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【小説】ラヴァーズロック2世 #21「散歩」

あらすじ
憑依型アルバイト〈マイグ〉で問題を起こしてしまった少年ロック。
かれは、キンゼイ博士が校長を務めるスクールに転入することになるのだが、その条件として自立システムの常時解放を要求される。
転入初日、ロックは謎の美少女からエージェントになってほしいと依頼されるのだが……。

注意事項
※R-15「残酷描写有り」「暴力描写有り」「性描写有り」
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※連載中盤以降より有料とさせていただきますので、ご了承ください。


散歩


『稲作=巫女=アイドル~現代の卑弥呼たち~』がふたりにとって、いや、イランイランにとっての最後のテクストとなった。

だが、本当に完成したのかどうか、今では誰にもわからないままだ。

たった今、ふたりはスタジオ〈でゅーぴー〉で北半バナナシェイカーズのインディーズ時代のメイキング映像を鑑賞している。

これはグループアイドルを〈関係性の総体〉として捉えるための、足がかりとして始めたものだった。

「私たち、オオカミに育てられました! 超個体、GaRuRuガールズです!」

憧れの先輩グループGaRuRuガールズの物真似をしながらふざけ合っているオフショット。

画面の中の北半バナナシェイカーズは、デビューから2年弱しかたっていないため、みんなまだ幼く何もかもが頼りない。

場面は変わって、ライブのアンコールも終わり汗びっしょりのメンバーが引きあげてくるシーン。

しっかり者で面倒見のよいイツキ・バナナシェイカーが廊下で突然泣き出す。

自分のパフォーマンスに納得ができなかったらしく、壁に額を押しつけながら大きな声で泣きじゃくっている。

いつも冷静なツッキーの泣き崩れる姿に、メンバーと女性スタッフは困惑の表情を一瞬見せたが、すぐに彼女を取り囲むと、順番に抱きしめながら慰めの言葉をかけていった。

ただひとりキリコ・バナナシェイカーだけが無言で傍らに立ち尽くしている。

フォーメーションがどうしても覚えられなかったり、本番前の緊張感に堪えられなかったりして、キリタンが泣きだしてしまったとき、いつもそばにはツッキーがいた。

背中にそっと手を添えたり、きつく抱きしめながら耳元で「大丈夫だから、大丈夫だから」と優しくささやいてくれたりしたっけ。

たった今、立場は逆転し、目の前では、あのしっかり者のツッキーが泣いている。

他のメンバーは、もう楽屋に向かって歩き出していた。

廊下にはふたりきり、キリタンだけが離れようとしない。でも、どうしたらいいのかわからない。

飼い主が泣いているときに膝の上に乗ってくる猫みたいに、ただ当たり前のように寄り添っているだけ。それほどまでに彼女は、幼かった。

ようやく落ち着きを取り戻し、胸に手を当て呼吸を整えるツッキー。

立ち尽くすキリタンの首に腕を回し、引き寄せると強く抱きしめた。

「大丈夫だから……」

この〈大丈夫〉は、私は大丈夫の意味ではなく、心配しなくても大丈夫の意味で、不安にさせてしまってゴメンナサイも多少含まれている。

ツッキーはうつむき加減のキリタンの頬を両手で包み込むと、自分と目が合うように優しくそっと顔を上げてやる。

そして、額に張り付いた前髪を整えてあげながら満面の笑みを浮かべる。

まだ笑えないキリタンも安心したのか、表情のこわばりもなくなって、普段の柔和な顔つきに戻ったようだ。

やがて腰に手を回し寄り添いながら、奥の明るい楽屋に向かって歩いて行くふたりの少女の黒いシルエット。

この影絵のように美しい、まだ幼い少女たちのか細いシルエットを観ていると、キリコ・バナナシェイカーのあの時の泣き顔がイランイランの心によみがえってくる。

メジャーデビュー記念の特番でグループアイドルの魅力についてインタビューされたときの一場面、「グループではなくて、もしソロで活動していたとしたら、キリコさんはアイドルを続けてこれたと思いますか?」と質問されたときのことだ。

彼女はしばらく沈黙したあと、おもむろに口を押え大粒の涙を流しはじめたのだ。

司会者は驚いていたけれど、キリタンのパーソナリティを知り尽くしている他のメンバーは、手を叩きながら爆笑した。

おかげで、その場の雰囲気が壊れることもなく、キャピキャピしたバラエティ感も維持された。

「こういう娘なんです」と説明するメンバーのキリコ・バナナシェイカーを見つめる瞳は温かく、年下のメンバーでさえ保護本能丸出しの視線を送っていた。

それは「彼女はこういう娘なんです」と口ではいいながら、結局は「私たちはこういうグループなんです」と、その立ち振る舞いで語っているようなものだった。

イランイランは泣いていた。最近は特に涙もろくなってきたように思う。

昔はキリコ・バナナシェイカーが泣いていれば、もれなくもらい泣きしていたのだが、近頃は、あのキリコ・バナナシェイカーが泣いていない、彼女も強くなったものだといっては泣いてしまう始末。

更には、現実のキリタンを超えて、もしもメジャーデビューできていなかったらどうなっていただろうとか、そもそもアイドルとして芸能界に入っていなかったら彼女はどんな人生を送っていただろうかとか、あり得べき可能性としてのキリコ・バナナシェイカーを勝手に想像しては涙ぐむことも頻繁になってきていた。

ロックは心配していることを悟られないよう、事務的な口調で気晴らしの散歩を提案した。

そういえば、行き詰ったときなどに、ふたりはよく近くの土手を散歩したものだった。

ロックとイランイランは並んで土手を歩いた。

今日は普段より人出が多いような気がする。

フードを被った黒ずくめの若い男たちがランニングをしていて、すれ違いざまに振り返ると、全員の背中には白い文字で〈JUSTICE〉と大きく書かれていた。

河川敷のグラウンドでは、少年たちがサッカーの練習試合をしていた。

「そういえば、今日は休日でしたね」

イランイランは斜面の雑草の上に座り、サッカーをする少年たちを眩しそうな目で眺める。

「ロック君もほら、このオオバコの上に座ってください」

オオバコ? ロックは一瞬躊躇の表情をみせる。

「大丈夫ですよ。この子たちは少しくらい踏まれても平気なんです」

かれもイランイランの横の草の上に座り、グラウンドを一緒に眺めた。雑草の生々しい感触が身体に沁み込んでくるのがわかった。

「私たち生きてるんですね……草の上に座ると、そう感じるんです……」そう呟くと、イランイランは大きく息を吐いた。

彼女は空を見上げながら、雲が動いていると嬉しそうに笑った。

そして、歩いているときは気づかなかったけれど、こうして静かにたたずんでいると雲の動きが手に取るようにわかるといった。

「雲の動きに気づくためには、立ち止まってみないといけないんですね……」

そのあと、イランイランは一言も口をきかず、ただ心にとまった景色を指さすしぐさを繰り返した。

ペンキを塗りなおしたばかりの真っ白なゴールポスト。川の中州の立木から一斉に飛び立ち幾何学模様を創り出すムクドリの群。向こう岸のガス工場で夕日を受けて輝く銀色の球形タンク。その隣で、座礁した豪華客船のように黙り込んでいるオフィスビルの滲んだ窓明かり。

それらを彼女が無言で指さすたび、ロックは隣で「うん」「うん」と頷いた。

ひんやりと心地よい川風がやってきて、イランイランの耳にかかった長い髪の何本かをそっと落とす。

その黒髪に夕陽が当たり、金色に燃え立つのをロックは見た。

視線に気づいたイランイランがロックを見返す。

無言のまま、ふたりは微笑み合った。

不意に、ボールを蹴り上げる音と同時に、少年たちの歓声がグラウンドに響きわる。

オレンジ色に染まった空の下で、きっと誰かがミラクルを起こしたのだ。

つづく


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