何か書きたい感じのやつ
まず何から書き始めるかという問題があって、というより、一行目が書けない。何言ってんだ、書いているじゃないか、と思われるかもしれないが、これは仮初の一行だ。そう、とりあえず文章を読んでもらうためには、文章をいい感じのところまで完成させる一行目が必要だ。私は一行目の無い文章にお目にかかったことがない。というわけで、たとえ一行目を書くことができなくても、仮でも何でもよいから、「すみません。一旦ここに箸袋置かせてもらいますね」と、誰に対してというわけでないが、念のため心の中で断りを入れ、私は一行目を書く。「なんで箸じゃないねん」と思うわけだが、申し訳ない。これには深い意味が、全くない。そういう意味で、一行目は何でもよかったのだ。
この一行目というのが全く持って厄介な存在だ。書き出すことができるかできないかを、私の目の前にぐりぐりと押し付けてくる悪い奴だ。
「溺れているのかね。疲れただろう。水を飲むかね?」「昨日徹夜したんだって?明日早朝にゴミ出しお願いね」といった感じで、いや、できるけども無理言うんじゃないよ、と言いたくなるくらいの、ドMを知り尽くしたドSのそれとなくキツイ要求をしつこく押し付けてくる。
読者の方もわかるだろうと思う。これは1か100、いやむしろコンピュータを動かす数字の1か0だろうか、高校時代の生物の時間で習った「全か無かの法則」そのものだ。
わかりやすい例えで言うと、これは起床が最も適しているだろう。
朝起きるのはつらい。これは日本全国民が抱える難病のようなもので、中にはスッと起き上がって「何がちゅんちゅんだ馬鹿野郎」と、朝の鳥に文句を言うことさえ朝飯前であるかのように、朝がどうってことない人もいるだろう。しかしそういった人は私の中ではかなりの少数派だ。世界的にも朝が得意な人は全世界人口の内、5人しかいないだろう。事実でもない事実を、私はそう固く決め込んでいる。マイケルジャクソンの決めポーズより、固く決め込んでいる。
先ず目を覚ます。問題は眼前にぶら下がっている。このまま体を起こし、洗面所に向かって歩き出すか、もう一度目を瞑るか。この2択が、目を覚ました私の目の前で、ゆらゆらと右左に、いい感じのリズムを刻んで揺れ動いている。ここで迷わず「起き上がる」選択を取れば、あとは簡単で、そのまま洗面台に直行し、顔を洗い、服を着替えて仕事に行くことができる(ぎりぎりまで寝てしまうので朝食は無し)。その選択を取ることさえできれば、あとはスムーズに朝の時間を過ごし、一日を迎えることができるということだ。
しかしほとんどの場合は、目を覚ました私の目の前で「起きるか起きないか」の二択が重力に引っ張られて揺れ動き、「眠くなーれ、眠くなーれ」と催眠術をかけてくる。私は起き上がろうと全力をかけ、上半身を90度起き上がらせることを神に誓うも、我が両瞼までも重力に引っ張られ、瞳を閉じる平井堅となってしまう。
話が長くなっているが、文章の一行目を書くとはこういうことである。一行目さえ書くことができれば、あとは特に何も考えなくてよくて、文章が勝手につらつらと出力され続けるのを眺めるだけでよいのだ。正直、一行目は何でもよくて、「明日」とか、「卵が」とか、「マイケル」でも「平井」でも「ジャネット」でも何でもいい。その一行目の一番最初の文字を書き出すか出さないかで、そのまま自動的に記述されるのを楽に眺めるか、手を止めキーボードに向かってハンドパワーを出し続けるポーズを延々と取り続けるかが強制的に選択されてしまうのである。ここに私の意志などない。一行目の最初の文字が書けるか書けないか、その一点に尽きている。大抵の場合、両手をキーボードにかざしたままの状態で「CM明けたけど、マリックまだパワー送ってるね」とか、「元気玉作りたいのに人望が足りなくて困っている人みたい」だの、「キーボードの発熱で温まってるの?PC本体のほうが温かいよ?」的なことを思われても仕方がないほどに、手が止まっている。
それはまるで「跳べ!今しかない!」と言われて、崩れ落ちる崖とともに、直立状態のままアンニュイな表情をこちらに向けつつ滝つぼへと落ちてゆくSF映画の主人公そのものだ。はあ、そんな主人公はいない。問題はどうして一行目の一番最初の文字を書くことができないかだ。さっぱりわからない。意味が分からない。
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