【小説】ラヴァーズロック2世 #41「機械的」
機械的
退院後のロックを見て人が変わってしまったと皆が噂し合った。
パパとママは以前と変わらない穏やかな生活を心掛けるあまり、少々無理をしている感は否めず、合わないピースを無理やりパズルにねじ込むような、ぎくしゃくした日常を作り上げてしまっていた。
あんな目に遭ってしまったのだから、少々羽目を外すくらいは何の問題もない。犯罪に手を染めさえしなければ。自ら命を絶つようなことさえしなければ。とにかく、どんな形であっても生きていてくれさえすれば……親としては、それが正直な気持ちなのかもしれなかった。
当の本人にしてみれば、性格が劇的に変わった、などという問題ではなく、以前とは別の生き物、異なる生物に自分はなってしまったのだ、という感覚に近かった。
本体はあくまでもL/R 2.0であって、それ以外の身体はスキンカラーのシリコンにこびりついた有機物というか、寄生植物のようなものなのだ。
かれは機械的に相手を求め、刹那的に愛することを繰り返した。
あらゆる種類の女たちがロックに接続してきた。なかにはプロの女もいたが、かれは一切拒まなかった。
陽が傾くころ、オレンジ色に染まる駅前ビルの1階入り口で、毎日のようにその日の相手と待ち合わせた。
密室で聴くBGMは、当然ジャマイカン・ミュージック。レゲエの鳴り響くベッドルームで、L/R 2.0は天井に向かって蛇行し続けた。刻むカッティングギターに、サーボモーターの駆動音がストリングスのように寄り添う。
ほとんどの女が純粋に快楽を求めてやって来るが、当然ロック自身に肉体的快楽はない。
ロックは、ただひたすらに女たちの表情を見る。それが、かれにとっての快楽だった。
屈服という言葉は使いたくない。それは解放された女たちの表情。恥ずかしくてたまらないが、それにも勝る快感がこみ上げてきて、否応なしに歪んでしまうその表情。
自分をジッと見つめるロックの視線に耐えられなくなり、その焦点を外すように唇に吸い付いてくる女も数多くいた。
刹那的ではあっても、かれは彼女たちを愛した。
猫の毛まみれの黒い服を着た金髪女に、興味本位の視線をあびせられ、モノのように扱われたこともある……確かにモノに違いない。
そうかと思えば、1本の巨木から彫り出されたような2メートル近い長身の女は、ロックの腕枕だけを要求し、ベッドの上で寄り添い、身体を丸め、延々と泣き続けた。かれは彼女が満足するまで、頭を優しく撫で続けた。
どんな嘲笑を受けても、どんな酷い目に遭っても、かれは女たちを愛したのだった。
陽の落ちた街で、さっきまで裸で抱き合っていた女とあっさり別れたあと、妙に激しい空腹に襲われたかれは、ウインド越しに眩しく光るファーストフード店に飛び込む。
何だかよくわからないものを無心で口いっぱいに頬張っていると、涙がひと筋流れ落ちる。
何故涙が出るのか、本人にもわからなかった。
自分は不幸なのか? 不幸をごまかし打ち消すために必要な快楽であるのならば、この異形の快楽に相当するグロテスクな不幸が必要だ。
かれは、スクール転入初日の朝、キンゼイ博士の校長室で見た異常巻きアンモナイトの化石を思いだしていた。
あの、死のように冷え切った異形の突起物。
ロックは自分が不運な人間だと思い込もうとする。けれど、そう思い始めたころには、もう涙は乾いてしまっているのだった。
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