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相談開始10秒で「労基署では何もできません」と言われた日


 前回の記事はこちら。


 以前、社員が毎月のように飛んでしまう(辞めてしまう)ことを記した。
 あれから数ヶ月、後輩が飛んだ理由がわかった。当部署の上司2人による陰口に参って、精神を病んでしまったのだそうだ。
 持つべきものは他部署の友人だ。この情報は他部署の友人が教えてくれた。友人の部下に飛んだ後輩の同期がおり、その同期たちにはしばしば本音を漏らしていたのだそうだ。
  「毎日毎時間、ひっきりなしにA部長とB課長の自分や周りに対する陰口が聞こえてきてストレスが溜まってたみたい。決定打は、個人情報を見られる立場にあるAとBが私生活の情報を嫌がらせに流布していると知ったこと。気味悪くなって精神科に通い出したんだって」
 それは何年も改善されることのないの彼らの日課だ。これが原因で何人もの先輩や後輩が辞めていった。
 その特徴は、本人にギリギリ聞こえるくらいのボリュームで悪口や嘲笑をすること。後輩は「陰口が聞こえてきて」と話したようだが、それは違う。聞こえるように言っているのだ。私も陰では「あの女」と呼ばれている。

 2022年4月。パワハラ防止法が改定され、具体的なパワハラ防止措置義務が中小企業にまで拡大された。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000611025.pdf

 つまりパワハラ相談窓口の設置が全事業所に義務化されたわけだ。
 これが後押しになって、我々の会社にも変化が起こるのではないかと思ったが起きなかった。
 確かに、あくまでルールが改定されただけのこと。アウトリーチ型の支援が誕生したわけではない。ならば、こちらから情報収集しに行くまでだ。
 相談先は大変わかりやすく広報されていた。
 厚生労働省が管轄する「総合労働相談コーナー」だ。Web検索や啓発ポスター、リーフレット、ステッカーなどで周知されているため誰でも迷わずアクセスできそうだ。

総合労働相談コーナーでは・・・
解雇、雇止め、配置転換、賃金の引下げ、募集・採用、いじめ・嫌がらせ、パワハラなどのあらゆる分野の労働問題を対象としています。

厚生労働省 総合労働相談コーナーのご案内より


 対応内容は上記引用の通り。
 今回私が相談したかったのは、《AとBの行為がパワハラにあたるのかどうか》ということと、もしパワハラにあたるならば、《どんな対策が考えられるか》ということ。
 というのも、パワハラには厚生労働省が定める定義があり、2名の行為はパワハラに適用されるかがグレーゾーンにあると感じているからだ。

①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすもの

厚生労働省 明るい職場応援団より


 パワハラの3要件は上記引用の通り。更に各論に進むと、次のような例が示されているのだが。

● 例
・業務上明らかに必要性のない言動
・業務の目的を大きく逸脱した言動
・業務を遂行するための手段として不適当な言動
・当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動

厚生労働省 明るい職場応援団より


 どうだろう。私は上記例に当てはまると思う が、面前での恫喝等でないだけに、確信できかねていた。そしてその棲み分けができていないと、いつ、どこに、どのように支援を求めるのか、こちらの出方も変わってくる。

 去る平日、会社所在地の管轄区域の労働基準監督署内 総合労働相談コーナーに出向いた。
 建物内には、ロビー、廊下、エレベーター内など、あらゆる壁に前述の「パワハラに遭ったら相談を!」の趣旨の啓発ポスターが貼られており、大舟に乗ったような心持ちだった。
 窓口で迎えてくれたのは真面目そうな50代くらいの女性の相談員だ。
 手短に悪口・冷罵等の職場いじめでもパワハラ3要件に当てはまるのか訊ねた。
 相談員は私の語尾に声を被せてきた。
 「あ、ちょっとすみません、パワハラは労基署では何もできないですね」

  「は?」と言ってしまったような気がする。
  相談員は、法律の本なのかガイドラインの本なのか、分厚い本を取り出して、付箋のついた該当のページを開いて私に見せながら、「労働基準法にはパワハラ行為者を罰する内容は収載されていません。だから労働基準法のもとで動く労働基準監督署は、何もできません」と慣れた様子で説明した。来る日も来る日もこの動作をして、この説明をしているのだろう。身のこなしからみてとれる。

 私の説明がいけなかったのかもしれない。まだ説明を始めて10秒。話の導入部で言葉を区切った段階だ。
 補足するように、辞めていった社員の退職金を何度も催促されるまで支払わないこと、傷病手当・慶弔手当などの各種手当金を何度も催促されるまで支払わないこと、接待での深夜3時にまで及ぶ女性社員のホステス要員強要とその場でのセクハラ行為、業務上の成果の虚偽、そしてそれらの改善を頼んでも変わらないことなどを今度は極力具体的に話した。

 「でもそれはパワハラなので、こちらでは何もできないんですよね」
  「こちらの窓口の対応内容には、パワハラ相談も含まれているようですが」
  「できるとすれば、社内にパワハラ相談窓口を設置するよう会社に指導することですね。御社にパワハラ相談窓口は?」
  「ありません」
  「では、労働基準法違反なので、設置するよう指導することができます。あくまで指導なので強制力はないですし、通報者であるあなた様の氏名を御社に提供することが条件ですが」

 仰け反って唸るほど驚いた。
 根拠法となる労働基準法では、あくまで「パワハラ相談窓口が社内に無いこと」が違反なのであって、これらの行為自体には実質的な効力が無かったのだ。
それになんだ。相談者を会社に伝えるとは。

  「“私が労基に通報したとをバラしてもいいので指導してください”と言う人は、どのくらいいらっしゃいますか?」
 「ほぼいないですね」

 身売りするようなものだ。退職を決めている人くらいだろう、そんなことができるのは。
 この時点で相談へのアンサーは終わっていたが、せっかくなので労基署(公助)以外の対応法や支援はないか訊ねてみた。
  「相手に何を求めるかにもよりますが…未払い関連なら、退職金制度は内規なので社長か労務責任者に。各種手当は健保に相談してください。いじめに関しては、民事訴訟ですね」
 「行為者が労務責任者の場合は?」
 「ああ、それが一番最悪のケースです」
 相談終了。

  「法律にないから何もできない」と言われた時は、瞬間、向かっ腹が立った。ただ時間をおいて整理してみると、相談しに行って良かったように思う。
 相談員の第一印象を“真面目そうな”と前述したが、それは服装や髪型が公務員然として控えめであったからではない。彼女の管理された表情が私を不安にさせ、納得させ、ある意味では諦めさせ、勉強させたのだ。
 私は開口一番パワハラの定義について訊ねた。相談員の眼から見れば、この時点で解決に繋がる助言はできないことになる。もうこんな相談対応を毎日のようにしているのだ。「あなたのお役に立ちます」「私たちは弱い立場にあるあなたの味方です」なんていう表情で出迎えれば、誤解と落胆しか生まないであろうことは後からわかった。だから彼女らは事務的な立ち居振る舞いに徹しているのだ。
 本相談コーナーには雇用主・従業員双方が相談にやってくる。考えたくはないが、従業員が怨恨によって雇用主を陥れるために被害者を装い通報してくるケースもあるそうだ。
 これらの対応をするために、相談員らは毎日あのポスターだらけの廊下を通って通勤してくるのだから怒ることもかなわずただやり切れない。

《陰口》《パワハラ》《いじめ》――こう表記した途端に被害が些末なものに受け取れないだろうか。
 パワハラが理由で退職した被害者が忍耐力のない人間・根性のない矮小な人間かのように。
 パワハラが退職理由と判ると転職活動が不利になるため、求職側も採用側も事実を隠してわが国の転職のフローは回り回っている。行為者と被害者、どちらが社会的に不適切な行為をしているかは明らかでありながら。
 社会に護られてきたパワハラ行為者たちはハラスメントのプロフェッショナルとなり、自身の小判鮫を次なるパワハラ上司に立派に育て上げ、パワハラの仕組みは強化されてきた。
 この循環がどうにかならないものかと常日頃から感じているが、今回の相談で現行法では“できない”ことがわかった。
 国(司法)が介入し、その執行力は加害者への更生プログラムへの強制参加に使われる。そんな海外でできていることがわが国ではできないのはなぜか。それはさすがに皮肉が過ぎて、訊ねることができなかった。


 ※本記事の時系列や出来事、人物は実際とは変えています。
 また、当然ながら幹部・役員やパワハラ相談窓口が機能している場合は第一義的にそちらに相談してください。

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