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440お骨の忘れ物

電車内での忘れ物でダントツは多分、傘(かさ)だろう。忘れ物をしても、駅舎の遺失物係に行けば、たいがい手元に戻るのが、わが国のすごいところ。
 数年間の体験。階段を駆け下り、発車間際の地下鉄電車にジャンプ一番飛び乗ったのはよかったが、背負っていたリュックの口が開いていて、筆箱が飛び出した。ボクの背後で電車のドアは閉じて発車したらか、拾いに戻るわけにもいかない。何十年も使用したもので愛着がある。2週間ほど後、その駅を通ることがあったので、遺失物係に寄ってみた。そうしたら駅員が保管庫から「これですか」と持ってきた。
「よかったですね」と駅員は喜んでくれた。遺失物係としてはせっかく保管しているのに、期限までに落とし主が現われないと、仕事熱が冷めてしまうだろう。昨今の傘はコンビニで買える消耗品扱いだから、持ち主の名前を書かないし、探しに来ないことが多い。傘はわかるとしても、解せないのが骨つぼの忘れ物。それも肉親の焼骨が納められている骨つぼである。火葬場で収骨したばかりとおぼしきものが電車の網棚に残されているという。
 神戸新聞によると、関西(兵庫・大阪・京都)の3府県で、5年間に91件の遺骨の収得があり、そのうち61件では火葬場を特定できる包み紙や、氏名や戒名を書いた紙片が取り除かれていたという。こうなると忘れ物ではなく、意図的な遺骨の遺棄ではないかと言わざるを得ない。
 鉄道会社の保管期間は3か月。傘であればゴミとして処分するが、遺骨はそうはいかない。身元不明遺体としてねんごろに弔うことになる。そうなることを見越しての所業であれば、死体遺棄の刑事犯であるにとどまらず、鉄道会社や地方自治体に財政的迷惑をかける業務妨害罪にも該当するとして、厳しくお灸をすえる必要があるだろう。
 ところがだれが置いていったのかが分からない事例が大半なのだという。どうしてそんないい加減なことになるのか。遺体処理のルールを定めるのは墓地、埋葬等に関する法律。一般に「墓埋法(ぼまいほう)」と略して呼ばれる。
 肉親が亡くなれば主治医が死亡診断書を書き、それを根拠に自治体から火葬許可証をもらう(8条)。それで遺体を火葬場に持ち込めることになる(14条3項)。そして焼骨が入った骨つぼと火葬許可証がそろっていることを確認して、墓地への納骨が行われる(14条1項)。
 普通はこの順序で進むはずだが、先に挙げたように電車の網棚に意図的に忘れるなどによって、プロセスが完結しない事例が生じるというのだ。だが、法律で先のような手順を定めているのであれば、遺骨が消えてしまってそのままになることはあり得ないはずではないか。墓埋法をさらに読み進めると、墓地や火葬場の管理者は、埋葬・火葬の状況を毎月報告しなければならないとされており(17条)、怠ると罰金、拘留、科料の罰則となっている(21条)。
 Aの死亡に関し、息子のBに居住地のC自治体が火葬許可証を出したとしよう。上記の法定手続きに従えば、火葬場が所在するD自治体、墓地が所在するE自治体に、火葬等の報告があるはずだ。ほとんどの場合、C,D、Eの自治体は同一だし、違う場合でも火葬許可証発行自治体に情報提供するシステムは雑作もない。
 火葬は遅くても1週間、納骨は宗派にもよろうが35日または49日過ぎには行われるであろう。そこでこうした期間経過後においても、火葬や焼骨埋蔵の報告が届かない事例について、自治体Cから火葬証明書の受け手であるBに問い合わせをすれば、電車内への意図的放置をした容疑者の割り出しは難しくないはずではないか。
 これについて自治体での墓埋法運営に詳しい専門家に聞いてみた。そうすると火葬許可証の対象遺体が、どこで火葬され、その焼骨がどこの墓地に埋蔵されたかの追跡にほとんどの自治体は関心がないという。墓埋法17条の報告はもっぱら統計数値のためのものであって、遺体処理が適法に実施されていることの確認には活用されていないというのだ。
 人の生死は国政の基本。そのために世界に誇る戸籍システムが運用されている。しかるに死に伴い必然となる火葬やその焼骨の処理についての管理はザルになっている。それでいいわけがない。大量死の時代を迎えるに際し、墓埋法について現代の視点からの全面改正が必要になっていると思われる。

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