おとぎ話にはなぜ美女しか出てこないのか?
「あるところに、優しくて美しい女の子がいました」「ある国にお姫様がいました。その美しさに、隣国から結婚の申し込みがたくさんありました」
毎日、NHKラジオの語学番組を聞いている。基本的には英語の勉強だけど、その他の語学番組もゆるく聴いている。
朝7時台からは、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語…と、英語以外の言語の番組となる。
今朝のフランス語講座は「フランスでバレエを観よう」というテーマで、『眠れる森の美女』がその題材だった。
『眠れる森の美女』ってどんな話だっけ? 「魔女の呪いによって糸車の針に手を刺され、長い眠りについたお姫様がどこかの王子様によって見つけられ、目を覚ます」というような話だったことしか覚えていない。起きたばかりでこっちがまだ半分眠り状態なので、こんな有名な話がすぐに思い出せない。
長いこと眠っていたら、両親の王様女王様はもう亡くなってしまったのかな? 『美女と野獣』とは違う話だっけ? 毒牙にかかった後に、すぐに見つけられて目が覚めたのは白雪姫だっけ。森の美女は何年寝てたんだっけ。
フランス語そっちのけで、短い時間の間に次々とこういったことが頭をよぎった。
そこでふと思ったのが、「出てくるのがみんな美女ばかりだな」。
考えてみると、洋の東西を問わず、おとぎ話や昔話、童話に出てくるのはみんなスペックが同じ。もはやテンプレといえよう。
1. 国(村)一番の美人(ときには美しい花ですら、彼女の美しさに恥ずかしくなって顔を下げる、みたいな)
2. 気立てが良く、誰にでも親切で動植物を愛する優しい子
3. ひどい目に遭っても文句ひとつ言わない
4. 周囲のみんなに好かれている(継母にだけは嫌われていたりもする)
5. 国中(村中)どころか近隣エリアの男たちは皆、彼女と結婚したいと思っていた
これがお姫さまや貴族ほどに身分が高くなく、庶民の娘となるとさらに
6. 働き者
という属性が付く。そして皆、10代だ。
一方で、男性登場人物についてはどうだろうか。
「国一番のイケメンで、性格が抜群に良くて動物たちにも懐かれて、さらには働き者で、国中の女性のだれもが彼と結婚したいと思っていた……」
いない。
それに近いキャラは、光源氏しか思いつかない。でも源氏物語は作者がはっきりした創作物だ。紫式部が、意図的にそのようなキャラを作ったのだ。民間伝承のような、創作であるともないとも言い切れない話とは違う。
ただ、「国中の女性が彼と結婚したいと思っている」点を除けば、いる。落語に出てくる与太郎だ。
彼は、愛すべきキャラである。気立てが良くて周囲のみんなに好かれている。まあ働き者だったり怠け者だったりはするけれど。イケメンかどうかはわからない。
しかし、性格が良いということは、男性の場合は「間抜け」として描かれる。
与太郎でなければ、「あるところに住んでいたおじいさん」しかいない。
なぜだろうか。仮説を考えてみる。
昔から、男の見た目はどうでもよかったのだろう。それとも、見た目の良いとされる男性が少なかったのかもしれない。そしてやはり東西こういった物語ができる程度の時代は、どこも男性の影響力の方が強かったんだろう。だから男性目線の話になっている。女性目線で書かれた源氏物語を見れば、一目瞭然である。
たぶん、こういった話を作る元になった男性(達)がいて、彼(ら)は、自分よりスペックが良いキャラが登場するのが我慢ならなかったのではないかと思っている。そのうえで、自分の理想とする女性を当てはめたんではないかと。
あるいは、1~6までの属性のうち、一つでも欠けたらお話にならないので(美女だけど性格がものすごく悪いとか)、これらを備えたレアなケースだけが話として残った。もしくは、元となるエピソードに勝手に属性が付け加えられていった。
それにしても、おとぎ話や童話においては、主な男性キャラのテンプレ属性が乏しい。多くは「勇敢」「力が強い」「正義感が強い」。ときどき、「機転が利く」キャラもいるが、いずれもイケメン度については特に言及されていない。
でも与太郎と違って、王子だとか帝だとか、それなりの地位ならある。
しかし、眠れる森の美女や白雪姫を助けた王子さまは、どれだけ勇敢だったのか? 力や正義感が強かったのか? 皆に愛されていたのか? 果たしてヒロインはこの王子様と結婚してその後幸せに過ごせたのか? 謎だらけだ。
かぐや姫に出てくる男は、かぐやを見つけて育ててくれたおじいさん以外に、ろくな男が出てこない。求婚者は皆ヘタレだし、帝も地位があるだけで他の魅力に乏しいといっても過言ではない。(なんとなく性格は優しそうだけど)
★★
「男性目線でないおとぎ話」は果たしてあるのかどうか。
こんなことを考えていたら、次の講座に番組が移っていた、あっという間の15分間でした。