超短編|真夜中の二人は煙草を吹かす
真夜中、マンションのベランダに出て、煙草を吹かしていた。
仕事で疲れた夜は、冷えたビールよりも、ベランダで煙草を吸うほうが好きだった。煙草の煙と共に、身体に積もった疲れが、空に昇っていくようで。頭を空っぽにして、ぼんやりするにもちょうどいい。
がら、とベランダの窓が開く音がした。衝立の向こう側に、人の気配を感じる。
お隣さんも、外で一服かな。ふー……と、煙草の煙を吐き出した。
「お疲れ様です」
人の良さそうな男性の声が飛んでくる。口から煙草を離して「お疲れ様ー」と気のない返事をした。
「今日も頑張りましたね」
同意を求める調子で話すお隣さんの声が、わたしは思いの外、気に入っている。自分を労ると同時に、わたしを褒めてくれる感じがして、気分がいい。
「頑張ったよね。えらいね」
わたしも、自分とお隣さんを労った。わたしのものではない煙草の匂いが、鼻腔を掠めた。ふふ、と笑って、また煙草を加える。
互いの顔も見ないまま、真夜中の慰労会は続く。