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坂道狂詩曲 後奏曲(Postlude)
…数ヶ月後。
日に日に暑くなってきて、
毎朝ニュースの天気予報にウンザリする。
とはいえ夏休みが迫り、
学生たちの心も弾む季節。
俺は都内の
ある病院に足を運んだ。
受付に向かい、
看護婦に問いかける。
◯◯:すみません。この病院に入院されている"山下美月"さんって、どのお部屋にいらっしゃいますでしょうか。
ーーーーーー
この時間帯はいつも
屋上のベンチに座っているらしいので、
聞いた通りに屋上に向かう。
中と外を隔てるドアを開け
辺りを少し歩くと、
ベンチに座り町の風景を見る
パジャマを着た美月さんの姿があった。
◯◯:美月さん。
美月:あ、◯◯くん。わざわざ来てくれたんだ。
◯◯:こっちに入院されてたんですね。いつからですか?
美月:2週間くらい前かな〜。現実世界のほうで、ぬくぬく安静にってとこ。
◯◯:ご両親には、どういった"辻褄合わせ"をしてあるんですか?
美月:車に轢かれて金属片が脇腹を貫通した、だってさ。ちょっと無理あるよね!…アレゴリアも、もうちょっと考えろっての。
◯◯:まぁ、何とかなってるなら良いんですけどね。
美月:んで、そっちはどう?
◯◯:みんな放課後に集まって、練習頑張ってますよ。前にお伝えした通り、"陽菜ちゃん"も丹生ちゃんと一緒に暮らして、魔法の使い方も慣れてきたみたいです。
美月:さくらちゃんとは仲良くしてる?
◯◯:さくですか?もちろんですよ。さくに限らず、全員仲良いと思ってます。
美月:そっか。
ーーーーーー
俺は美月さんに手招きされて、
隣に腰掛ける。
◯◯:あの…美月さん、質問良いですか?
美月:うん、良いよ〜。
◯◯:何であの時、史緒里さんを守ったんですか?
美月:う〜ん…何でか、ねぇ…
「うーん」と言いながら
口を尖らせている。
◯◯:あ、いや、否定してるとかそういうことじゃなくて…
美月:ふふ、分かってるよ。それに…みんなに言えない事なんか、あっちゃいけないもんね。
美月さんは空を見上げて話し出す。
美月:私が、中学生だった時の話。
~ーーーーーー~
中学に入学した私は
勉強もそこそこにやって、
友達も結構居たし
楽しい生活を送れていた。
でも1つだけ、悩みがあった。
…私は、"変"だった。
小さい頃から
人やものの周りにオーラが見えたり、
感情が言い表せない何かに見えたり。
ニュースで殺人事件の報道を聞くと、
鮮明にその様子が頭に浮かぶ。
極め付けには、
幻覚症状が酷くなっていった。
心配になった親が病院に連れていけば、
当然結果は"精神疾患の疑い"。
周りの人と比べて、自分は変わってる。
でも、どうしようもない。
友達にバレたら嫌われる。
そう思った私は、
いつもビクビクしながら
普通の人として生きていた。
ーーーーーー
ある日の放課後。
図書館に忘れ物を取りに行くと、
1人で本を読む
色白の女子生徒がいた。
私に気づいたその子は
本を急いでバッグにしまい、
立ち去ろうとした。
美月:あ!良いよ良いよ!…私、これ取りにきただけだから。
??:そうですか…
美月:いつもここで1人で本読んでるの?
??:…はい。
美月:ごめん、名前分からないや。何組?
史緒里:3組の、"久保史緒里"です…
…
…
それから史緒里とは、
夏休みはずっとお互いの家に
入り浸るくらい、親密になっていった。
学校が再開してからも、
昼食は毎日一緒に食べた。
美月:ねぇ、史緒里ってさ、好きな人とかいるの?
史緒里:好きな人?いないけど。
美月:なんだ、つまんないの。
史緒里:そっちだって、前に誰かに告られてたじゃん。
美月:フッたよ、そんなの。
史緒里:モテ女は良いですね〜
美月:あ、そういう事言うんだ…唐揚げ貰いっっ!!
史緒里:あ、ちょっ!!…もぉ〜。
お互い1番の親友同士。
何故だか、史緒里と居る時だけは
悩みを忘れて心から楽しめた。
"自分"でいられた。
ーーーーーー
秋、
私と史緒里は2人で海に来た。
史緒里:こっちこっち。
史緒里に手を引かれ茂みを抜けると、
岸壁で囲まれ、他の空間から隔離されたような小さい砂浜と海があった。
史緒里:どう?ここ。
美月:凄い…こんなとこあったんだ…
私たちは砂浜に座り込む。
史緒里:小さい頃に見つけたんだ〜、多分私たち以外誰も知らないよ。プライベートビーチ的な?
史緒里はとびきりの笑顔を、
私に向ける。
史緒里になら打ち明けられるかも、
そう思った瞬間だった。
美月:ねぇ…史緒里。
史緒里:ん?
美月:私ね…
そして私は、
"悩み"を初めて親以外の人に話した。
…
美月:ごめんね…急にこんな話。
私が話し終わると、
史緒里は優しく抱きしめてくれた。
史緒里:ううん。ありがとう、話してくれて。もう大丈夫だよ…美月には、私がついてるから…
美月:史緒里…
私は史緒里の温もりに包まれながら、
今まで我慢していた分の涙を流した。
ーーーーーー
そして中3の春。
史緒里:美月〜、一緒に帰る?
美月:ごめんっ!なんか部活のやつで、やらなきゃいけないことあって…
史緒里:そっか、じゃあ私先に帰るね!じゃあね!
美月:うん、また明日!
これが、一生の後悔になるなんて
思いもしなかった。
部活の集まりが終わり
学校の外に出ると、
先生:おい、山下っ!!
美月:あ、先生。何ですか?
先生:お前、久保と一緒に帰ったんじゃないのか?
美月:いや、部活の集まりがあったので。
みるみる先生の顔が青ざめていく。
先生:今、通報があって…
…
…
全力で走った。
ただひたすら史緒里の家まで。
史緒里の家の前には
パトカーや救急車が止まっていて、
大勢の警察や近所の人が集まっている。
私は群がる人々を掻き分け、
なるべく家の近くに寄る。
すると、脳内に見たくもない映像が
鮮明に入り込んでくる。
屈強な男が史緒里を乱暴に投げ飛ばし、
ナイフで腹や腕を傷つける。
美月:嫌…
泣きながら、血を吐きながら、
必死に抵抗する史緒里。
美月:やめて…もうやめて…
抵抗虚しく、史緒里の体は
赤く染まった床に横たわる。
美月:史緒里…行かないで…史緒里っ
映像が途切れると、
私は急に息苦しさを感じる。
息が上手く吸えない、
体に力が入らない。
大小さまざまな声が行き交う群衆の中、
私は気を失った。
ーーーーーー
目を覚ますと、
私は病院のベッドで寝ていた。
私のすぐ横には、
ママがベッドに突っ伏して寝ている。
外は明るくなっていて、
どうやら朝になってしまった。
美月:ママ…起きて。
美月母:ん?…美月、気がついたの?
美月:…うん。
話を聞くと、私はショックのあまり
過呼吸になってしまったらしく、
その場にいた救急車両で
運ばれたようだ。
美月:ねぇ、今日の新聞ある?
美月母:あるけど…でも…
美月:それでもいい。お願い…見せて。
渡された新聞の一面には、
昨日の事件のことが書かれている。
"立て篭もり犯が少女殺害"
捕まった犯人の供述によると、
史緒里の家に近いコンビニで強盗をした犯人は、逃走する途中に帰宅する史緒里を発見。
そして史緒里を脅し、
史緒里の家に立て篭もることに成功。
家は警察に包囲され錯乱状態の犯人は、
人質の史緒里を殺害。
その後に警察に身柄を確保され、
現在は留置所に収容。
美月:史緒里のママたちは?
美月母:当時は仕事で家に居なくて、今お父さんとお母さんが警察署に行ってるわ。
美月:そっか…
美月母:あなたは今日は学校休みなさい。まずは心を落ち着けて…史緒里ちゃんの分まで、今を生きなさい。
美月:うん…
ーーーーーー
そして秋、
塾帰りの夜。
私は史緒里との思い出の場所
私たちしか知らない海まで
自転車を走らせる。
…今日は、史緒里に"お別れ"と
"久しぶり"を言いにきた。
史緒里を失ってから、かれこれ半年。
抜け殻のようになった私は、
がむしゃらに勉強をこなした。
でも私は、史緒里を守れなかった。
あの時、一緒に帰っていたら?
何度も死のうと思った。
その度に涙が出なくなるまで泣いた。
幻覚は酷くなる一方、
鮮明に史緒里の死に様を覚えている。
あの時、史緒里が感じた
恐怖も、痛みも、…全て。
もし一緒に帰っていたら、
私の力が役に立ったかもしれない。
忘れたいのに、忘れられない。
もうこんな日々、終わらせたい。
史緒里は多分、
私のこの行動を望んでいない。
でもね、もう無理なんだ。
あなたの居ない世界で生きるのは。
自転車は無意識のうちに、
茂みの手前までやってくる。
夜空には、
妖艶な円を描く満月。
"美しい月"
私には重すぎたのかもしれない。
私は、茂みを掻き分けて
砂浜にたどり着く。
朧げな月を見ながら下に沈めば終わり。
今思えば、簡単なこと。
全てから切り離されたような
砂浜が見えてきた。
しかし、私と史緒里しか
知らないはずのこの場所に、
何故か、"先客"がいた。
私に気づき、その人影は
チラリとこちらを見る。
月に照らされたその横顔は、
私が後を追おうとした人だった。
美月:し…史緒里?
??:お待ちしておりました、"山下美月"様。今宵は月が綺麗ですね。
ーーーーーー
目の前にいる史緒里は、
私の知る"史緒里"ではなかった。
目を凝らして見ると
記憶の中の史緒里より大人びた見た目で、
纏う雰囲気や口調まで違う。
美月:あなた…誰なの…?
??:申し遅れました、私は"妖霊ファントム"。主人であるあなたに、とあることをお願いしに参りました。
美月:ごめんなさい…何を言っているのか全然分からない。
史緒里:では単刀直入に言いますと、あなたは「月(Moon)」の先天的発現者であり、"魔術師"なのです。
美月:私が…魔術師?
史緒里:これまで、自分が他人と比べておかしいと思ったことはありませんか?例えばあなたが悩まされている重度の幻覚、共感覚など。
美月:何で、それを知ってるの?
史緒里:私はあなたが生まれたと同時に、あなたの意識の中に生まれた存在だからです。あなたが今から自殺しようと思っていることまで、何もかも知っています。
美月:史緒里のことも…知ってる?
史緒里:もちろんでございます。
美月:どうして史緒里の姿を?
史緒里:私たち"妖霊"という存在は、決まった姿を持たない生物でして。私は、あなたが"1番大切に思っている存在"の姿を、真似してしまうようです。
美月:でも…私の知っている史緒里とは、ちょっと違うんだけど…
史緒里:あなたの潜在的な記憶とイメージをお借りしていますので、お亡くなりになった当時とは少し違う、あなたの"想像上"の久保様の将来の姿をしています。
美月:そう。じゃあもう良いでしょ!?もう終わらせてよ…お願い…
史緒里:そこで、私からのお願いです。
史緒里は美月をしっかり見据える。
史緒里:私と"契約"し、魔術師としてこれからの人生を歩んで下さい。
ーーーーーー
美月:それ…私にメリットある?
史緒里:ありますよ。人を救える"力"を、正しく使えるようになります。あなたはもう二度と、大切な何かを失いたくないのではないですか?
美月:もう私の心を見るのはやめてっ!!
史緒里:あなたが私と契約すれば、私とあなたはお互い独立し、潜在的な繋がりは切れます。そうすれば、あなたの意識が私に見られることもなくなるでしょう。
美月:ホント、都合が良いのね。
史緒里:もう分かっているでしょう?"久保史緒里"さんはもう戻ってこないと。
美月:私は、史緒里を守れなかった…私だけこのまま生きている資格はないの。
史緒里:違います。あなたには"能力"がある。だからこそ、これから誰も失わないために、魔術学校に通い、能力の使い方を学ぶのです。
誰も失いたくない、
それは私の些細な願いでもあった。
史緒里:これから先、あなただけにしか救えない人が現れるかもしれません。亡くなられた史緒里さんのために、そしてあなたのために…その力をお使い頂けませんか?
その叶わない願いを、
手繰り寄せられるかもしれない。
美月:本当に、できるの?
史緒里:それは、あなた次第です。
美月:じゃあ、"ファントム"…
すぐに言いくるめられた。
悪魔に魂を売る。
まさにこういう事なのだろう。
美月:いや、"史緒里"
でも、それでも、
欲しかった。
大切な人を傷つけさせない
圧倒的な力が。
美月:私と…
これは一度死にかけた私に、
二度と帰らない大切な人がくれた
チャンスなのかもしれない。
美月:…契約して。
そして目の前の"悪魔"は、
私の大切な人
"史緒里"そのものだった。
ーーーーーー
美月:それで、反転世界をフラフラしてて。七瀬先生に拾ってもらったおかげで、こうして◯◯くんたちと出会えた。
◯◯:そんなことが、あったんですね。
美月:綺麗事はそんなに好きじゃないけど、私ね、"運命"だと思うの。何もかも。
◯◯:"運命"…ですか。
美月:私は運命的に史緒里と出会って、魔術師になって、◯◯くんたちと会えた。◯◯くんも同じなんじゃない?
◯◯:と言いますと?
美月:もしかしたら、◯◯くんが「正義」を発現したのも、何かの運命。
◯◯:だとしたら、ありがた迷惑ですね。
美月:でも、輪廻転生って言われるように、「四元徳」だって他のラプソディと同じように、様々な人が持ってたのかな〜って。発現しなかっただけでね。
◯◯:まぁそう言われれば、あり得る話だとは思います。
美月:そして発現者がたまたま◯◯くんだった。でも、◯◯くんにはその能力を大切にしてほしいんだ。
◯◯:そうですね、俺も何もこの力について分かってません。これからも美月さんの手を借りるかもしれませんが、俺は自分なりに精一杯頑張るつもりです。
美月:さっすが。…あ、長々喋っちゃったけど、時間大丈夫?午後から調査隊の練習あるんでしょ?
◯◯:いえいえ、貴重なお話が聞けて嬉しかったですよ。じゃあ、俺はこの辺で失礼します。
美月:うん、お見舞いありがとっ。また来てね?
◯◯:はい。史緒里さんにも、よろしくお伝え下さい。
美月:じゃ、練習頑張って、模擬戦も近いでしょ?頑張るんだぞ?ぎゅ〜
美月さんは、隣に座る俺を
抱き寄せる。
◯◯:ちょっ…!?何してんですか!?
美月:お見舞いのお礼。あれ、何で慌ててんの?
◯◯:いや、普通の反応ですって。じゃ、帰りますね。俺たち全員、美月さんのこと待ってますからね。
そう言って、俺は屋上を後にした。
ーーーーーー
…道を歩きながら考える。
美月さんの仮説は一理ある。
四元徳はラプソディと同じように、
どの時代にも一定数存在したという
可能性もある。
発現した者がこれまで居なかっただけで、
ある事が引き金となり
発現する可能性もある。
ただ、こんなことを考えるほど、
何も「四元徳」について知らない。
何故、俺は能力を制御できないのか。
何故、さくは俺を制御できるのか。
四元徳の素質とは。
そして、"根源"とは。
何も知らない。
でも絶対に、真実はあるはず。
だとしたら、俺たちが自ら
解明していくしかない。
これからも危険な事を
しなければいけないかもしれない。
でも大丈夫、仲間がいる。
1人じゃない。
…
…
近くのファストフード店で
昼食をとった後、
俺は、人目につかない
路地にたどり着く。
そして、こことは違う世界、
仲間がいる世界に向かう。
"反転"
ーーーーーー
第1幕 終わり。