6-05 「春の宵、君に捧げる詩」
連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。前回は屋上屋稔「 印刷された音楽と、手紙のような音楽について」でした。
5、6巡目は「前の走者の文章の中から、一文を抜き出して冒頭の一文にする」というルールで描いています。
【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center
【前回までの杣道】
6-04 伴場航「転倒」
https://note.com/qkomainu/n/ne9b08cb629ed
6-03 屋上屋稔「印刷された音楽と、手紙のような音楽について」https://note.com/qkomainu/n/ne9b08cb629ed
__________________________________
音は鳴っては消え、鳴っては消える。紫陽花が遠くに見える部屋の雨の朝。その風景を見ながら僕は、「楽譜は音楽(音の連なりの秩序)を成立させる、さまざまな要素(音の高低、強弱、長短、連なりのリズム等々)に分解し、記譜したものだ」と記した。
__日___時ごろ、_______で、「男性が血を流して倒れている」と近所に住む人から_____に通報があった。男性はその場で死亡が確認された。警察は事件、事故、自殺のそれぞれの可能性で捜査している。
男性は30歳代。____によると、男性は胸に包丁が刺さっていたという。
また不整脈だ。
その男は夜中に目覚めた。毎年春になると起こることだったから、いつものようにノートを持って外に出かけた。その男は詩人だった。夜中の街は昼間と違って静かだ、というのは当たり前だが男はその暗闇に動く得体の知れない何かを追いかけていた。帰りを急ぐ人。欲望に満ちたカップル。逃げ惑うネズミ。または何か、影だけ動いて消えた人…。別にどうだっていい。この不整脈の方が得体の知れないのだから。と思いながらいつもの様に夜道を歩く。この活動を始めたのはまだ10歳の頃からだった。 この症状が起きたばかりの頃は眠れないので布団の中でじっとしていて目を瞑っていた、それこそ金縛りのように早く去れと思いながら、僕の母はこう言ってくれた、これは悪魔がわざと心臓を握って早く動かしているんだって。だから僕は、怖いから目を瞑っていたんだ。目を瞑るとね、円が幾重にも重なった像が見える、いわゆる錯覚で動いているとか言った画像のような。だから余計に気持ち悪くなって、目を開けるとそこには星空のような、星雲のような、またはISOが高い画像のような赤や緑が見えたんだ。でもこれって僕が暗闇で撮ったそのような写真を見慣れているせいなのかな、とか思っていながら、その星空を眺めながら星座を作っていたらいつの間にかに眠っていて気づけば朝で、鳥の囀りとともに目をぱっちり開けば僕の頭を優しく撫でてくれる母がそこにいた、というのは僕の思い出なのだけどそんなのはどうでもよくて、僕はその得体の知れないものが蠢く夜道を歩いているのだけど、オレンジ色に照らされた外壁の落書きが僕に何かを語ってくる、ことを待っているのだけど、そこにあるのは街の風景には合わない蛍光グリーンで描かれたよくわからない文字なのか絵なのかが目の前に見える。別に動かない。動くわけがない。それらはもう、僕が10代の時に死んだから。15歳の時、僕は今のように症状が出た時は夜道に出て詩を書くことを始めた。最初の詩はたしか、悪魔が悪戯をして石畳の道が上下に動いて、俗世と離れて笑うことでさえ抑えて生きてきた修道士が自然とステップと覚えて、身体を動かすという「快感」を感じてしまう、という話だったはず。僕はそれを街灯に照らされながら10分くらいで書き上げたんだ。その話を学校に持っていて唯一の友人に話したら大層面白がって、文芸部の先輩に紹介した。そんなこんなで僕は学校でのヒーローだったのだけど、それが重荷になるところか泉から湧き出る言葉に身を任せていればすぐに作品が出来上がった。落書きの壁は僕に語りかけ、壁の影は僕を抱きしめ、星空は僕に色々教えてくれた。そんなこんなでいつものように何か執筆していたら目深に帽子を被り、顔がよく見えない全身黒い男が近づいてきてこう言ったんだ、「君の美は永遠ではない、才能も含めて」。だから僕は言った、「そんなことはない!僕は僕だ!」。男は高笑いしながらこう言ったんだ、「いつか分かる、いつか分かる」と。そしてその男は胸からナイフを取り出して、その場で自らの胸を刺した。止めようとしたけど遅かった。男は小さく声を出したけど、その場に仰向けになった。僕は大急ぎで離れた。僕が殺したって疑われるのが怖かったから。
その翌日だった。僕から何かが消えていったのは。僕の父は高明な文学者で母はリュート奏者だった。だから子供の頃から文芸にも音楽にも所以があった。特にリュートはエニュルオウム、その作曲家はバロック時代の作曲家で彼だけに聞こえる72音階で作曲した曲が有名で彼の曲が弾けるのは世界でも数人、またかつての研究者は彼の作品を12音階等に落とし込もうとしたために彼が作曲したとされる原曲が分かっておらず母もエニュルオウムをずっと研究していた影響もあり僕は、それこそヴァイスとかファンクンハーゲンとかの曲を弾いたり、たまにゲンズブールとかバルバラの曲を弾いたりしながら研究していて、その研究結果を踏まえつつ弾けば親や彼らの友人の多くは喜んだり、逆に言及されたりしたりした。そして友人の前でリュートを弾いて、たまに夜中に作った詩を語れば「君はまさにアポロンの化身、君こそ『美』だ」と言われたくらいだった。
ただそれが消えた。僕はリュートも弾けなけらば詩も書けなくなった。ある雨の朝だ、今でも覚えている。雨の休日の朝は窓辺でリュートを弾くのが僕の楽しみだった。いつものように窓辺に座ってエニュルオウムのある一曲を弾いても全く響かない、むしろ平凡な曲となってしまう。彼の作品は細やかな振動、例えば嵐が来る前の風に吹かれた草木の音の、その鳴り終わる瞬間まで表してくれるような作品なのにその日以降、彼独自の音を表現できなくなった。だから僕はいつも通りノートを開いて詩を書こうとしたけど、それもダメだった。詩は書けなくとも、エニュルオウムの批評くらいなら書けるだろうとノートに「楽譜は音楽(音の連なりの秩序)を成立させる、さまざまな要素(音の高低、強弱、長短、連なりのリズム等々)に分解し、記譜したものだ」と描き始めたがびりびりに破いて窓から捨てた。僕を包んでいる世界が全部平面的に、そして全てが死体に見える。いや、それは僕の死体なのかもしれない。
____年__月__日__時__分、僕は死んだのだった。
リュートは投げ捨てた。ノートは雨にぬれて文字を溶かした。文字通り、僕は死体になった。それと同時に、運命なのか父と母は交通事故で亡くなり、私の周りから人が消えていった。残ったのは父が愛したジョイスの直筆の原稿数束と母が残した手書きの楽譜と私の幼い頃の写真…それも今や、色が抜けて白紙に戻っている物だった。私はそれまで住んでいたヴィラは売っぱらい何かの金を得たが、それも全て賭け事や酒にすってしまった、今を忘れたかっただけだった。そんな生活をしていた「アポロン」は痩せほそり、ピカソの青の時代を地で生きていた。ふん、そんなことを言うスノッブな自分は嫌だね、と思っているとエニュールオウムの独特なサウンドが聞こえてきた。遠くに街灯に照らされた少年の姿が見える。下を向きその美しい巻毛で顔は見えないものの、何か一心不乱に何かを書いている少年の、だらしなく伸ばした細い足と自信に満ちた雰囲気はかつての私…いや、私だった。かつての私が詩を書いている、ということは私がかつて見た男は私だったのか…?と思っていってその少年の近くに寄ってみると、着ている服からも同じだった。私は少年に「おい」と声をかけると顔を上げた。さぞかし美しい詩を書いているのだろう、紅潮した頬と鋭い眼差しが巻毛の先に見えた。男は思わず言った、「君の美は永遠ではない、才能も含めて」と。すると少年は「そんなことはない!僕は僕だ!」と言い放った。まさにそうだ、ならば。と俺はナイフを取り出すと胸に刺した。少年は恐れ慄いたのかすぐに逃げ去った。生暖かい血が服を染めていくことを感じながら仰向けに横たわった。こんなに星空に心を動かされるのはあの時以来だ、と思いながら男はつぶやいた。
私は春に 耐えられなかった
私は春というこの物悲しさ それとも
__________________________________
【杣道とは?】
7人の読書好きによる、連想ゲームふう作文企画。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。書き手は自分に渡された文章しか読めず、他の作品はnoteで発表されるまで読めません。 文章ジャンルは無制限。文字数は2500字以内。どんな作品が生まれるのか。お楽しみに!