夫は当たり前の日常を粗末にしない人

湯上がりの温かさが残った身体のまま、和室にある寝室に向かう。

つい20分前まで一緒に入浴していた夫が、畳の上にひいた布団に仰向けになり、喉のあたりまで掛け布団がきていた。布団からちょこんと頭だけ出ていた姿がふすまから見えて、夫に気がつかれない大きさでフフッと笑った。

夫は「女ってものは時間がかかる」と言いたげな表情をしながら、目をつぶっていた。私がお風呂場から出てからというもの、化粧水を塗ったり、薔薇の精油入りのお気に入りのボディオイルで身体を手入れしたり、髪を乾かしているうちに、待ちくたびれてしまったらしい。

それでも、時折モゾモゾと身体を動かしている。眠りが深くなればすぅすぅと小さい寝息になるところ、呼吸していると分かる。眠ったフリをしているのか、それとも眠気が限界なのか。どちらにせよ、私がくるのを待っている様子だった。

朝は夫に起こされて目覚め、夜は寄りそって眠る。同棲時代からの習慣。夫の喉あたりまである掛け布団布団をめくり、枕もとに潜りこんだ。

首筋で呼吸をする。湯船で浸かったお湯の余韻が残った肌。石けんの匂い。甘く、安心する、慣れ親しんだ体臭。

生きた湯たんぽのようになった夫の足に、寝室にくるまでに温もりが奪われた足先をくっつけ、体温を奪った。体温がうつり私の足の冷たさも気にならなくなった。

お互い何も話さず、じんわりと遠くのほうからやってくる眠気に浸りながら目をつぶる。自然と夢みる時がくるのを、待っていた。

夫が着ている綿のパジャマに頬を擦りつけながら、左胸を枕にして丸くなった。夫がこちらに身体をむけて横向きになり、私を包むような姿勢になる。頭のてっぺんから首にむかって、手のひらでくり返し髪を撫でた。

少しずつ動きがなくなり、夫が寝たと気がついた。邪魔してはいけない気がした。自分の布団に戻ろうと、不自然にまでにゆっくりした動作で、そうっと布団から出た。

起こさずに出られて安堵していると、後ろから手を握られた。

「今日も楽しかったよ、ありがとう。また明日ね」

一方的な、寝ぼけながらのおやすみの挨拶。すぐにすぅすぅと寝息が聞こえたので、心の中で返事をした。

いつものように自分の布団に入る。右側を下にして横になり、身体を丸めた。

当たり前の日常を、当たり前にして粗末にしないために、あえて口にする夫の言葉に包まれながら眠りに落ちていった。


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