【小説】ラヴァーズロック2世 #29「秋野涼音」
秋野涼音
何かにつけてなれなれしく接触してくる涼音のおかげで、自分には縁がないものと思っていた、きらめくような思春期的日常が、いくばくか現実のものになってきようだ。
今思えば、イランイランと共に過ごしたあの日々も、結局は生活の外側、どこか天上の世界の物語だったのかもしれない。
天使と悪魔は表裏一体、所詮は同じものだといわれているが、イランイランの中の悪魔と目が合ってしまったことは結局一度もなかった。
一方、見た目はともかくとして、秋野涼音という少女の中の天使とは、偶然にでも鉢合わせしそうにないことだけは自信を持っていえるのだった。
しかしそんなことよりも、生活空間の中に常に年頃の少女がいる、この状況こそが既に十分すぎるほど悪魔的なのではないか、とロックは思った。
焼きたてのカルツォーネがゆっくりと冷めるように、オータム・イン開店当初の盛況も徐々に落ち着きだしたころ、涼音はロックの家に頻繁に訪ねてくるようになっていた。
彼女の目的は、もちろんロックではなく、膨大な量のアナログレコードだった。
ある日、スクールから帰ったロックは、2階にあるパパ専用のオーディオルームの扉が少しだけ開いているのを発見した。扉の隙間から除湿機の唸るような音が漏れていたのだ。
ノックもせず最小限の隙間を確保、首だけを差し入れて中を確認するロック。
床一面に広がるLPレコードのジャケット。その中心に秋野涼音が座り込んでいた。
彼女はロックの視線に気づかず、床に座り込んだままジャケットを一枚一枚手にとっては眺めていた。
ノースリーブでフード付きという、よくわからないデザインのTシャツに、デニムのショートパンツ。
防音のフロストガラスから差し込む優しい光が、彼女の細い二の腕を照らしていた。
前髪がまつ毛に触れそうで触れない、うつむき加減の彼女の横顔。まだ幼さの残った張りのある頬が、乳白琥珀のように内側から発光していた。
「ちゃんと片付けとくように!」わざと大きな声を張りあげるロック。
「うっおわぁ!」と野太い声で驚く涼音。
ここから先は
¥ 100
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?