「チセムジカ」が出来上がるまで。
3月12日、ついにセンイチブックスは小さな産声を上げた。
僕は引っ越しの準備で札幌に行っていたのだが、彼女がオープンの日に様子を見てきてくれた。写真はそのときのもの。僕の音楽書房「チセムジカ」は棚番号15番、入って奥側の下から3段目に位置している。
「チセムジカ」とは、アイヌ語で「家」を意味する「チセ」と、イタリア語で「音楽」を表す「ムジカ」を合体させた造語。札幌でなにか新しいことを始めるにあたっての「屋号」として温めていたもの。まずは「音楽に関する小さな本屋さん」としてスタートした。
まだ9冊ほどしか置いていなくて、前の会社で編集したもののほうが多いのだが、それはそれで感慨深い。
今回の目玉本は、宮沢和史さんの『足跡のない道』。二度目に書籍に戻ってきたときに初めて出した本。日系ブラジル移民の足跡を愛情込めて書いた宮沢さんの文章と、フォトグラファー中川正子さんの情熱的な写真がコラボした、過去と未来が絡み合うようなフォトエッセイだ。
本が出たとき、いくつかの雑誌のインタビューに同席した。
彼は質問者の言葉にときに何分も押し黙ってしまうことがある。誠実に答えようと考えこんでしまうのだ。その間が恐ろしくもあるし潔くもある。言葉を大切にする人なんだと実感した。
「宮沢さん、今度小説書いてくださいよ」。僕が頼むと彼はまんざらでもなさそうに小さくうなずいていた。
あの約束、覚えているだろうか。
もう一冊。藤谷治さんの『船上でチェロ弾く』。彼の青春音楽小説『船に乗れ!』を読んですぐにオファーした書き下ろしのエッセイ集。自身も素敵なチェロを弾くからそう命名した。いまはなき下北沢の藤谷さんの書店「フィクショネス」で何度も打ち合わせをした日々が懐かしい。音楽にまつわる極上の話がいくつも載っている。どうしてそんなに売れなかったのだろう。
彼の新作『ニコデモ』はかなり面白いらしい。近々手に取ってみるつもりだ。
『幅書店の88冊 やがて血となれ、肉となれ』も忘れられない。
ブックディレクター幅允孝(はば・よしたか)さんの初めての単行本。本を選び、それを並べることでひとつのメッセージを発信する。そんなことで若い人の絶大な支持を集められた人。マンガから小説、エッセイ、写真集まで、珠玉の88冊が紙面に炸裂する。それにしてもデザインワーク、大変だったなあ。
本当はここにCDも置けたらよかったのに。でも残念ながら「センイチブックス」は本オンリーなのだ。
もしいまの僕の棚にBGMを流すことが許されるなら、キース・ジャレット・トリオの「スタンダーズ Vol.1」だろうか。クラシックだけじゃなくていろんな音楽が融合している。その雰囲気はあの頃のキースにもっとも近い気がする。
これから6月までに新刊を4冊出す予定。順次ここでも紹介していきたいと思っている。