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交差接種、始めます(タイ)
1日当たりの新規感染者数が3万人を大きく超えているイギリスで、ジョンソン首相が「コロナ抑制のための規制すべてを解除する」と宣言しました。1日当たりの感染者数は、単純計算で日本の10倍以上なのに…。この判断には、イギリスではワクチン接種が進み、その結果死者や重症者が大きく抑え込まれていることが背景にあるようです。感染者が増えても、医療崩壊を招く重症化さえ抑えられればよしとする。この判断は多くのイギリス人に受け入れられているようです。日本との違いを感じますね。
しかし、イギリスで最低1回ワクチン接種を受けた人の割合はおよそ68%。日本はのそれは約30%ですから、日本でのワクチン接種の広がりによる集団免疫に対する期待は、まだ先になりましょう。この件、大阪大学医学部の忽那賢志先生のコメントが、以下のYahoo Newsで紹介されています。
欧米の経験知でみれば、ワクチン接種はコロナ抑制に大きな役割を果たしていると思います。ただ、ファイザー社製のような mRNAワクチンの人体に対する長期的な影響については、誰も分かっていません。「危険性よりも有効性の方が上回っている」と主張する専門家が多数を占めているようですが、その背景には、「人類が集団免疫を自然に得られるようになるには相当な時間が必要であり、それまで待つと経済が崩壊する」という理屈が感じられます。つまり経済を守るためには、短期的に効果があるワクチン接種しか他に選択肢がないのだ、というわけです。他に選択肢がないから、仕方ないじゃないか。この理屈が、ワクチンに懐疑的な人たちが不安を払拭できない理由なのかも知れません。
※ワクチンではなく、イベルメクチンなど治療薬開発を主軸に対策をした方が好ましい、と主張している人たちもいます。イベルメクチンは現在治験が行われていますが、概して有効性が確認されているようで、今後に期待がかかります。ただ、あくまでも治療薬としてなので、予防効果が期待されるワクチンとは別に考えなければなりません。
タイはどちらかというと、薬好きの多い民族のようです。そのため、ワクチン接種には当初から前向きでした。そこで、今年上半期は比較的入手可能であるシノバック社製ワクチンを中心とし、後半は国内の製薬工場でライセンス生産が始まるアストラゼネカ社製ワクチンを用いて、コロナ感染予防対策を行う計画でした。
しかし、この目論見が大きく外れる結果に。
まずシノバック社製ワクチンは、タイで主流になりつつあるデルタ株に対する予防効果、重症化防止効果の双方に疑念が生じています。2回の接種が済んだのに、感染はもとより、重症化・死亡する人が出てきているからです。一方、アストラゼネカ社製ワクチンの生産も、月産1200万回分の目標に対し実際の生産量は半分程度の様子。ライセンス生産を請け負ったタイの製薬会社には、荷が大きすぎたようです。この会社が契約を取れるよう政府に働きかけ、大きな利益を得ようと考えた株主さんには責任を追及したいところです。
幸い、日本がアストラゼネカ社製ワクチン105万回分を寄贈。アメリカもファイザー社製ワクチン150万回分を近々無償支援するので、この支援ワクチンを、シノバック社製ワクチンを2回接種済の医療従事者に対し、3回目接種(ブースター接種)として活用するそうです。また、シノバック社製ワクチンを1回目に打った人には、2回目はアストラゼネカ社製ワクチンを接種する予定だとか。
異種のワクチンを交互に接種することを、「交差接種」というようですが、WHO(世界保健機関)はそのような接種方法に否定的。同機関のチーフ科学者なる人が、「安全性、必要性が科学的に確認できていない」と、WHOとしては推奨しない考えです。日本政府も、交差接種を取り入れる予定はないようですね。
WHOの提言にも関わらず、タイ政府は、交差接種を推進する考えを変えていません。
何しろシノバック社製ワクチンを2回接種済の医療従事者たちが、アストラゼネカ社製ワクチンないしファイザー社製ワクチンを、3回目として接種したいと強く希望しているのですから、タイ政府だって無視できません。タイの医療従事者、特にバンコクやその周辺県の病院勤務者は、すでに過重労働が続いているのですから、このエッセンシャルワーカーたちがコロナ感染して戦線離脱となれば、医療崩壊がさらに深刻化する一方です。
タイにおけるウイルス研究の第一人者である、チュラロンコン大学医学部のヨン・プーウォラワン博士も、交差接種肯定派です。博士曰く、「デルタ株に対する効果が薄いとわかっている今、不活性化ワクチン(シノバック)を1回目に打ち、2回目にはRNAワクチン(ファイザー)やウイルスベクターワクチン(アストラゼネカ)を打つしか方法がないじゃないか」というわけです。また、同博士が主管した、交差接種に関する暫定的な試験結果も、交差接種の有効性が認められたとしています。
イギリスも、タイも、大きなリスクを抱えながらも試行錯誤を続けています。
人命尊重という点では大きな合意があるものの、その具体的方法となると、ワクチン接種推進がいいのか、集団免疫が自然に成り立つまで待てばいいのか、あるいは治療薬研究に集中した方がいいのか、その意見・選択は人それぞれです。そうした多様な選択肢から、政府は施策を選んで実施しないといけないのですから、精神的なプレッシャーは相当大きいことでしょう。私だったら、喚き叫んで投げ出してしまうかもしれません。「そんなに批判するなら、じゃ、お前がやってみろ!」っていうことですね。別に政府が好き好んでワクチンを運んできたわけじゃないのに…。私から見れば国のリーダーというのは、まったく割の合わない仕事です。