坂道狂詩曲 第8楽章
数千年前、
4人の"原始の魔術師"が存在した頃。
まだ不透明で発展途上の反転世界に、
彼らは新しい"概念"を生み出した。
「ラプソディ」と「アルカナ」である。
彼らは魔術師たちの能力を
20の「ラプソディ」に分け、
それらを「アルカナ」と総称した。
本来「狂詩曲(Rhapsody)」という
意味であるこの言葉を、
その超人的な能力を上手く
表現するために用いたという。
この概念は、現在の反転世界の根幹であり
基礎にもなっていることは言うまでもない。
その分類の意図についての記録は現存してないが、
研究が進むにつれ、
「魔術師」は非発現者の総称とされ、
能力ではないと一般的に考えられる。
「悪魔」は"妖霊"の総称とされるが、
強力な妖霊と契約した者が発現する例がある。
「愚者」「吊された男」はアルカナの中でも、
発現者が特に少ない。
「審判」「世界」は未だ発現者が存在しない、
想像上のラプソディと見られる。
上記のようなことが判明してきている。
そして、
当時の他の魔術師は彼らの功績を讃え、
彼らの4人の"能力"をそれぞれ特別に
…「四元徳」と名付けた。
それは
「勇気」
「節制」
「正義」
「知恵」
の4つである。
原始の魔術師たちを中心に、
魔法界は急速に
法の整備や学問・魔術の発展を遂げたのだった。
ーーーーーー
しかしその秩序は長くは続かず、
「知恵」はその頭脳を使って、
蘇生魔法や使役魔法などの"闇の魔術"を確立。
「正義」は魔術の発展のため「知恵」に協力し、
魔術の応用技術の向上を目指した。
それを脅威に思った「勇気」「節制」は、
「正義」「知恵」に宣戦布告。
原始の魔術師たちの信者をはじめとした
多くの魔術師を巻き込んだ、
…魔法界を揺るがす"大戦争"が勃発した。
魔術師だけでなく、使役された妖霊も、
数え切れないほど命を落としたと言われている。
結果として「勇気」「正義」「知恵」は戦死し、
「節制」は反乱の弾圧に成功した。
「節制」は自らの力もろとも
「四元徳」を封印したとされ、
それ以降、
「四元徳」を発現したものは発見されなかった。
そして「正義」「知恵」は、
忌み嫌われる"闇の「四元徳」"として伝承され、
この「四元徳」に関わる伝説は、
教育上タブー視されるようになった。
ーーーーーー
麻衣:つまりこの時「四元徳」は全て、"歴史上"消滅したはずだったの。
七瀬:でも、"発現者"の神代くんが現れた。
レオン:なるほどなぁ、そんなこともあったっけか。なら、俺の仮説はかなり筋が通るな。
◯◯:教えてくれ、頼む。
レオン:俺が◯◯の持っている"本"に封印されたのは、ちょうどその戦争の真っ只中だ。
さくら:確かに、数千年前に封印されたって言ってたよね。
レオン:「知恵」にそそのかされた「正義」の魔術師は無作為に俺を召喚し、その"闇の魔術"とやらで俺に「正義」の能力をコピーし本に閉じ込め、現実世界にひっそりと隠した。
麻衣:「節制」によって、全て無かったことされるのを嫌った訳ね。
レオン:その通りだ。そして"後継者"が現れ、この歴史を繰り返させようと画策した。まさに最後の"悪「知恵」"ってやつだな。
聖来:そんなん「正義」でも何でもないやないか!
菜緒:確かに、道理とはかけ離れてる…
レオン:そう思うなら、それは間違いだ。
美月:何故?
レオン:何が「正義」だ?…闇の魔法を用いてでも魔術の基礎の発展を目指すことか?それを力でねじ伏せて無かったことにすることか?
麻衣:確かに、何を「正義」とするのかはその人次第よね。
七瀬:だから「正義」は"光"と"闇"の両方の性質を持つと考えることもできると。
レオン:それが◯◯の能力として、表面化したのかもな。
◯◯:そして俺の"闇"の力は、俺自身が制御できない…
さくら:それってつまり、どういう事?
レオン:"歩く殺人兵器"、原始の「正義」の野郎の目論見通りってことだ。
遥香:どう対処すれば良いのよ。
レオン:戦争を繰り返す、とかね。
聖来:そんな…
レオン:そして、それについてのもう一個の仮説だ。「知恵」もおそらく存在している、だろ?先生達よぉ。
七瀬:あなた、頭だけはキレるのね。
麻衣:その通りよ、統治機構の役人達にも伝わってないけど、ある筋から「四元徳」の発現者が現れたかもしれないと情報がありました。
美月:統治機構か…強力な行政機関が関わってくると厄介かも。
統治機構は、反転世界を行政・統治する機関。
反転世界にも様々な国が存在するが、
現実世界の日本と俺たちの国はそこまで変わらない。
国ごとに設置された統治機構は
それぞれ独自の価値観で行動するため、
その統治地域の治安に直結する。
ここは割と良い方だと聞くが。
さくら:それって、◯◯が狙われるって事じゃ…
七瀬:そのことは私たちが対策を講じるから、安心して。
麻衣:神代くんも、"自分"を見失わないように注意して。
◯◯:はい…
七瀬:みんな、3年生の模擬戦も見ると良いわ。じゃあ解散。
ーーーーーー
1年が退室した後、
七瀬と麻衣、美月は3人で話していた。
七瀬:美月、あなたにも協力してほしい。
美月:うふ、そう来ると思いましたよ。
麻衣:「四元徳」の発現者が現れたという情報は、私たちしか知らない。だから、内密に動きたいの。
七瀬:学業の不利益にならないよう配慮するわ。まぁそんな配慮すら要らないかもね、あなたの成績なら。
美月:さっきの2年生達にも、自己防衛する権利はあると思いますけど。
七瀬:内密に動いてくれるなら、好きにして構わない。
美月:りょーかいです。
ーーーーーー
翌日の2学年模擬戦の最終戦、
大将戦までで勝ち点で並んだA組とC組は、
丹生さんと賀喜さんの対決に委ねられた。
結果は残り数秒というところで賀喜さんが接戦を制し、
C組が見事優勝を果たした。
更に翌日から始まった3学年の模擬戦、
この前考古学研究室にいた俺たち5人は、
並んで観戦をしていた。
小坂さんの解説によると、
"山下美月"さんと"岩本蓮加"さんが率いる
B組が圧倒的らしく、
…確かにその力は異次元だった。
…
3番手で出場の山下さん、
審判:試合、始めっ!
美月:「朧月〈Phantom〉」
すると、試合会場が霧に包まれ、
昼間であるはずなのに辺りは暗くなり
月の映える情景が広がる。
◯◯:あり得ない…
聖来:ホンマそうよなぁ〜、レベチすぎる。
さくら菜緒:綺麗…
遥香:"綺麗"ってのはちょっと違う気もするけど。
美月:"召喚、ファントム"
山下さんがそう言うと暗くてあまり見えないが、
人影のようなものが試合場に現れる。
…その姿は女性のように見える。
美月:"史緒里"、お願い。
??:お任せ下さい。
その何かが動き出すと、
そこからはあっという間だった。
2試合とも、山下さんは自ら攻撃はせず、
"史緒里"と呼ぶ何かによって、
数秒で対戦相手を片付けてしまった。
…
大将の"岩本さん"はというと、
岩本:「流星〈Meteor〉」
狙撃銃を召喚し、
相手の大将をどちらも、たった1発の銃撃で倒した。
3日間の結果は言わずもがな、
3年B組の優勝となった。
ーーーーーー
模擬戦の全日程が終了し、
元の学校生活に戻っていた。
俺と小坂さんは、少しだけクラスの人気者になり、
お互い友達も増えたようだ。
俺がホントは"暴走"していたとは
知る由もないクラスメイト達は、
クラス最強などと呼び、良い迷惑をかけてくる。
そんなある日の昼休み、
生徒1:おい◯◯、"賀喜さん"が呼んでるぞ〜
◯◯:え?
クラスの扉の方を見ると、
本当に賀喜さんが立っていた。
生徒2:良い雰囲気になってんじゃねぇかぁ?抜け駆け禁止だぞ?
生徒3:あんな美人に話しかけられて、最高じゃねぇか。
◯◯:そんなんじゃないよ。
俺は賀喜さんにのところへ向かう。
◯◯:何か用事かな?
遥香:ここじゃ話せないから、向こう行こ?
俺たちは誰もいない、廊下の隅に来た。
賀喜さんも綺麗な顔立ちをしている。
そりゃ男子に人気な訳だ。
◯◯:あの、怪我とか無かったかな?ごめんね、あれっきり謝るタイミングなくて。
遥香:その事は大丈夫だよ、心配してくれたの?
身長は少ししか変わらないけど、
ちょっと上目遣いで顔を覗き込んでくる。
最初は能力も氷だし、
低体温系女子なのかな〜って思ってたけど、
割とノリが良くて話しやすい。
◯◯:い、いや…そんなことは…で、話って何かな?
遥香:放課後、美月さんが私たちのこと呼んでるって。3学年会議室に。
◯◯:え!?…怖…
遥香:ボコボコにされるっていう事ではないと思いたいね。
◯◯:同じく。
遥香:とりあえず聖来もさくも呼ばれてるし、菜緒ちゃんもみたい。
◯◯:うん、分かった。
ーーーーーー
続く。