#3 ギルド長・リコリスの記録
さて、今度こそ、創作ギルド《SSQuest》のギルド長・リコリスの話を記そう。
深緑色の柔らかな長い髪と、仄暗い、けれど、闇を抱えていると表現するには明るい赤色の目。
自ら夜を纏っているようにも思える様相だが、暗さを感じさせない神秘的な雰囲気を漂わせている。
年齢は、十代後半だろうか。幼いと表現するには大人過ぎるし、大人というにも、熟し切らない危うさも垣間見える。一目見ただけでは、リコリスがギルドを束ねる長だとは思うまい。ギルドには、リコリスより年長の者もいる。
しかし、リコリスはギルドの創設者であり、ギルド長だ。リコリスと言葉を交わせば、リコリスが長だと誰もが思うだろう。それだけ、リコリスは他者を飲み込むだけの貫禄がある。身体を射抜く鋭さはなくとも、身体にのし掛かる妙な重みがあった。
「あら、エレノア。いらっしゃい」
そんなリコリスも、関わりの多いギルドのメンバーを前にした時は、雰囲気が柔らかくなる。特に、リコリスによく懐いているシスター服の少女──エレノアと接する時は、緩く目を細めて、優しい眼差しを送っているように見える。
今も、自室に訪れたエレノアを快く迎え入れている。元々、他者に対して冷淡なわけでもないが、淡白な面があるので、柔らかなリコリスも珍しい。
同類、と表現すればいいのか。どこか通ずるところがあるらしいリコリスとエレノアは、共にいる空間を心地好く感じるのだろう。とはいえ、いつも一緒なわけではなく、各々が思い思いに行動する時間のほうが長そうではあるが。
「また実験をしてたんですかぁ?」
「ローズウォーターを作っていたの。オフィーリアが、少し肌荒れをしていると気にしていたから」
「ふぅん。優しいんですねえ、リコリスは」
むっと唇を尖らせて、エレノアはわざとらしく拗ねた表情をする。リコリスはエレノアの様子に気付かないまま、ローズウォーターを入れたガラス瓶を眺めている。物事の分析や考察には長けているが、他者の心の機微には、残念ながら疎い。
「オフィーリアにあげるにしても、少し量が多い気がするんですけどぉ」
エレノアがリコリスをじとり、と睨む。リコリスは気にした風もなく、
「レイラも、オフィーリアの話を聞いて、自分の肌を気にしていたわ」
と返した。
「ええ! レイラにもあげるんですかぁ!?」
「そうよ。どんな反応をするかが楽しみだわ」
リコリスは綺麗に微笑む。少々愉快そうな様子は、正義感が強く礼儀作法に厳しい女性――レイラが、リコリスを苦手としているとわかっているからか。
リコリスは、ありとあらゆる事物に興味を示す。「興味」といえば可愛いものだが、リコリスの興味は少々、いや、かなり、度を越している。
「知りたい」と思えば、納得するまで調べ、実験し、分析をする。その対象は、人間の感情から花の存在意義まで様々だ。考えても致し方のない事柄まで、リコリスは知ろうとする。
リコリスの特性を言葉で示しても、大抵の者は理解が及ばない。リコリスの知識欲は、狂気を孕んでいる。リコリスの欲望を直に感じた者は、何事にも適量があるのだと納得するはずだ。
ところで、ローズウォーターの元となった薔薇は、リコリスが温室で育てたものだ。リコリスは植物が好きなようで、リコリスが管理する温室では、多種多様な植物が育てられている。おそらくは、記憶を失う前のリコリスもまた、植物を愛していたのだろう。
植物の世話をする手際は良いし、何より、植物に囲まれたリコリスは、一輪の花のように、植物が彩る風景に溶け込んでいる。それが、リコリスが植物を愛している証拠とは、第三者には理解し難いかもしれないが。
「エレノアにもあげるわ」
「やったー! ありがとうございます、リコリス!」
無邪気に笑うエレノアと、エレノアに柔らかな微笑を返すリコリス。とても穏やかな光景。
リコリスとエレノアが、どんなに歪んだ考えを持とうとも。今だけは、間違いなくギルド内で一番穏やかで美しい時間だろう。
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