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ショパン・コンクールに胸踊らされた日々。


第18回ショパン・コンクールは、第2位反田恭平、第4位小林愛実というこれ以上のない結果を残して6年越しの祭典の幕を下ろした。

それにしても、これほど盛り上がるとは思わなかった。

僕のいる出版社では当然のように社を上げてショパン特集を組んだ。ウェブで結果をいち早く報告していたのだが、ステージが進むにつれてそれぞれに「推し」も生まれ、最後に二人入賞という快挙に一挙に溜飲が下がったという感じだ。

なによりも、ショパン・コンクール事務局がすべてのステージをリアルタイムでユーチューブに上げ、全世界の人々がまるで審査員のようにコンテスタントの演奏を視聴できたのが大きいと思う。

コンテスタントたちが自由にSNSで発信していたのも功を奏した。反田君が自分のファイナルが終わった後、「これからは小林さんのサポートに回る」とコメントしたのが僕はすごく印象的だった。

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正直に言うと、反田恭平という男を僕はあまり信用していなかった。

あまりに手際が良すぎるのだ。コロナ禍ではいち早くオンラインライブに取り組み、自分の会社を立ち上げてオーケストラまで作ってしまう。夢はソリスト育成のための音楽学校を創設すること。一流のビジネスマンでもこうはいかない。

その彼がショパン・コンクールに参加するという。なにをいまさら? 

ところが彼の第1ステージの最初の曲、ノクターンロ長調Op.62-1を聴いて驚いた。なんというクリアな音なんだろうと。なめらかで説得力があり、実に情感の籠った音楽だった。

続くエチュード「エオリアル・ハープ」の力強さはどうだ。テクニックも完璧。最後のスケルツォ変ロ短調Op.31が終わるころには、僕はすっかり彼のファンになっていた。

こうなるともう応援するしかない。ファイナルを聴き終え、スタンディングオベーションをする観客を見て、せめて入賞してくれればと願った。

2位というのはとてもいい位置だと思う。内田光子以来の地位だし、優勝者のように世界中でチヤホヤされることもない。伸びしろもある。彼にはベストだったと思う。

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小林愛実さんの第1ステージ、ノクターン嬰へ短調Op.48-2も鳥肌ものだった。

間合いをたっぷりとり、遅いテンポで気持ちを込めていく。打って変わって「木枯らし」エチュードでは椅子から立ち上がらんばかりの勢いだ。どちらかというと翳りのあるタッチで内面を丁寧に描いていくという彼女のスタイルは、セミファイナルの「24の前奏曲」で見事に花開いたように思う。

その可憐なショートヘアと美しい鎖骨に目を奪われるファンは、これからも増え続けるに違いない。

開場

すべてショパンの曲だけで競われるコンクールは他に類を見ない。ポーランドという国の威信をかけて開催され、ワルシャワ中の人たちがコンテスタントの名前と顔を知っているという。それは若きピアニストたちの将来をにぎる熾烈な争いであるとともに、世界中のファンを一喜一憂させる壮大なお祭りでもあるのだ。

本当だったらコンクールに合わせて僕の最初の本、ショパンの生涯を描いた翻訳本が出るはずだった。だけどなんと訳者は仕事を中断してワルシャワまでコンテストを見に行ってしまい、僕の本は宙に浮いたまま。

反田君とは違い、まったく目測を誤ったわがショパコン観戦記。それでも若き二人のピアニストを改めて見い出し、音楽を聴く喜びに浸れた幸せな日々だった。

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