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【小説】ラヴァーズロック2世 #13「北半バナナシェイカーズ」

あらすじ
憑依型アルバイト〈マイグ〉で問題を起こしてしまった少年ロック。
かれは、キンゼイ博士が校長を務めるスクールに転入することになるのだが、その条件として自立システムの常時解放を要求される。
転入初日、ロックは謎の美少女からエージェントになってほしいと依頼されるのだが……。

注意事項
※R-15「残酷描写有り」「暴力描写有り」「性描写有り」
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※連載中盤以降より有料とさせていただきますので、ご了承ください。


北半バナナシェイカーズ


石(鉱物)とサイエンスと小説にしか興味を示さない少年の氷のような批評性を、是が非でも手に入れたいとイランイランは思っていた。

アイドル評論家である以前に一アイドルフアンであり、そして何よりも、とても多感で複雑なお年頃。彼女はそんな自分に冷静な批評ができるのだろうかと、常に自問自答していたのだ。

コミュニティ内で有名なアイドルフアンや、いわゆるアイドル通と称される人々と接続し、協力しながらことをなそうと試みたことはあるのだが、そのことごとくは失敗に終わってしまった。

はたから見たらどうでもいいような些細なこだわりが、修復不能なわだかまりとなり、結局うまくいかないことが多かった。

残念ではあったが当たり前といえば当たり前。その譲れないこだわりこそが、その人の人格を作りあげているコアな部分なのだから……。

そんなわけで、イランイランが出した結論、彼女のエージェントとなるにふさわしい人物の条件は次のようなものになった。

①     厳密かつ冷静にロジックを組み立てる能力があること。

②     アイドルなどというものに全く興味を示さず、かといって極端に毛嫌い しているわけでもないこと。(世間一般と多少ズレた趣味やこだわりがあればなおよい)

③     目標達成のためならば、人を人とも思わないような残酷さと、後悔や自己嫌悪の谷底に落ち込むことのない、ある種の鈍感さを備えていること。

④     依頼主の美貌に対して極端なあこがれや妬みの感情を持っておらず、性的な興味も示さない異星人のような青少年であること。

⑤     理由もなく突然にミッションが終了したとしても、あきらめずに最後までやり遂げようとか、途中で投げ出すのは卑怯だとか、そうい暑苦しいことをいわないタイプの人間であること。

で、問題なのが、このような条件を備えたエージェントに、アイドルフアンの心の機微を感情ではなく、あくまで知識や教養として理解してもらわなければならないということなのだ。

いくら興味がないとはいえ、フアンがいったいアイドルの何に惹かれ、どんな状況に一喜一憂しているのかを知らなければ、きっとあらゆることが的外れな方向に向かってしまうに違いない。

かれのような少年には、きっと教養としてのアイドルを浴びせ続けなければ、その効果は得られないことだろう。

しかし、そんなことが本当にできるのだろうか? だが、やってみるしかないのだ……時間は限られている。

女性アイドルグループの何たるかを学ばせるのであれば、やはりメジャーデビューを果たしたばかりで、最近上り調子の北半バナナシェイカーズがとっかかりとしては最適だろう。

そう、いくつかの候補の中から、かれ自身が実際に北花を選んだではないか。

この事実だけでも十分すぎるほど満足な結果だといわざるを得ないのだが、同時に独特のセンスを持つかれのお眼鏡にかなった北半バナナシェイカーズも、手前味噌ではあるがたいしたものだなと改めて思う。

もちろん、総合的な実力やセールスの面では、今現在アイドル界のトップを走っているGaRuRuガールズとは比べるべくもない。

けれど、北半バナナシェイカーズにはグループアイドルとしての面白みのほぼすべてが詰まっているといってよい。多分、かれもそのことを何となく感じて、北花を選択したのだろう。

ところで、実際に使用する教材についてだが、この件に関しては運営に感謝しなければならないことなのだけれど、幸いにもインディーズ時代の映像、とりわけミュージックビデオのメイキングや舞台裏の映像などが大量に存在していて、誰もが簡単に接続することができるという素晴らしい環境が整えられている。

要するに、北半バナナシェイカーズを全く知らない人であっても、このコンテンツ群を通して、結成当初から今に至るまでの彼女たちの泣き笑いを、一緒に追体験できる仕組みになっているのだ。

デビュー当時、彼女たちがまだ幼いころからコツコツと取り貯められた、この映像コンテンツを観さえすれば、北半バナナシェイカーズの魅力が必ず理解できるはずなのだ。

彼女たちの虜になり過ぎてしまうと元も子もないのだが、ティーンエイジ・アイドル以外では味わえない最も重要な要素〈無自覚で無防備な透明感〉を、是非とも理解してもらいたいものだ。

そして、メンバーの中から誰かひとりを〈推す〉という行為も重要になってくる。

もちろん、研究のためとはいえ、ロックに推し行為を強要するなんてことはもってのほかなのだが、自分の推しているメンバーの魅力を解説するときにも十分注意しなければならないだろう。

これはよくありがちなことなのだが、推しへの愛が強すぎて、相手がうんざりするほど一方的に語り過ぎてしまい、その常軌を逸した振る舞いのせいで、かえって反感を買ってしまう結果になることも……。何ごとにおいても、常に目的を見失わない冷静さを持ち続けることが大切なのだ。

ちなみにイランイランの推しは、ショートカットのキリコ・バナナシェイカー。

華奢で色白、穏やかでおっとりとした性格だが、ライブでのパフォーマンスがとにかく素晴らしく、その何かが憑依したような激しさは、普段とのギャップの大きさも相まって、フアンを魅了する最も大きな要素となっている。

ただ、体調不良でライブを休むことも多々あり、近々脱退するのではないかという噂まで繰り返し流されてしまうような娘でもある。

北花フアンのあいだでは、精神的に弱く、ちょっとしたことでもすぐに泣きだしてしまう彼女のことを、炭鉱のカナリアに例えて「キリタンが笑っていれば、世界はまだ大丈夫!」とささやかれていたりもする。

そして、それ故になのか、一見欠点と思われるこの弱さにまんまと引き込まれ、最終的にキリコ推しになってしまうフアンも多いのだ。(ちなみにキリコ・バナナシェイカー以外のメンバーを推すフアンの中にも、ライブのMC中などにキリタンのことが心配になってしまい、ついつい彼女の方ばかり観てしまう人たちがある一定数いるのだが、かれらは自分たちのことを自戒の意味も込めて〈隠れキリタン〉と呼んでいる)

 それまでは大好きな北半バナナシェイカーズのメンバーのひとりでしかなかったキリコ・バナナシェイカーを特別な存在、自身の人生に彩りを与えてくれる圧倒的存在と認識し始めたときのことを、イランイランは今でも鮮明に覚えている。

キリタンが体調不良で不在のまま行われたライブの映像を鑑賞しているときに、それは静かに始まった。

北花のライブを中心で支えるキリタンのパフォーマンスを観られない悲しみと、急遽変更された歌割とフォーメーションを必死でこなし、不在を補おうと頑張るメンバーたちへのリスペクト。これらの感情の合間を縫って、感謝の気持ちのようなものが静かに浮上してきたのだ。

それは、体調の悪いメンバーを無理矢理に出演させるようなことはせずに、ちゃんと休ませてくれる運営スタッフに対する感謝のようなものだった。

間違いなく少女たちはスタッフから愛されており、理想的な環境で活動しているという安堵感とでもいうのか。

確かに、彼女の不在は寂しいけれど、体調の悪い時は臆せずに休んでほしい……だから、休んだことがなんだか少し嬉しい。

この「さみしい=うれしい」という感情の水面が首までいっきに浮上してきたのだ。

そして、その後のキリコ・バナナシェイカー復活ライブの凄まじさときたら……。

湧き上がる歓声の中、汗と涙でクシャクシャになりながら歌い踊る彼女を目の当たりにした時に、イランイランは悟った。

自分が求めているものの本質は、素晴らしき歌唱でもなければ、圧倒的なパフォーマンスでもなく、キリコ・バナナシェイカーの存在そのものなのだと。

より良き歌や、より良き踊りのために彼女が存在するわけではない。そう、〈目的〉としての、より良き歌や、より良き踊りを得るための〈手段〉として彼女が存在するわけではないのだ。

確かに、北半バナナシェイカーズの楽曲はあらゆる面でレベルが高く挑戦的で、業界内にもフアンも多いくらいなのだが、それでもなお、楽曲が目的だとはいいたくない。

やはり、本質的にはキリタンの存在そのものが目的であって、歌に踊り、演技などはあくまでも彼女をより輝かせる〈手段〉(あるいは目的と見紛うほどの素晴らしき手段)なのだ。

もちろん、パフォーマンスが成功するに越したことはない。感動するし涙が出るくらいに嬉しい。

けれども失敗したら失敗したで、それもまたよい。

一緒に恥をかき、一緒に落ち込みたいと思う。

彼女の挙動に一喜一憂したい……そう、要は〈心配〉がしたいのだ。

愛情のはけ口? そもそも、愛とは相手を気づかい〈心配〉することではないのか? 

もしかしたら、演者と観客という単純な関係よりも、よりドメスティックな関係を勝手に築き上げてしまったのかもしれないが……。

この感情は、パヴァロッティの声がほんの一瞬ひっくり返っただけで、Mattoなブーイングを浴びせるスカラ座の観客たちには到底理解できないだろう。

このような経緯でイランイランはキリコ・バナナシェイカーから目を離すことができなくなったのだが、この、あとからやってきた本質的な邂逅をどう表現すればよいのか……。

そして、どんな風にかれに説明すればよいのか……。

それは、単純に自分自身がキリタンを好きになった、などという単純なものでは決してないのだろう。

それは大袈裟に聞こえるかもしれないけれど……向こう側から美少女の白くか細い手が伸びてきて、文字どおり自分の心臓を鷲づかみにしてしまったといってよいのだ。

その掴まれた手の跡は、今でもしっかりと残っていて、心臓の鼓動を意識するたびにその時の感触が蘇ってくる。

これはもう生まれついての身体的特徴のようなもので、運命として受け入れながら生きてゆくほかはない。

こんな、世界で最も切ない愛を抱きながら批評を展開するのは、きっと容易ではないだろう。

鉱物のように動じない心を持った、優秀なエージェントが絶対に必要なのだ。

華奢でちっぽけで頼りない、たったひとりの美少女であると同時に、世界全体、宇宙全体でもあるような存在、キリコ・バナナシェイカーと対峙するためには……。

つづく


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