池袋生まれのクラゲが漂う「海月空感」の舞台裏
サンシャイン水族館の目玉展示のひとつ「海月空感(くらげくうかん)」。2020年に誕生して以来、幻想的な空間で人気のエリアです。優雅に漂うたくさんのミズクラゲは、実は水族館のバックヤードで繁殖し育ててから水槽に移されています。普段は見ることのできないバックヤードにも潜入し、どのようにクラゲの飼育・繁殖が行われているのか、株式会社サンシャインエンタプライズ アクアゲストコミュニケーション部の先山さんにお話を伺いました。
幻想的な展示「海月空感」ができるまで
――サンシャイン水族館でも人気のエリア「海月空感」はどのような展示ですか?
先山
もともと2011年に水族館を全館リニューアルした際に「ふわりうむ」というクラゲの展示がオープンしました。現在の半分程度の規模だったのですが、癒されると人気があったこともあり2020年に大型の水槽を2つ新設し、「海月空感」としてリニューアル。クラゲの展示としては国内最大級となる約14mの横幅を持つ大水槽「クラゲパノラマ」水槽や360度クラゲに囲まれる「クラゲトンネル」水槽のほか、横幅約4mの「クラゲスクリーン」水槽など、6つの水槽が非日常空間を演出しています。
――特に「クラゲパノラマ」や「クラゲトンネル」で、優雅に泳ぐクラゲは圧巻ですね!
先山
「クラゲパノラマ」や「クラゲトンネル」で展示しているのはミズクラゲという種類で、現在約2,000匹を展示しています。そして、実は泳いでいるのではなく、水流にまかせて漂っているだけなんですよ。特殊な形をしている水槽も多いので、柔らかなクラゲに負担なく美しく漂えるよう、綺麗な水流を作ることにこだわり、大変苦労しました。
また、2,000匹という数のクラゲを一年中展示するのも大変なこと。実はクラゲには旬があり、海で採集できる時期は限られているからです。ミズクラゲは大体5月頃から、遅くて10月ぐらいまで。さらに、大人になってからだと大体3〜4ヵ月くらいで寿命を迎えます。そういう儚い生き物なので、通年展示をするには水族館での繁殖が前提となります。
水槽を漂うクラゲたちは、ほとんどがサンシャイン水族館生まれ
――寿命の短いクラゲを2,000匹も安定して展示するには、どのような工夫をしているのでしょうか?
先山
サンシャイン水族館は海からも距離があり気軽に採集にいけませんから、バックヤードでクラゲを繁殖させて、育てながら展示する必要があります。常に1,000匹前後のクラゲはキープするようにしていますね。殖やそうと思っても、すぐ殖やせるわけではないので、かなり計画的に繁殖することが大切です。
――1,000匹をスタンバイさせるには、広いスペースも必要そうですが。
先山
そうですね。サンシャイン水族館はビルの屋上にあるため、バックヤードも広さが限られています。狭いながらも設備を工夫し、効率的に繁殖させることに注力しています。
――ところで、ミズクラゲの繁殖はどのようにするのですか?
先山
展示水槽のガラス面に着いた「ポリプ」と呼ばれるクラゲの卵から成長した状態ものを採集し、温度刺激を与えてクラゲの赤ちゃんを誕生させます。赤ちゃんは3〜4ヵ月で展示水槽で見るくらいの大きさまで成長するので、展示に必要なクラゲの数を逆算して繁殖計画を立てなくてはいけません。バックヤードで、成長段階ごとに分けた20ほどある水槽で次々に育て、その後、大きな水槽へと移動させて飼育。順番に展示水槽にデビューさせるという流れになります。というわけで、今、展示水槽にいるミズクラゲのほとんどがサンシャイン水族館生まれなんですよ!
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クラゲから見えてくる、気候変動の影響
――温度刺激でクラゲが誕生するということですが、自然界のことを考えると、地球温暖化の影響も気になりますね。
先山
地球温暖化が直接の影響かは分かりませんが、海でクラゲがなかなか採集できない年もあります。また、先ほどクラゲは泳がないで水流に身を任せていると言いましたが、気候変動により海の環境や潮の流れが変わるとクラゲの生息場所も変化します。ミズクラゲはサンシャイン水族館で繁殖していますが、他のクラゲは海で採集してくることが多いため、時期により展示するクラゲの種類が変化することもあります。クラゲの採集は一期一会とも言われているんですよ。
――自分で能動的に泳げないクラゲにとって、海の環境の変化は大きいですね。
先山
そうですね。近年、浜辺に打ち上げられた青いビニール袋のようなものは「カツオノエボシ」という猛毒のクラゲなので触らないように気を付けて!というニュースを耳にしたことがあるかと思いますが、あのクラゲはもとは外洋性の沖合にいるクラゲなんです。風の流れや潮の変化で、本来は日本近海に生息していないはずのクラゲが流されてきちゃっているんですよね。
黒潮の蛇行の影響など、今まで見られていたクラゲが見られなくなったりしているのは気候変動の影響も一因としてあると思っていますし、こういった状況を水族館の展示の中でどこまで伝えていくかというのは、今後の課題だと思っています。
また、プラスチック問題にもクラゲは関わっています。ミズクラゲは見たとおり半透明なので、水面にプカプカと浮いているビニール袋と見分けがつきにくく、ウミガメのように普段からクラゲを食べている生き物がクラゲと間違えてビニール袋を食べてしまい、亡くなってしまうということが起きています。このような地球の環境問題を、展示を通して伝えていくことも水族館の役割だと思います。
――展示を通して、気候変動についても考えるきっかけになるといいですね。他に、環境問題に取り組んでいることはありますか?
先山
そうですね、たとえば海ゴミ問題。1~3月に開催していた深海生物のイベント(ゾクゾク深海生物2024)での生物飼育や展示に活かすほか、深海についての情報を集め、発信することを目的に2019年から定期的に水中ドローンを使った深海調査を行っています。水中ドローンで深海の海底の動画を撮影するのですが、ゴミがたくさん映るんです。イベントでも、このような事実を問題提起に繋げる取り組みをしています。
また、ミズクラゲなど水族館で自分たちの手で繁殖できる生き物に関しては、なるべく自然界から獲ってこないようにするというのも意識している部分ですね。
蓄積したクラゲの知識と経験を次代へ繋げていく
――専門学校でもクラゲの飼育に関する授業を提供しているそうですね。
先山
はい。都内の専門学校に、サンシャイン水族館からミズクラゲを教材として提供しています。授業のオリエンテーションとして水族館の飼育設備を見に来てもらい、次に、私たちが学校でミズクラゲの飼育の方法を教え、実際に学生のみなさんにミズクラゲを育ててもらいます。学生が育てて大きくなったミズクラゲを水族館で展示して、お客さまに見てもらうというのが授業の一連の流れです。
――なぜクラゲを教材に提供したのでしょうか?
先山
他の生き物は、一般でも飼育されている方が多かったり、水族館や動物園でメジャーな生き物だったりと、飼育方法が確立されていて、飼育・繁殖方法を教えられる方が潤沢にいらっしゃるんですよね。たとえば、ペンギン、イルカ、魚、サンゴなど。ところが、クラゲはまだまだ少ないのが現状。しかし近年、水族館などでクラゲはメジャーな展示生物になってきているので、育て方を学びたいというニーズはあるんです。そこで、学校側からお声がけをいただきました。
それに私たちにとっては「後継者を育てる」という意味もあります。実際、私自身も元々クラゲが専門分野というわけではなく、これまでにさまざまな生き物を担当してきたなかで、クラゲの飼育・繁殖については試行錯誤しながら経験を積んできました。
――クラゲの飼育を教えるのに、大切にしているのはどんなことですか?
先山
クラゲはとても繊細な生き物で、ちょっとしたトラブルが原因で1つの水槽内で全滅してしまうこともあるほどです。座学で飼育を学ぶだけでは経験は積めず、実際に飼育しながら、感覚的な部分を研ぎ澄ます必要があると考えています。とは言っても、飼育するのがなかなか難しいのがクラゲ。飼育環境により見た目の美しさもまったく変わってしまう生き物なんです。形がいびつになったり、拍動が弱くなったり。環境や手間のかけ方によって変わってくるので、そういった日々の楽しい苦悩を、実践で学んでいくことが大切です。実際に飼育することで学びが多い生き物なので、クラゲを専門学校の授業で扱っていただくことで、私たちの経験も次の世代に繋げていきたいと思っています。