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人生「ベッド死守」理論
お風呂に入るのが面倒くさい。
入ってしまえば気持ち良く夜を過ごせると分かっていても、お風呂に付随するあれもこれもが面倒くさい。
部屋にソファがないため座椅子に座ったまま姿勢が崩れて半分寝転んだような格好になる。
お風呂入らなきゃ、
お風呂入らなきゃ、
お風呂入らなきゃ、
、、、、、、、、、
そのうち眠気が襲ってくる。
とりあえずお風呂は諦めて、ベッドに移動しよう、とは思えない。
なぜならわたしはベッドを死守したい。
お風呂に入らず汚れた体で寝転び、ベッドが汚れることから、死守したい。
(厳密には、外界の空気に触れた体や衣服はダメで、一日中家にいる場合は大丈夫、という、マイルール。)
となると体の半分が座椅子の上、半分が床で寝ることになる。夜中まで。ひどい日は、朝まで。
でも最近、諦めた。
ベッド死守を諦めた。
眠くなったら、服だけ着替えて、ベッドに移動し、横になる。
そうしたら、床で寝るより体は休まるし、
まぁ、朝お風呂入れば、そのまま髪もセットできるし、みたいな。いわば諦めの境地。
・・・・・・・・・・
「夜お風呂に入らなきゃ」
「湯船に浸かった方が体にいい」
「ベッドはお風呂後の体じゃないとダメ」
これはわたしの心と体が健やかであるためのものだったハズなのに、
いつのまにかわたしの心と体を縛るものになっていました。
数えきれないほどの夜を床で寝て過ごしたことで気付きました。
そして、友人夫婦宅でお泊りしたときに言われた、「体が疲れてるなら、お風呂なんて考えずにそのまま寝りゃええ。」という言葉に、とても救われた(心が軽くなった)と感じたことも気付きのきっかけでした。
この「ベッド死守」理論のように、
自分を幸せにするためにつくったはずなのに、それが今の自分を縛っている、
そんなものが、わたしの中に、まだまだあるんだろうなぁ。
もう要らない人生〇〇理論やマイルールたち、
そしてそれを守ろうとする自分、
どんどん見つけて、どんどん諦めていきたい。
(ただ、「夜お風呂を習慣にしたい。」という願望も、あるっちゃある。)