母とお酒と手の平を太陽に

 母の人生なんだから母の好きにすればいいと基本的には思っているはずなのに、昼からお酒を飲むことにし関しては、好きにすればいいと言いつつもやもやする。二年前に肝膿瘍という肝臓の病気になったこともあって(酒の飲み過ぎでなるわけではないが)控えてほしいと思っている。

 酒を飲むと昔みたいに強くは無いから、すぐに赤くなり虚ろな目で昔の事を饒舌に話しながらだいたいは人の悪口なる・・・。姑さんはいなかったけど小姑的な人、自分の兄妹がいかに親の面倒をみなかったかなど、楽しい酒でなく悲しい酒の果てが訪れる。それが見ていても辛い。ほぼ毎日様子を見に、話をしにいくけれど、日中に飲んでいる事には別居だから気づかないことがほとんどなんだけれど、たまにぶち当たる。ドアを開けたとたんにハイテンションだったり、どよーんとした目の母を目の当たりにして、逃げ帰りたくなるのだ。。。

 酒を売る商売をしていた父と母。酒屋ではなく、季節料理屋、父が板前で、母は料理を作る以外の全般を担ってバイトさん達の給料から、色々と雑多なことを、一人で仕切っていた。

 父は目力がある寡黙な人で、母は愛嬌のあるおしゃべりで陽気なママさんといった感じ。父が亡くなるまで34年間、店を切り盛りしながら故郷ではないが縁があったこの地で小さな店を続けていた。

父が亡くなるまで病気で営業ができない間も母は父に店を閉めたとは言えない。生きる目的が『店を再開する』ことなんだからと、二年近く高い家賃を払い続けていた。とにかく店が中心の生活だったから。

だから、父が亡くなり店を閉めた時に、母は人生のほとんどを占めてきた二つ、『伴侶と仕事』を失った。

 母は今月で74歳になる。『毎日することが無くて生きてるのが辛い。』と、この2年くらい言っている。父が亡くなってからは健康のためと清掃の仕事を見つけ朝早くから昼まで働きに行っていた。元来働き者だから体を動かしているのが落ち着くらしく、職場の人間関係に文句は言いつつも働き甲斐があったようだった。

今は足も痛くて気持ちも沈みがち、コロナの影響もあり外出も億劫になっているから、ついつい酒を飲んでしまうのだろうか?酒が入ると一瞬何かがかわるんだろうか?兎に角、酒とタバコがある人生数十年の習慣はそうそう止めるつもりがないのか、止められないのかわからない・・・。



母の気持ちを完全に理解することはできない。寄り添いたいと思っている。母のプライド、尊厳は壊したくない。人は人を完全に理解はできない。そもそも理解して欲しいとも思っていないのかもしれない、母は。母の母、私の祖母もお酒で乱れる人だった。小さい時、いつもは優しい祖母が酒が入ると雰囲気が変わり、小言を言い、長男や娘たちに電話をかけ嫌な思いをさせていた。そして、夜の商売をしていた母は私を祖母に預けられなくなり途方に暮れて悲しむ・・・というサイクルがあったっけ。負の連鎖とも言えるけれど、どこかで断ち切ってほしいといつも願っていた。

昨日はLINEで午前中に『(私の息子と夫に)会いたいから夕飯を一緒に食べよう!』と近所の中華料理を指定してきた、時間になってもその店に現れなかったから心配になり電話をしたら「寝ていた!」とちょっと呂律が怪しかった。。。食事はまた今度にしようねと電話を切った。今朝は「昨日はごめんね、お酒飲みました・・・。」とLINEがあり、あぁ、またか。仕方ない。


母にどういう顔して会いに行こうか、怒る気もしないし、がっかりはしているからなぁーでも、なんか違うよなぁ。決めあぐねている間にNoteを書いている。母が生きているからこその悩みだ。死んだら会えないし、悲しい。居てくれるから生じる悩みであり悲しみだ。

生きてるから辛いんだ!手のひらを太陽に透かしてみればー真っ赤に流れる僕の血潮を♪(引用:『手のひらを太陽に』)