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【感覚的に】好きになる理由

🐈‍⬛朝も冷え込みが厳しくなり、猫たちの毛並みも、もふもふな冬毛に変わってきた。 お布団からも離れず、自分自身が 起き抜けるのが辛くなってきた朝。季節の変わり目からか、普段のストレスからか… 家に居ると眠気のバランスが 少しおかしくなっている。そのせいか、若干 主様が足りてない。主様とのやり取りで栄養を補給しているというのに、困った。生活のバランスも少し考えないといけない。

寒さが滲みる季節だし、主様の肌が恋しい毎日。逢えないのが悲しいのではなくて "想い"が途切れてる、と思えてしまうと悲しいな。今は途切れる事無く、溢れ続けてはいるから、そんな日はこれからも来ないといいなぁ…など思う 朝。

このポストに対して主様が「 無理に好きでいようとしてるの?"」って言うから「いいえ、もう 土台が"大好き"で 塗り固められている以上、今更 好きになるという努力はしなくていいんだけど・・・"好き"でいて貰える努力は 必要だよね、って意味です」と答えた。いくら”好き”になろうとしても、今時点で”好き”の位置は既に軽く越えているし、”過ぎる”という過程にいるから、逆に苦しいくらいだ。

🐈‍⬛好きが”過ぎて”苦しい🐈‍⬛

🐈‍⬛ここ最近は、私達二人はのんびりと安定が続いているから、特に呟く事もなく、毎日を平穏に過ごしている。ただ、こうなってくると人間とは欲の塊なので、新しい刺激が欲しくなったりと「変化」や「新鮮さ」を求めてしまう。主様に対してどう・・・という事ではなく、自分の中で「何か」が足りない気がしてくるのだ。その「何か」が何なのかはよく分かってはいない。

逢えない日々が続いているからなのか、寒さからなのか、余計に何かしらの変化を少しだけ心待ちにしているところもある。そして、冷え込んだ曇り空なある休日の朝、迂闊にも二度寝してその時間を、贅沢に使ってしまった。初めに目覚めた明け方は、久々に 主様が夢に登場してくれた。その姿は、一糸纏う事のない、美しい裸体・・・左の脇腹にセクシーなtattooが映える。きっと寝る前に見た、何かと何かしらの映像が脳波に入り乱れ、主様へと再現された演出になったのだろう。控えめに言って 最高でした・・・。

一体何がデザインされたモノなのかもよく分からなかったが、「絵」ではなく、幾何学的な模様のような、文字のような、文様のような・・・とにかくその妖艶で美し過ぎる姿に圧倒されて、感嘆のため息しか出なかった。本当に眼福・・・素敵な裸体を拝ませて頂いた。私は、ムキムキマッチョや、太すぎる腕などが苦手で、どちらかというと線の細い人に色気を感じてしまう。外見だけで言えば、手足や指が長かったりすると、それだけで最高だと認識してしまうらしい。

🐈‍⬛妖艶で美し過ぎる姿に圧倒🐈‍⬛

🐈‍⬛実は、私はほとんど”夢”を見ない。見ないというか、見ているかもしれないが、全く覚えていない。ショートスリーパーな事も手伝ってか、酷い時は一時間毎に目が覚めてしまうから、覚える暇がないのかもしれない。だから、夢を見た、というだけでも珍しいのに、一瞬しか覚えていないとはいえ、それが「主様」だったと判断できたことが殊更に嬉しかった。

そして、その夢に見た主様のtattoo姿に一番イメージが近い、この呟きでの画像を見て発した言葉は・・・「あ!分度器!!!」だった。あぁ、主様を好きな理由の一つが、こういうところ!どういう所なのか、説明が難しく・・・自分の感覚的なモノなのだろうけど、夢から一気に現実へと導いてくれるというか、チョイスするモノが可愛いというか・・・兎に角、こういう所だ。

実際には、tattooなども入っていないとっても美しい身体には違いないんだけれど、そんな人の口から「分度器」という単語が出てくるのが楽しいのかもしれない。そう言われると、そのデザインが何なのかと真剣に考えていた事よりも、もう分度器にしか見えてこないから、しっかりと私への洗脳(?)は成功していると思う・・・笑

🐈‍⬛主様を好きな理由🐈‍⬛

🐈‍⬛そして11月も早真ん中・・・ 週の始まりは曇天から始まった。陽射しがないと少し寂しいけれど、寒さは薄れてるかも。もし、この瞬間に世界が終わってしまっても、幸せだったな、と思いながら自分を終えたいな。善し悪しを、ごちゃ混ぜにしたとしても プラスな人生だったと思いたい。でも既に 、主様に出逢えた事は、全てがプラス方向へと進行する、奇跡の始まりだったのかもしれない。

主様と結ばれて割と初期の頃「俺と付き合うからには、人生が良い方向に大きく変わったと思えるようになって欲しいし、それがメリットだと感じて欲しい」と言われたことがある。その人の人生ごと、変えてしまいたいとも話していた。その時はそれが何を意味するのか、定かではなくぼんやりとしか理解はできていなかったと思う。

けれど、段々と月日が経過して関係性も積み上がっていくと少しずつ見えてくる。まず見えてくるのは、この人と一緒にいると「日常」という毎日の景色の色が格段に変わって見える。普段、何気なく過ごし見過ごしていた小さな景色に気付くようになる。大した事ではないけれど、確実にそこにある小さな喜びや楽しさ、幸せを立ち止まって手に取り、感じられるようになる。大袈裟でも何でもなく、心が満たされると落ち着き、視野が広がって色んな事に自然と目が行くようになるからだと思った。

🐈‍⬛世界の在り方🐈‍⬛

🐈‍⬛そんな自分が少しづつ好きになっていったし、そうやって変わっていく私を、ちゃんと見ていてくれる人がいるから続けられる。世界は小さいようで広いし、広いようで小さい。これは、その時々の環境や感情の在り方で、どちらにも感じてしまえる事。結局は「気の持ちよう」なのだと思う。ただ、その「気」を、どの方向にどう差し向けてくれるのかが、主様の手腕であることには違いない。彼の私に対する日々の言動が、上下左右どちらにも確実に影響してしまうから。

主様に対して、依存している訳ではない。依存しないようにこの三年で、しっかりと躾けて頂いたように思うし、私自身、べったりおんぶに抱っこの依存が性に合っていないんだと思う。何でもさせて欲しいとか、尽くしたい性分ではあるけど、天邪鬼だから興味が持てなければ一切振り向かない。だから当然「奴隷」という扱いもしっくりこない。それでも、主様が私の原動力で栄養素で、絶対上位的存在で在る事には変わりない。常に、支配されているという実感もある。

その主様が考える「支配」という名のもとに、私は日々囚われつつここまで歩みを進められる事が出来ている。これは、どちらか一方だけでも成立しない関係性。お互いのバランス、見極めの大事さ、言動に関しての責任、それに伴う信頼関係の構築・・・ありとあらゆる要素がそれぞれの良いタイミングで重なって来た結果だと思っている。

🐈‍⬛一方通行では成立しない🐈‍⬛

🐈‍⬛世間的にも法的にも拘束されない、いわば「自由」な間柄だからこそ、その自由さに戸惑う事も多々ある。何の約束もない、確実な世界では何一つない、理想と現実の狭間の様な世界だけれど、私にとってはそれが「日常」。非日常の世界にはしたくないから、現実を生きながら空想も妄想も理想すらもいつか叶えたいと願う。

言葉にしないと始まらない、欲を出さないと何も手に入れられない、伝えないと受け入れても貰えない、その全てのきっかけを諦める事なく、幾つになっても挑戦できる人で在りたい。主様が導いてくれた新しい私の人生を、悔いなく生きたい。何事も正解は分からないとしても、自分が納得できるまでは、愛おしい私だけの「主」と冒険を続けたい。

どんな結末が待っていようとも「これが私の人生」だった、と笑って受け入れられるように、全力で生き抜けられるといいな。この歳で心から自然に「大好き」と惜しげもなく言える人に出逢えただけで、私の人生はもう素晴らしい。よく頑張ったなと褒めてあげたい気分。

🐈‍⬛be continued🐈‍⬛

【前回のお話はこちら】


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