいう表情をするのが
むしろレアだったりするのである。
◯◯:大丈夫だよ、そんな見張ってなくても。
和:◯◯さんすぐ痩せ我慢するから、気になってしょうがないんです。
◯◯:心配顔の和、可愛い。
和:ご飯抜きにしますよ?
というのも
俺が怪我をした時、
和の本領である「爆発力」が
"爆発"したことがある。
爆発力が爆発したらどうなるのか
みたいな哲学は置いといて、
あの時に改めて
嫁の狂気的な一面に触れた。
こうやってまた自然な感じで、
普段の流れに持ち込んでるとお気付きか。
何回もやってると
慣れてくるもんですね、
…"慣れ"って怖い。
ーーーーーー
あれは高3、
梅雨の手前の頃。
我が高校ではその時期に
体育祭が行われるため、
シーズン的には
やれ「体育祭マジック」とか、
そう囃し立てられた生徒がこぞって
男女でくっつく期間。
高3当時は既に和と
お忍びで付き合っている◯◯少年、
高みの見物でその1年だけは
嫉妬を拗らせずに居られた。
さて、我が高校の体育祭の
特色として挙げられるのが、
地元の中じゃかなり盛り上がる
…ただし"幹部"の生徒のみ。
"幹部"というのはいわゆる
クラスやチームの代表として、
特別な衣装を着たり
前に出て応援をしたりする奴ら。
そいつらと"平民"の温度差が、
やたら激しいのがウチの体育祭。
当たり前だけど幹部になる奴は
クラスの人気者たちなわけで、
そうじゃない生徒は
ただ好き勝手に引っ張られるだけ。
…もちろん俺は平民、
そんな平民の中でも仕事はあった。
例えば"連合"と呼称される
縦割り組チームで行うダンスの考案、
連合のモチーフとなる色やキャラを模した
"バック"と呼ばれる大きな絵の制作、
連合の衣装のデザイン
金やゴミ処理の管理などなど。
最高学年の3年であれば
平民であったとしても、
多くの生徒がそれぞれのグループの
責任者やまとめ役になって貢献する。
そんな嫌な立場が
回ってきてしまいまして、
少しだけ絵が上手かった俺は
絵の制作グループに入った。
"嫌"とは言ったが
かなり積極的に立候補した、
何故か。
…和が居たからだ。
…
…
和はダントツで
絵が上手かったらしく、
流れるように2年クラスの中で
絵の制作チームに選ばれた。
連合はそれぞれ
各学年の1クラスずつで構成され、
運良く俺の3-4クラスと
和の2-1クラスが一緒になった。
これで"合法的"に
和と合う時間を増やせる、
そういう目論見で珍しく
積極的に参加したわけだ。
実際、本番までの作業の時間は
和と目が合ったら恥ずかしそうに俯く、
業務連絡や議論の際には
他の奴らよりちょっと距離が近い、
などなどバレない程度の"匂わせ"を
楽しめた期間だった。
和の他にも多くの才能が
運良く集まって完成した作品は、
絶対に賞取れるだろ、という
作品に仕上がった。
ここまで聞けば単純に
良き青春の1ページ、
おいおい◯◯さんにしては
充実し過ぎじゃねぇか、と。
はい、
…当然こんなんじゃ終わりません。
"爆発"したのは
体育祭当日、
開会前の早朝
バックの準備をしている時だった。
ーーーーーー
バックはかなり大きな絵で
尚且つ連合を印象付けるもの、
当日になったら各連合の
生徒たちが座るひな壇の後ろのボードに、
責任を持って貼り付けて
他生徒や保護者に見せるのである。
我々バック班は
当日の相当早い時間に集まり、
タッカー、みたいな名前の
ホチキスみたいなやつを使って、
木のボードに絵を固定して
最後の仕事を完了するのが目標。
そんな最後の仕事中は、
人生の体育祭"唯一"、充実していた。
◯◯:和、今日楽しみ?
和:はい、楽しみですよ。先輩は違うんですか?
◯◯:うん。あんまりこういうイベント、得意じゃなくてさ。
他の奴らと少し離れたところで
彼女と並んで作業、
この仕事に集中できるかできないかの
"瀬戸際"を堪能していた。
◯◯:和は、幹部とかにならなくて良かったの?
和:私は似合いませんよ、あんなキラキラした役。
◯◯:1番可愛いのに。
和:…作業して下さい。
◯◯:はいはい。
少しだけ顔を赤く染めて
チラチラとこちらを見て、
何だこの愛しい生物は、と
ニヤけが止まらなくなる。
このあと起こる"悲劇"には、
全く勘付いていない。
◯◯:そういえば明日、振替の休みじゃん?
和:はい、
◯◯:…暇だったら、電話でもしない?
1回だけ俺の目を見て、
それからすぐに視線を下げる彼女。
うわ、キモかったかな、と
心配になりながら、
口をモゴモゴしている
彼女の顔を見つめ、
初めて使うタッカーを
少し震える手で準備する。
和:私は全然良いですよ。
◯◯:え、マジ?
意外な解答に驚いて、
不用意に手元に力がこもった。
その瞬間
「パシュッ」と心地良い音が鳴り、
ちょっとたってからようやく
小指に違和感を覚えた。
…
…
…保健室。
察しの良い人なら、
何故ここに居るか分かるだろう。
タッカーの針が小指に、
しっかりと刺さってしまった。
そんなことある?
そう思うのもしょうがない。
ただし実際にいらっしゃるのですよ、
手元不注意、タッカーを逆向きに持って
自分の指に針を発射する奴。
まぁ痛くは無いのだけど、
血が余裕で止まらなくなって、
体育祭当日に不名誉な理由で
保健室の世話になっている。
既に体育祭は始まっていて
ケガの処置は済んでいる、
グラウンドに戻るべきだが
何となく居心地が悪そうで戻りたくない。
幸いにも俺は
運動が全然出来ない男、
各種競技の選手には
全く選ばれていないので、
連合に迷惑はかけていない
"免罪符"があって良かった。
いっそのこと今日という特別な日を、
保健室の中で過ごすのも一興。
こそっと抜け出して
教室から持ってきた弁当、
律儀に昼休憩のチャイムに合わせて
その蓋に手をかけたところだった。
扉がとてつもなく静かに、
開くのが見えた。
和:…
◯◯:え、和?
和:私もここで、ご飯食べても良いですか?
ーーーーーー
養護教諭は不在、
彼女と保健室で2人きり。
すこし硬めのソファに並んで、
箸を動かしている。
◯◯:クラスの友達と、食べなくて大丈夫?
和:はい。今日はここで。
◯◯:そっか。
ポニーテールだから拝めるうなじ
座高の差分だけ上目遣い、
こんな俺とは釣り合わない美人が
肩の触れ合う距離に居る。
和:先輩こそ、手は大丈夫ですか?
◯◯:あ、うん、大したことないよ。
和:…
◯◯:ホントだよホント!…これはコレで、良い思い出かもなぁ〜、って。
実際に痛みは無い、
ただ左利きの俺には少し
飯を食うには不便。
何となくそんな雰囲気を、
和は理解していそうだった。
和:先輩、
◯◯:ん?
和:私、先輩に謝らなきゃいけないです。
◯◯:え、何で。
箸と弁当を置いた彼女は、
膝の方向を少し俺に向けた。
ソファとの摩擦で体操着の短パンが
若干捲り上げられ、
白くてツヤツヤの太ももの
見える面積が増えていた。
和:私、先輩が怪我するの知ってました。
◯◯:…どういうこと?
このあと、心に"癖"という
デカすぎる傷を負うことなど知らず、
なんかよく分からないことを言う
彼女の太ももをガン見。
和:その、先輩の痛がってそうな顔、見てみたくなっちゃって…
…
…
◯◯:えっと、その…どういう意味?
和:先輩が無意識に、タッカーを逆に持ってること、気づいてました。
彼女の膝が俺の腿に当たってる
状況も相まって脳内はお花畑、
そんな中で放たれた
この"爆発力"たるや凄惨の一言。
和:だから私、先輩が怪我するのは止められたハズなんです。
◯◯:お、おう…
和:なんですけど、見たくなっちゃったんです。…先輩が傷つくところ。
◯◯:…
和:先輩の新しい"表情"、独り占めしたくて。
つまり和は、
こう言いたいらしい。
俺が調子乗って和と喋りながら
タッカーを見もせず手に取った時、
逆に持ってしまったことを
気づいていた。
そこで注意を促せば
俺の保健室送りは未然に防げたが、
和は何故か俺が怪我する様を
隣で見てみたくなった、と。
和:わ、私、変ですよねっ!…彼氏が怪我するの見たかったなんて。
◯◯:えっと…
和:だから先輩に、謝らなきゃいけないんです。本当にごめんなさい…
今にも泣きそうな
潤んだ大きな瞳、
相反するように紅くなっている頬が
彼女の"癖"を感じさせる。
和:我慢できませんでした、自分の心の中の気持ち。その、頭がボーッとしたというか、お腹の"下の方"がキュッとなったというか…
◯◯:和、
和:やっぱり私、"変な子"ですよね。先輩にだけ、先輩にだけ、何故か変な感情が生まれて、
◯◯:和、聞いてって。
気づけば俺は
震える彼女の手をとって、
興奮した様子の呼吸を
聴きながら口を動かした。
◯◯:俺は、和が変な子だなんて思ってない。
和:でも、
◯◯:いやゴメン、ちょっとは思ってるかもだけど、ただそんな和が好き。
和:…ズルいです、その言い方。
結局、俺に特別な"感情"を、
抱いてくれていることは嬉しい。
ただ、その力が歪な"爆発"を
生み出しているのは間違いない。
◯◯:どうだった?…ケガする俺見て。
…
…
和:へ?
◯◯:感想、言ってみなよ。
彼女がヤバい思考なら、
当時から俺もその類だった。
メンヘラに対応するには、
このくらいどっしり構えておきたい。
◯◯:ほら、我慢せずに言って?
和:か、可愛かった、です。
◯◯:"興奮"した?
和:……はい、
ここでまた思い出した
2人きりの空間であること、
いっそこのまま
出来るトコまで、
なんて考えちゃったりしていた
少年もまた目が血走っていた。
◯◯:和、
和:先輩、
付き合い始めて
割と時間も経っていて、
"空間"さえ整っていれば
そうなってもおかしくはない、かも、
彼女も純粋そうな見た目だが
化けの皮が剥がれた瞬間だった。
◯◯:こっち見て?
和:はい、
和の特殊な癖が爆発するたび、
俺の心も捻じ曲がっていって。
思い返せばこの頃から
"お仕置き"という名目で、
そんな癖を晒し上げて
辱めるのが好きだったかも。
一瞬の気の狂いで
近づけあった唇が、
触れそうになったとき
保健室に向かってくる足音が聞こえた。
教員:田村くーん、まだ居る?
養護教諭が戻ってきて、
ドアを開けるところだった。
開ける前に一声かけるのが、
超有り難かったというか流石である。
教員:あれ、増えてるじゃん。
◯◯:あ、これはその…
和:…
教員:…ふーん。ま、黙っといてあげるっ
俺と彼女が素早く
互いの身体を遠ざける時間をくれたが、
結果はどうやらお見通しで
顔が火照っていくのが分かった。
ーーーーーー
というように
和のド変態"癖"の大爆発や、
初めてのキス未遂など
ある意味で色濃い日があった。
◯◯:和〜、
和:ん、
◯◯:もう大丈夫だから、手伝わせてー
和:ダメです、安静にしてて。
昔のことが脳裏に浮かんで
心の可愛らしい"傷"がチクチクするから、
嫁のこういう態度にはむしろ
違和感を覚えるというわけだ。
和:じゃ、じゃあ…手伝わせてあげます。
◯◯:お、良いねぇ
和:私のこと、ずっと見てるお手伝いして下さい。
一方で、嫁になってからは
こんな感じの"甘々"は増えて、
日常の中の爆発が良いアクセントに
なってしまうのは悩みどころ。
◯◯:え、ご褒美じゃん。
和:私から目線外したらダメです、そういう"手伝い"ですから。
◯◯:よっしゃ、夫、イキます。
嫁に人生を
歪まされた身である、
そういう普通の日々がいつも楽しくて
夫婦をやれているわけでもある。
…
…
和:ねぇ、こんな近くで見てなんて言ってないよ。
◯◯:逆に、どこで見てなんて言われてないもんね〜
和:…もう、危ないのに。
キッチンに立つ和に、
弱めにバックハグをする。
口では「嫌」と言うものの、
手を握って離せなくしてるのは嫁本人。
和:◯◯さん、私のこと好きすぎじゃないですか?
◯◯:当たり前。というか、和だってそうでしょ?
和:恥ずかしいから答えない。
首筋の匂いを嗅ぎながら
抱きつく俺を目にもくれず、
手早く料理をこなす嫁が
シゴデキ感半端じゃない。
すっかり"痴漢"と化した成人男性は、
嫁の尻を優しく撫でていた。
和:ちょっと、
◯◯:ケツでか。
和:今度こそ、指切り落としますよ?
◯◯:え、褒めてんじゃん。
和:褒められてないっ!
最近、終わり方が
雑になってきてないか、
俺自身も結構それは
懸念している場所であります。
◯◯:あぁっ!マジでコッチに刃ァ向けんなって!!
和:誰のせいで、こんな身体になったと思ってるんですかっ!!
◯◯:語弊がありすぎる言い方!
こんな家庭を
楽しいと思うか否かは、
これを特別に見ている方の
判断に委ねるところであります。
ーーーーーー
続く。