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【小説】ラヴァーズロック2世 #30「アフリカ」
あらすじ
憑依型アルバイト〈マイグ〉で問題を起こしてしまった少年ロック。
かれは、キンゼイ博士が校長を務めるスクールに転入することになるのだが、その条件として自立システムの常時解放を要求される。
転入初日、ロックは謎の美少女からエージェントになってほしいと依頼されるのだが……。
注意事項
※R-15「残酷描写有り」「暴力描写有り」「性描写有り」
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※連載中盤以降より有料とさせていただきますので、ご了承ください。
アフリカ
2階のオーディオルームはステレオセット側を除いた三方の壁が棚になっていて、1950年代前後のジャズや1960年代以降のロックを中心としたLPレコードがぎっしりと収納されていた。
消え入りそうな半透明の少女が、今その部屋の真ん中に立っている。
少女は人差し指で1枚のアルバムをそっと引き出す。
そしてジャケットをひとしきり眺める。
やっぱりジャズは50年代ころのデザインが一番カッコいい。
溝部分に触らないよう気を付けながら中身を取りだす。
ラベルの表と裏、ついでに溝もじっくり確認する。
A面を上にしてターンテーブルに乗せ、回転スタート。
トーンアームを摘み、流れる溝に針をそっと落とす。
チタン製のヘッドシェルは波立つたびに銀灰色の光沢を放つ。
音が立ち上がる直前の、この微かなサーフェスノイズに満たされるひと時が何とも心地よい。
そして、耳をつんざくような管楽器の雷鳴が響き渡る。
そもそも最初に彼女を虜にしたものは、スティーリー・ダンのアルバム『彩(Aja)』だった。
どれほどすごいミュージシャンが参加しているかとか、この後期スティーリー・ダンのサウンドをかろうじて〈ロック〉に引き留めているのは、ドナルド・フェイゲンのボーカルなのだとか、ロックズパパの解説も正直よく理解できなかった。
実際のところは、A面1曲目の『ブラック・カウ』の導入部を聴いた瞬間の、あの震えが止まらなくなるほどの体験こそが、彼女にとっての全ての始まりだったのだ。
少女の感覚器官に切実に迫ってきたのは、そのサウンドの隙間、シンプルであるがゆえに生まれる刹那の無音状態だった。
この過度なシンプルさは、プロデューサーであるゲイリー・カッツの注文なのか、どうなのか……。
それはともかく、この時折現れる相対無としての無音状態が、彼女にとっては絶対無に最も近いもの、代替的絶対無として感受され、体内に浸透してきてしまったのだ。
所詮、この無音/有音はダイナミックレンジの問題、先端の〈石〉に襲いかかる負荷の問題ともいえるのだが……。
けれどこれらの体験も、結局はこの後に訪れる、とても奇妙でとらえどころのない音楽的体験へのきっかけにすぎなかったのかもしれない。
スティーリー・ダンを皮切りに、少女の触手が1950年代のジャズにまで伸び始め、いわゆる名盤といわれているものをひと通り聴きあさったあと、これまでの様相を一変させてしまうモノがひっそりと現れた。
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