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超短編|間違いなく、恋だった
へにゃりと眉尻を下げた困り顔が、印象的な男の子だった。
わたしが彼の腕に触れても、困ったように笑うだけで、受け入れてくれた。「仕方ないなあ」と、声が聞こえてくるような彼の表情を、何度でも見たかった。
変な性癖だったと、自分でも思う。
「あの子を困らせたい」
友人に心の内を打ち明けた時、友人は「意地が悪いね」と、明け透けに返した。
「それって、恋とは違うの?」
友人に訊かれ、一瞬、思考が止まった覚えがある。恋って、いったい何だろう。男の子を困らせたいと思うのは、恋なのか。一般的な恋のイメージとは離れていたから、ピンと来なかった。
だから、なのか。
「女の子が気安く男に触れるのは、危ないよ。自分を大切にしてね」
卒業式の後だった。薄紅色の桜が、ぽつりぽつりと、咲き始めていた。
男の子に注意された時、時間が止まったようだった。桜だけが、世界の時間の流れに乗っていた。
男の子が、わたしに背中を向ける。最後まで、男の子は困り顔をしていた。ずっと見ていたい表情だったはずなのに、心は凍り付いた。
「あなたに恋をしている」と、男の子の背中に抱き着いたら、何かが変わっただろうか。
記憶の奥底に仕舞われた、男の子の背中を抱き締める。振り向いた男の子は、やっぱり、眉尻を下げて微笑んでいた。