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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#026



元歌 スガシカオ「夜空ノムコウ」

あれから ぼくたちは
何かを 信じてこれたかなぁ…
夜空の むこうには
もう明日が 待っている


マナカナ の左は
いつでも マナさんなのかなぁ…
立ち位置 変わったら
カナマナに なるのかな



イサオ! やめろ!

リュックサックから飛び出したイサオは、すばやく男の足元に!

そして、男のニオイを確認すると、自分の体を足にこすりつけ始めました

……

イサオ! 強い方につきやがったな! この、裏切り者!

……

男は、黙ったままカプセルのようなものを取り出すと、ここに携帯電話を入れろとジェスチャーで指示をしました

アタイラは顔を見合わせたあと、ポケットから携帯を出し、カプセルに入れました

カプセルをパチンと閉じると、男は口を開きました

「いやー、ごめんごめん、携帯電話に盗聴チップのようなものが仕掛けられていたんでね」

……



アタイラは、ピストルらしきものを突きつけられながら、近くの児童公園に連れていかれました

イサオも、男の足にまとわりつきながらついてきます

『戦場のメリークリスマス』のデヴィッド・ボウイみたく、砂場に埋められてしまうのではないか? と先輩はビビッていました

しかし、小さな公園に到着したあと、男が先輩に指示したのは、手洗い場でぬかみそを洗い流すことでした

……

イサオは、シーソーの上を行ったり来たりしながら遊んでいます

……

さあ、殺すんなら、サッサと殺せ!

「殺さないよ、君たちと僕らは仲間だからね」

は? なに寝ぼけたこといってんだ! ピストルを向けおきながら、良くそんな事がいえるな!

「あー、ごめんごめん」

そういって、男はポケットから左手を出しました

アタイラは、反射的に体を少し後ろに引きました

しかし、男の手にピストルは無く、親指と人差し指がピンと立てられているだけでした

……

「君たちに話を聞いてもらうには、この方法しか無いと思ってね」

こっちには話すことなんてねえんだよ! さ、先輩、帰りましょう、イサオも帰るぞ!

「帰らない方がイイ、いや、帰ったら危険だ、命の保証は無い」

ふん、またアタイラに指図すんのか? その人差し指のピストルで

指先だけで女をどうにかできるのはな! 加藤鷹だけなんだよ!

……

「彼らは君たちを信用していない、だから携帯にも盗聴チップを仕掛けたんだ」

「君たちと僕が接触したことを彼らは知っている、しかも、その直後に盗聴チップが無効になったこともね」

「君たちのことを、僕ら側に寝返ったスパイかも知れないと、彼らは疑うだろう」

「裏社会では、〈疑わしきモノは抹殺〉なんだ、君たちは捨て駒だからね」

……

イサオが、また男の足に体をこすり始めました

男は、しゃがみ込むとイサオを優しくなで始めました

先輩とアタイは、なでられているイサオの様子をジッと見つめました

……

「どうだい? 僕らの所に来ないかい?」

……

何が仲間だ! アタイラだってバカじゃない、どこの馬の骨ともわからない奴らを自分たちのアジトに招き入れるなんてありえねー

そんな馬鹿げたことをするとしたら、その危険と釣り合うだけの、何かメリットのようなものが必要なはずだ

……

「さすがだね、もちろん、そうさ……」

男は立ち上がると、アタイの目を見つめました

……

タイムマシンか?

「ああ、そうだ」

……

「別に欲しいわけじゃない、色々と分析したいだけさ」

「それに、そもそも、そのタイムマシンは君たちのものじゃないはずだ」

そ、それは……なんていうか……借りただけだよ、借りただけ……

「黙って借りるのは犯罪だよ、君たちもバカじゃないからわかるだろ?」

……

「分析が終われば、ちゃんと返すし、君たちが望むのであれば、太田プロの倉庫にコッソリ返すことだって可能なんだよ」

タイムマシンのあった場所を何で知ってるんだ? ……お前、いったい何者だ?

「詳しいことは、君たちが味方になってくれたら、いや、味方であることを認めてくれたら、全て話すよ」

……

先輩、どうします?

……

アタイと先輩は、黙ったまま、しばらく見つめ合いました

……

……その、アジトってのは……

「普通の一戸建てだよ」

……

もしかして、ユニットバス?

「いや、お風呂とトイレは別々だね」

先輩、別々だそうです、少なくともトイレットペーパーはフニャフニャになりませんね

……

ベッドは? もしかして、ロフト?

「いや、一戸建てなんで、普通のベッドだけど……」

先輩、ロフトじゃないそうです

先輩、夜中に何回もトイレ行くから、これだったら転げ落ちる心配もありませんね

……

冷蔵庫は?

「もちろん、あるよ」

冷凍室は真ん中?

「真ん中」

……

なんすか? 先輩

……

えーと、そのアジトに……その……ぬか床を持って行っても……

「もちろん、問題ないよ」

……

なんすか? 先輩

え? スーパー?

あのー、そのアジトに行く途中で、スーパーによって、大根を買いたいんだけど……イイかな?

「もちろん、あと、ついでにネコの餌もだね」



そういうわけで、アタイラは迎えに来た自動車に乗って、男のアジトに向かうことになりました

男を信用したわけでも、男が話した内容の全てについて納得したわけでもありませんでした

しかし、それでもアタイラにこのような決断をさせたのは、そう、この謎の男に対するイサオの態度なのでした

高所長には、まったくなつかず、近づきもしなかったイサオが、この謎の男には自ら積極的にすり寄っていったのです

そして、現に今も、イサオは助手席に座っている男の膝の上で、気持ち良さそうに丸まっています

……

アタイラが戻らなかったら、江戸川探偵事務所はどうなっちゃうんでしょうねー

アタイは、後部座席で独り言のようにつぶやきました

「君たちの上司を怨んじゃいけないよ、彼自身も捨て駒だからね」

「裏社会では、トップの一人以外、全員が捨て駒なんだ」

「マフィアやシンジケートのナンバー2がナンバー1を殺害してトップに成り上がることがよくあるだろ」

「あれは、野心がそうさせるのではなくて、本当は死の恐怖に耐えられなくなるからなんだ」

……

「まあ、いずれにせよ、僕らに敵がいるとしても、それは裏社会の人間ではないし、ましてや、そのトップの人間ですらない」

「彼らはビジネスライクに、やるべき仕事をこなしているだけだからね」

「本当の敵は、裏でコッソリと彼らに仕事を依頼している奴ら、権力と金を持っている、わりと有名な奴らさ」



男の家は、本当に平凡な一戸建てでした

他に住人はいなく、どうやら男一人だけで暮らしているようです

イサオは、点検のために家中のニオイを一通り嗅ぎまわると、リビングのソファに陣取り、「ここが俺の場所だかんな!」というような顔をして、前足をたたみました

……

リビングで軽い食事を取ったあと、アタイラは男の部屋に案内されました

約束通り、詳細な説明を受けるためです

男の部屋には、シングルベッドと四人掛けソファと〈マイコン〉とかいうコンピュータが一台あるだけでした

……

あのー、説明を受ける前に、一つだけ質問したいことがあるんだけど……

「どうぞ」

あの女は誰? ラブホから一緒に出てきた女……

アタイラの資料に、あんな女はいなかったから

それに、もしかして、その女が、何ていうの? その……恋人? だったりしたら……

マズいっしょ、アタイラ二人がこの家で暮らしたら

しかも、ぬか床を持ち込むような女が男の家に居ついちゃったら、そりゃあ、もう、ねぇ~

どうにも、言い訳できないというか……

何か有りそう、っていうか、裏社会の連中以上に恐怖っちゅうか、身の危険を感じるんだよね~

……

「双子かな? 簡単にいうと……」

は? 双子? いやいやいや、見た目、全然似てなかったけど

「うーん、どう説明すればわかりやすいかなー」

……

男は少し考えこんでから

「量子双子だね、そう、量子双子」といいました

漁師双子? 漁師の兄弟なら知ってるけど……

先輩、何でしたっけ? 

そうそう、兄弟船! 兄弟船!

ていうか、全然似てないのに何で双子?

「僕らは、普通の双子ではないんだ」

「あえていうなら、人間版の〈量子もつれ〉のような関係なんだ」

漁師のもつれ? 漁師の〈ねじりはちまき〉なら知ってるけど……

もつれてんのか? その漁師の女と?

「君たちも会ったことあるはずだよ、彼女とは」

……

あー、そうそう、そうなんだよ、どこかで見た顔なんだよ

……

「確か、彼女がいってたね、君たちから遺骨を取り戻さなければいけないって……」

うっ!

……

……

そ、それって……もしかして、二人分の遺骨の?…………

……

「そう」

……

今思いだした! あの女は、遺骨引き取りの帰り道でアタイラから骨壺を奪おうとした和服の女とソックリだ!

ねっ! 先輩、そうっすよね?!

……

いや待てよ、そもそも、あの和服の女は、この世のものではなかったはず、そう、幽霊のはずだ

てことは、お前らは双子の幽霊?

「いやいや、少々特殊ではあるけれど、僕らはれっきとした人間だよ」

噓つけ、あの女は人間じゃなかった! 下駄履いてたのに足音が全然聞こえなかったんだから!

「それは、下駄の裏に防振ゴムを張り付けていたからだと思うよ」

ウグッ!

……

……

じゃあ、仮にそうだとして、何であんな手の込んだ芝居っつーか、わざわざ幽霊のふりなんかしたんだ?

……

「そりゃあ、まともに闘ったら勝てないからね、君たちの弱点である心霊関係で攻めたんじゃないかなー、多分〈モナドン〉からのアドバイスだと思うけど……」

モナドン?

「ああ、後で説明するけど、〈量子AI〉のようなものさ」

出たよ、また漁師

……

でも、何でそこまでして、あの遺骨を欲しがるんだ?

「あの遺骨は、僕ら双子の遺骨だからね」

……

……

な、何をいってるんだ? お前、頭のおかしいのか?

「そう思われて当然なんだけど、実際、あれは古い僕らの遺骨なんだから、しょうがない」

は? じゃあ、今のお前らは?

「新しい僕らさ、もう少し正確にいうと、新しい身体の僕らさ」

……

何をいってるんだか、サッパリわからない……先輩、わかります?

……

「僕ら量子双子は、普段、離れた場所で同時に存在してるんだけど、どちらか一方の生命活動が停止すると、もう片方の生命活動も同時に停止して、二つの死体として同じ場所に出現してしまうんだ」

「昔の僕は殺害されて棺桶に入れられたんだけど、実際はまだ仮死状態だったんだね、そのあと、火葬炉で焼かれたために完全に死亡して、それと同時に彼女の死体も棺桶内に出現しというわけさ」

それで火葬炉から出すと二人分の遺骨があると……

「その通り、彼らも、火葬炉で二人分の遺骨が発見されたら、それがすなわち、自分たちの探しているターゲット〈量子双子〉に間違いない、というところまでは突き止めてたんだろうね」

「実際に殺害してみないと〈量子双子〉かどうかはわからないからね」

「そして、彼らは、二人分の遺骨が出現したら、すぐに粉々にして回収するという手筈を整えた」

何で、わざわざ粉々にする必要があるあるんだ?

「僕ら〈量子双子〉の遺骨は、二人分であっても生物学的には全く同じものだと彼らも知っていたから、すぐに粉砕して普通の遺骨と見分けがつかないようにしたかったんだろう」

「火葬炉から二人分の遺骨が出てきた! といって何も知らないスタッフたちが騒ぎ出しても困るからね」

……

「僕らとしては、当然遺骨を彼らにわたしたくはない、自分たちの詳細な情報はなるべく秘密にしておきたいからね」

「だから、あらゆる手段を使って、遺骨の回収を試みたってわけさ」

もしかして、火葬スタッフの男を脅した、市役所の女も?

「多分、彼女だね」

……

「彼女とラブホテルに行ったのは、新しい身体のお披露目と今後の打ち合わせのためさ」

「若い男女が二人っきりでいる密室として、最も自然な場所の一つがラブホテルだからね」

……

……

あー、何か、頭痛くなってきた……

混乱したアタイは、頭を抱えて黙り込んでしまいました

……

そして、この後アタイラは、双子が所属しているというプロジェクトについて、さらに信じられないような事実を知ることになるのです

一方、イサオはというと、今までに見たことも無いような安心しきった面をして、ソファで丸まっているのでした

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