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便利への違和感

便利な時代に不便とされるものを採る理由はなんだろうか。


そう例えば、iPhoneじゃなくて一眼レフで写真を撮る意味。
もっと言えばフィルムやオールドレンズで撮る意味、そしてそれを印刷して手元に置く意味渡す意味。

季節の移ろいを愛するためにわざわざ歩く意味。

キャッシュレスじゃなくて現金を使う意味。

パソコンでノートをとらずに手書きする意味。

LINEやメールじゃなくて手紙で言葉を贈る意味。

このおはなしは、恋愛や人間関係にありがちな「言わなくてもわかるだろう」にとても似ているね。

周りの人への感謝を忘れずにいたいものです。

___ 2024年11月6日


10月、便利への違和感に堪えきれなくなって、バイトを辞めた。


つい最近辞めたバイト先、コンビニエンスストア。(やっと辞められた)
準夜勤に入るようになってからひしひしと感じていた、「こんなに便利である必要ってある?」という思い。便利への違和感。

8月9月の2ヶ月間隠岐で生活して、本土から2、3時間かかる離島で、言ってしまえば便利とは程遠い場所で。私はあの環境を「不便」だと感じたことは一度たりともなかった。確かに、「便利」ではないかもしれないけど。
別に24時間営業している意味なんてないじゃん、そう思ってしまった。

翌月帰京した私は、退職の旨を店長に伝えた。

そう、これが、コンビニバイトを辞めた、誰にも明かしていなかった、本当の本当の本当の理由。他にも色々あるけどね。

便利でないということは、不便だということではない。


P.S. 問いへの答え
答えは情緒、じゃないのかな。 あるいは感情、?

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