「いい音の正体」って、なんだろう。
ホールに新しいスピーカーを設置した。Taguchi製の6面体スピーカー「CUBE」だ。
ある札幌の音響関係者の方に選定と設置を依頼していた。北海道内のホール関係者で知らない者はいないという彼は、一度ホールを下見したうえで、この6面体スピーカーを推薦した。
「あれからずっと考えていたんですよ。このホールに最適な音響環境は、決して従来のようなものじゃないんじゃないかって。行きついたのがこれです」
それは6面体すべてで音が鳴り、中心から周囲に放射線状に広がっていく。ホールの梁の中央に吊るされると、ミラーボールのようにも監視カメラのようにも見える(でも僕は「人工衛星みたいだ」と思っている)。
パワーアンプをノルウェイ製のものに変えて、実際に鳴らしてみる。ヴォーカルの瑞々しさは驚嘆するばかり。チェロもすごくいい。人の声に近いものに適しているということなのだろう。
その代わり、ピアノの響きはもうひとつ。なんと言うか、あまりにも「ホールサウンド」なのだ。僕はもう少し鋭角な音が欲しかった。彼に調整をお願いし、ようやく納得の音に近づいたと感じた。
昨日、久しぶりにキタラに札響の定期演奏会を聴きに行った。
シャルル・デュトワの約半世紀ぶりの登場と話題になっていたが、残念ながらデュトワは病気降板。代わりに指揮台に立った尾高忠明の実に情熱的な「新世界」にひとり興奮した。
それはさておき、前半のヴァイオリニスト金川真弓のチャイコフスキーヴァイオリンコンチェルトで、ひどく感心させられることがあった。
彼女は曲の最中、オーケストラとアンサンブルを合わせる部分になると身体をひねり、ハーモニーを確かめるようにオケのほうを向いて弾いたのだ。
向きを変えるだけで、ヴァイオリンの音は激変した。
オーボエやクラリネットと優しく調和し、得も言われぬ音色を創り上げた。
そのとき僕ははたと気がついた。音のありようは変化する。そのどれもが「いい音」に違いないのだ、と。
金川真弓が弾くストラディヴァリウスの音が少し向きを変えただけで激変したように、スピーカーが設置される場所、あるいは聴く者の位置などで音の形態は変わる。であれば一喜一憂することはない。その時々の音を楽しめばいい。
そう思うと、この6面体スピーカーがますます愛おしくなってきた。
そもそも妻は、生の音にしか興味はない。
CDを再生する音は本質とは違う。だから別によかろうが悪かろうがどちらでもいいという。
でも昔からLPやCDを愛聴してきた僕にとって、理想の音に近いオーディオシステムを持つことは大いなる夢のひとつだった。
だけどふと思う。ホールという音響空間を手に入れたいま、果たして「いい音」とはなんだろうと。
さまざまな条件によって多彩な顔を見せる音の正体。だからこそ奥が深いとは言えないだろうか。
7月22日にホールのアドヴァイザーである林田直樹さんをお迎えして贈るCREEK HALLレクチャーシリーズVol.1「人はなぜ、その音を『いい』と感じるのか」は、そんな音の正体に迫る超刺激的な講演会である。
林田さんのことだ、いろんなレア音源を持ってきてくれるはず。それがこのホールでどう響くのか。そしてそこに、どんな意味が秘められているのか。
いまから楽しみで仕方がないではないか。
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