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636宗教法人の特権禁止を 非課税廃止

安倍元総理を射殺した犯人の動機は政治的なものではないという。母親が外国流入の特定宗教にはまってしまい、分不相応な寄付をしたために一家が破産することになってしまった。それが許せないと供述している由。それならば狙う相手はその宗教法人の親玉であるべきではないか。その場合も、民主主義国の国民の自覚があれば、訴訟など民主主義的手法に依るべきだ。

前々から感じていることだが、宗教に染まり、全財産を寄付してしまう者がなぜ絶えないのか。それは宗教がアンタッチャブルになっているからではないか。
人が宗教に帰依することを禁じない。自由主義社会の基本だ。そこで憲法は20条で信教の自由を保障する。ここが専制主義の社会と違うところ。法輪功に対する弾圧や殺害を正当化する国との違いである。
ここで誤解してはいけないのは、自由主義社会では「宗教への弾圧をしない」ということであり、「宗教を聖域扱いしろ」ということではないことだ。
憲法20条をよく読んでみよう。1項で「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」とあるが、続いて「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」とあるのだ。
安倍さん殺害犯の母親が入信先宗教団体に全財産をつぎ込もうとしているとき、家族は当然止めようとしただろう。振り込め詐欺集団の催眠に罹っている者の家族と同じ立場だ。振り込め詐欺の場合、その催眠を解き放つために自治体、警察、金融機関、福祉相談機関などの支援が得られる。だが、相手が宗教団体では、「信教の自由」の壁を感じて、支援は中途半端に終わってしまう。
憲法条文をしっかり読めば、宗教団体を特別に優遇することは許されないことがわかる。
具体的提案をしよう。宗教活動は非課税とされている。そのために税務署も遠慮する。これが憲法違反なのだ。非課税とは特権である。宗教法人の活動も一般企業のそれと変わらないと認識するべきなのだ。
宗教団体を特別視することがなくなれば、分不相応に寄付をすることで生活基盤を壊し、そのために生活保護などの福祉対象になっているなどの事例があれば、自治体の福祉施策として介入理由になるはずだ。
宗教法人にとっても望ましいことだろう。宗教は信者の精神の安寧を追及する。寄付が行き過ぎて経済的に欠乏してしまってはその目的を達成できなくなるからだ。
安倍さんの事件を今後に活かす一つはこの点にある。宗教法人に対する非課税措置を直ちにやめること。葬祭でのお布施にも税金をかれば寺院の経営が成り立たなくなるとの懸念があるかもしれないが、杞憂である。つましく普及活動をしている宗教法人は、受け取った寄附のほとんどは経費で消え、儲かっていないはずだから堂々と税務申告すればよいのだ。そして税務署は宗教法人の収入、経費、納税額を公開する。宗教法人はその性格からして、経理関係を秘密にしなければならない事情は何もないはずだ。そして国側も、憲法が禁じる特権を与えていない証明になる。

寄付する側の一般国民では、政治寄附と同じように、僧侶や寺院から領収証を受け取って申告することで、所得税での控除対象になる。つまり負担減になるわけで、国が宗教活動を妨害していないどころか、信教の自由を尊重していることになる。宗教団体を企業などと同様に課税対象にしておけば、結果論だが、安倍元総理の遭難はなかったことになる。遅かったとはいえ、間違った制度を正す絶好の機会である。

この法改正を躊躇するような国会議員がいれば、特定の宗教団体とのよからぬ関係を疑われても仕方がない。そうした議員は、「いかなる宗教団体も政治上の権力を行使してはならない」との規定破りに加担していることになりかねず、99条の憲法尊重義務に反しており、国会議員の資格に値しない。

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