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ワクチン。競争と狂騒(タイ)

世界的な競争となっている新型コロナワクチン。

人体に対する長期的な視点での影響懸念は残るものの、短期的な効果については、有効性が一定程度実証されているように思います。

とはいえ、世界的な競争…と表現しましたが、その先頭集団に位置しているほとんどがいわゆる先進国。開発途上国や経済的後進国の中には、スタートラインにすら立てていないところがあります。「日本は出遅れている」と、政府が批判されているようですが、世界全体から見ると、トップ集団とはいえないまでも、先頭集団の中には入っているように思います。

私が住んでいるタイはどうでしょう。

おそらく、世界的にみたら中位集団…といったところでしょうか。英国アストラゼネカ社といち早く提携し、国内工場での生産に目途をつけたところまではよかったのですが、実際の供給が計画より程遠く、それがタイ国全体のワクチン接種計画に深刻な影響を及ぼしています。

アストラゼネカ社と、ワクチンのライセンス生産契約を結んだ、タイのサイアム・バイオサイエンス社。なんといっても、6月から月産1,000万回分のワクチンを生産する計画で、6月初旬にはタイ政府も同社の大量生産開始に太鼓判を押していたのですが、それから1ヶ月経って、しっかりした根拠のない口先約束だったことが明白になってしまいました。

月産1,000万回分のワクチンを生産し、そのうちの5~6割をタイ国内で使用し、残りをアセアン各国や台湾に供給する…。これが、6月初頭時点での見込みだったのですが、どうやら実際の生産量が、計画の半分にも満ちていない様子。これにはタイ政府も、期待を大きく裏切られたことでしょう。

それゆえタイ政府は、予定していたワクチン供給計画を大幅に変更せざるを得なくなりました。具体的には、アストラゼネカ社製のワクチン不足を補完するために、中国シノバック社製ワクチンを緊急輸入しているところです。これは政府財政をも大きく揺るがしています。なぜならば、シノバック社ワクチンは1回分あたり 928バーツ。約3,400円もかかります。一方、タイ国内で生産されたアストラゼネカ社製ワクチンは、1回あたり67~163バーツ(約230円~560円)。163バーツとして計算しても、シノバック社製の方が5,7倍も高いのです。タイ政府は無償でワクチン接種を進めていますから、これはシノバック社製ワクチンが増えれば増えるほど、財政的にも負担が大きくなります。

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タイ国内ばかりではありません。

タイからワクチン購入を予定していたフィリピン、マレーシア、ベトナムなどのアセアン諸国、それに台湾などにも、大きな影響を与えています。こうしてみますと、日本政府がアストラゼネカ社製ワクチンをアセアン諸国や台湾に寄贈している背景が、より一層くっきり見えてきます。

※6月25日、日本政府はマレーシア、インドネシア、タイ、フィリピン、そして台湾に各100万回分のアストラゼネカ社製ワクチンを寄贈することを決定。台湾、ベトナムには、それ以前にすでに100万回分を寄贈済みです。

これは、体面を重んじるタイにとっては大きな失態。

しかしタイ政府も国民も、サイアム・バイオサイエンス社を表立って批判できないんです。なぜなら同社は、タイ国王が最大株主なのですから。もともと、血液製剤を主とする企業でありワクチン生産に携わったことのない同社がアストラゼネカ社製ワクチンのライセンス生産契約を結んだこと時点で、ワクチン生産関係者や医師から疑問の声があがっていました。

「同じレシピであっても、お店によって料理の味が違うだろう?ワクチン生産だって同じ。レシピがあっても経験がなければ、同じ品質のワクチンをつくるのは難しいよ」。今年の初頭、匿名の医師がマスコミに語っていた言葉です。これ、今になってかなり重みを増しています。

タイにだって、ワクチン生産のノウハウをもつ医薬系企業がたくさんあるのですが…。ワクチンを巡るこのプロセス不透明な契約が、現在の深刻な状況を招いているわけです。

きちんと生産が軌道に乗っていれば、ひょっとしたら今頃タイは、ワクチン競争の先頭集団に飛び込めたかも知れないのに…。逆にタイは現在、コロナ患者が急増し、医療崩壊が深刻になっています。昨日発表された新規感染者数は 6,230人。亡くなられた人は 41人。過労で倒れる看護師、治療が追い付かず、涙を流して患者を選別している医師。そして「政府を倒すには、今がチャンス」とばかりに再燃している反政府デモ。どれもこれも、タイが危機を迎えている警鐘のような気がしてなりません。

最後に。

ワクチン接種は不要だ、というご意見の方もいるかと思います。

接種を受ける、受けないは各人のご判断が尊重されるべきであることは言うまでもありません。今日のこの記事は、タイではワクチン接種を受けたい人が大勢いるのに、生産不足で受けたい人が受けられない、という状況であることを紹介することが意図です。ワクチン接種を推奨するものではありませんので、何卒ご了承ください。


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