#4 エレノアの記録
いつも修道服を着ているエレノアは、アーモンドのような目をした美しい少女だ。
くりっとした大きな目は、可愛らしく桃色に煌めき、短めの銀髪は月の光を纏っているかのようだ。
年の頃は十代半ばほどか。愛らしい顔立ちもあって、少々幼く見える。
「レイラにも手作りの贈り物をするなんて、リコリスったら優しすぎますよねぇ」
ギルド本部でもあり、主要メンバーの住居でもある屋敷に、エレノアの不満げな声が零れ落ちた。エレノアが歩みを進める廊下には、エレノア以外の誰の姿もなかった。
「レイラの分だけ、壊しちゃいましょうか。でも、リコリスが悲しむ姿は見たくありませんしー……」
丁寧な口調とは裏腹に、口にしている内容は過激だ。
エレノアは、自分と仲の良いリコリスが、他の者を気に掛けている様子(それも、馬が合わないレイラであればなおさら)が気に入らないのだろう。それだけを聞けば、可愛らしい嫉妬だと笑えるのだが、エレノアの場合は尋常ではない行動を取る場合があるので、注意が必要だった。
「ああ、でも、リコリスが泣いている姿は見てみたいですねぇ。可愛いだろうなぁ」
エレノアは頬をほんのり染めて、蕩けるように笑った。エレノアの本性を知らない者は「まるで天使だ」と褒め称えるだろうが、実際には悪魔である。
普段着が修道服だから、ギルドに流れ着く前のエレノアは、修道女かシスターだったのだろう。記憶を失っているために、事実かどうかは、本人にも確認できない。しかし、丁寧な口調や所作からも、神に仕える者、あるいは信仰者だったと考えられる。
「ねえ、見てますよねぇ。どう思います? 書記官さん」
エレノアの視線が、こちらに向けられた。思わず、びくりと肩を揺らす。けれど、その姿(つまり、エレノアを観察する書記官の姿)は、エレノアには見えていないはず。
書記官の姿が見える者は、ギルド長のリコリスだけなのに。エレノアは、姿の見えない書記官の気配を感じ取ったのだろうか。あまりの恐ろしさに、泣けてくる。
「人をこそこそ、こそこそと覗き見ちゃってぇ……ああ、なんて罪深い人なのでしょうか」
目だけではなく、いよいよ身体までこちらに向けたエレノアには、恐怖しかなかった。エレノアは、胸の前で両手を組み、神に祈るような仕草をしている。
ああ、予想通り、エレノアは修道女かシスターに違いない。
書記官の姿は見えないし、見えていたとしても、触れられはしない。なのに、この恐ろしさときたら。
神に仕える者の清廉な雰囲気と、背筋が凍るほど残酷な光を宿した目が、エレノアの存在を混迷させる。
〝これが、わたしの仕事ですから。許してください〟
ふわり。エレノアの前に、一冊の本が現れ、ページが開かれる。
エレノアは紙上に記された文章に目を通すと、目を細めて笑った。
「やっぱり、そこにいたんですねぇ。書記官さん」
ザクッ。弾むような声と共に、何かが切り裂かれた音がした。真っ二つに裂かれた本が、重力に従って床に落ちる。
「懺悔しましょうねぇ、良い子ですから」
楽し気に笑うエレノアは、やはり、悪魔の呼び名が相応しい。
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