ガラナ(流派)について
《ライブ情報》
■2022/8/24(水)音や金時インド音楽ライブ「炸裂ツインタブラ‼︎」
会場: 西荻窪 音や金時
18:30開場 19:00開演 2700円(25席限定)
出演: 寺原太郎(バーンスリー)
森上唯(タブラ)
明坂武史(タブラ)
☆予約先 srgmpure@gmail.com(寺原)
または各出演者まで
☆配信URL https://youtu.be/_DyzUnkoRgc
さて今回はガラナの話。8/24のツインタブラライブに登場する2人は、どちらもファルカバードガラナと呼ばれる流派に属するタブラ奏者。タブラの流派には他にデリー、アジララ、ラクナウ、ベナレス、パンジャブの5つがあって、全部でタブラの6大ガラナと呼ばれている。中でもファルカバードは、コルカタを中心に数多くの著名なタブラ奏者を輩出する一大ガラナである。
で、そのガラナとは一体何なのか。ガラナ (標準表記で書くならガラーナー)、英語表記Gharanaは、ヒンディー語の家(Ghar)からの派生語である。つまり、○○家、△△家、みたいなものだ。家系である。○○に入る言葉が地名であることが多いのも家系っぽい。地域ごとに伝承される様々な音楽スタイルが、発祥地や居住地の名前をとってガラナとして呼ばれている。
例えば生物だったらまず動物と植物があって(本当は菌とか真核単細胞とか原核単細胞とか古細菌とか色々あるけれど)、動物には脊椎動物と無脊椎動物があって、脊椎動物には魚類や両生類や爬虫類や鳥類や哺乳類などの様々な種類がある、みたいな話で、同じようにインド古典音楽には北インド古典音楽と南インド古典音楽があって、北インド古典音楽には大きく分けてドゥルパドとカヤールの2つの様式があって、カヤールの中に様々なガラナ(流派)がある、と理解して貰えればいいと思う。因みにドゥルパドでは、ガラナではなくバーニーと呼ばれる幾つかの流派がある。ダーガルバーニー、ダルバンガーバーニーなど。
またガラナという言葉は、古典音楽だけじゃなくライトクラシカルの分野や古典舞踊カタックダンスでも同様に使われる。
さてと。ここから先は内容的にどうしてもカタカナの羅列になってしまうのを避けがたい。知らない地名や人名のオンパレードになると思うが、できればなんとか付いてきてほしい。これからインド音楽の音源を掘っていくにあたって何かの参考になるかも知れないし。でもまあ面倒だったら固有名詞は飛ばして貰っても構わない。じゃあ行きましょうか。
北インド古典音楽は16世紀ムガル帝国3代皇帝アクバル帝の下でその隆盛を極めたとされる。ターンセーンやバイジュといった伝説的声楽家たちが、ラーガの力で雨を降らせたり、炎を燃え上がらせたり、水に浮かべた大理石を砕いたりしていたあの頃だ。
Aaj Gawat Mann Mero - Baiju Bawra
https://youtu.be/95rsl4qREx8
ムガルの宮廷に宮廷音楽家がいたように、各地のマハラジャやナワーブたちの下にもそれぞれ宮廷楽師たちがいた。また、英国の支配が進んでムガル帝国が没落していくと、それまでデリーにいた音楽家たちが庇護を求めて各地の藩王国へ移動するようになった。こうしてそれぞれのガラナ成立の素地ができあがっていく。
インド古典音楽は声楽を中心に発達してきた音楽なので、ガラナも声楽のものが中心だ。WikipediaのGharanaのページには13の声楽ガラナの名前が挙げられているが、現在良く知られているのはアグラ、ベナレス、グワリヤル、インドール、ジャイプル・アトゥローリ、キラナ、メワーティ、パティアラ、ランプル・サハスワン辺りだろう。
先程の動画でターンセーンの素晴らしい歌声を当てていたアミール・カーン(Amir Khan)はインドールガラナの立役者であり、バイジュの超絶な歌を披露していたD.V.P.ことダッタートレーヤ・ヴィシュヌ・パルスカル(Dattatreya Vishnu Paluskar)はグワリヤルガラナの伝説的歌手である。グワリヤルは綺羅星の如く有名歌手を産出していて枚挙にいとまがない。最近の人の中ではヴィーナ・サハスラブッデ(Veena Sahasrabuddhe)が僕は好きだったが、残念ながら2016年に亡くなってしまった。
他に有名な歌手とガラナを挙げるなら、ジャスラジ(Jasraj)がメワーティ、アブドゥル・カリム・カーン(Abdul Karim Khan)やビームセン・ジョーシー(Bhimsen Joshi)、ガングバイ・ハンガル(Gangubai Hangal)等がキラナ、ニサール・フセイン・カーン(Nissar Hussain Khan)やラシッド・カーン(Rashid Khan)がランプル・サハスワン、キショーリ(Kishori Amonkar)やマリカルジュン(Mallikarjun Mansur)がジャイプル・アトゥローリ、バデグラム(Bade Ghulam Ali Khan)やカウシキ(Kaushiki Chakrabarty)がパティアラといったところ。ギリジャ・デーヴィ(Girija Devi)はベナレスガラナってことで良いのかな。すみません、ヴォーカリストの挙げ方がかなり偏っているのは承知の上です。
ギリジャ・デーヴィは大山のぶ代時代のドラえもんに、ガングバイ・ハンガルはクレヨンしんちゃんの声によく似てることでも知られている。
Smt Girija Devi- Babul Mora Naihar Chooto Hi Jaaye Bhairavi
https://youtu.be/6-x9vQpVUIc
Hindustani music in the powerful voice of Gangubai Hangal
https://youtu.be/i2dRcy25G28
器楽奏者も基本的にはいずれかの声楽ガラナに属していることが多いが、中には器楽中心のガラナもある。ラヴィ・シャンカル(Ravi Shankar)やアリ・アクバル(Ali Akbar Khan)、ニキル・べナルジー(Nikhil Banerjee)を擁するマイハルガラナ、ヴィライヤット・カーン(Vilayat Khan)のエタワガラナ、アムジャッド・アリ・カーン(Amjad Ali Khan)のセニサロードガラナ等。
僕の先生アミット・ロイ(H.Amit Roy)はニキル・べナルジーの家で最後の7年間を共に過ごした人なので、僕もこのマイハルガラナの末端に位置することになる。マイハルガラナは比較的歴史の浅い流派で、19世後半生まれのアラウッディン・カーン(Allauddin Khan)を開祖とする。2008年、マイハルガラナの曾孫としてアラウッディンカーン音楽祭に出演した際、マイハルにある彼の家を訪ねてきた。そこにはラヴィ・シャンカルの部屋アリアクバルの部屋ニキルの部屋バハドゥルカーンの部屋が今もあって、主人のないまま静謐な時を重ねていた。
そう、インド音楽は師匠の家に住みこみで習うのがあたりまえだったのだ。つい数十年前までは。もっと言えば、その家の子供しか継げないのが職業音楽家というものだった。もし外の人間が学ぼうと思ったらその家に養子に入るしかなかった。ラヴィ・シャンカルは音楽を習うためにアラウッディン・カーンの長女アンナプルナ・デーヴィの婿養子になった。インドの宗教と名前について詳しい人ならここはちょっと「えっ?」と思うところかもしれないが、それについて話すと煩雑になりそうなのでそれはまた別の機会に譲ることにする。そう、だからインド音楽では音楽家の家ごとにお家芸というものがあり、それがGharでありGharanaなのである。
書いてみて思ったが、日本語の「音楽家」も「お家芸」も、日本における伝統芸能が「家」によって継がれていることを表している言葉であって、その点ガラナとまったく同じなのであった。住み込みで師匠の世話をしながら芸の研鑽を積むのも、落語家や棋士の内弟子制度と同じだ。かつて僕も、毎月1〜2週間ほど先生の家に泊まりこむという通いの内弟子みたいな(?)ことをしていた時期がある。音楽は楽器の奏法や音楽のトピックだけを習うものではなく、その人が何を見てどう感じ、どう行動するのか、そういったことすべての最後に音楽という出口があるのだ、と僕の師匠は言っていた。
タブラ奏者のガラナも、声楽や旋律楽器のガラナと同様である。家ごとに伝承されてきたスタイルやコンポジションがある。もっとも最近は広く横断的に互いのスタイルや流行を取り入れたりして、かつてあった独自性はだいぶ薄まってきている。嘘みたいな話だが、かつては「他の流派の演奏を聴いたら破門」なんてこともあったそうだ。
今回タブラを演奏する2人が所属するファルカバードガラナ(Farrukhabad gharana)は、11世紀ラージプートの宮廷楽師であったアカーサ(Akaasa)を開祖とする最も古いタブラの流派のひとつ。現当主(カリファ Khalifa)は33代目になるサビール・カーン(Sabir Khan)で、今回演奏する森上唯くんの師でもある。
ファルカバードの名前は18世紀の頃に当主が住んでいた町の名前に由来するが、その町は実はウッタルプラデーシュの、デリーから400kmほどの所にある。広大なインド亜大陸で400kmなんてすぐ隣のようなものだ。ちなみにコルカタまでは1200km以上ある。なぜ今そんなに遠く離れたコルカタにファルカバード派のタブラ奏者が多いのかと言うと、没落していくムガル帝国に見切りをつけたファルカバードの楽師たちが移り住んだのが、当時英領インドの首都として栄えていたカルカッタだったという訳だ。
この流派が隆盛を誇るのは、20世紀初頭生まれのタブラ奏者にしてハルモニウム奏者にして声楽家でもあったギャーン・プラカーシュ・ゴーシュ(Jnan Prakash Ghosh)の功績によるところが大きい。誤植ではない。Jnanと書いてギャーンと読むで合っている。ギャーンという名前に英語のスペルを充てる時に、ついうっかりJnanとしてしまったということなんだと思う。とにかくこれが正式なスペルだ。弟子筋にシャンカル・ゴーシュ(Shankar Ghosh)やアニンド・チャタルジー(Anindo Chatterjee)、アビジット・べナルジー(Abhijit Banerjee)等がいて、現在のタブラ界における最大派閥と言っても良いだろう。アニンド・チャタルジーの生徒であるU-zhaanもこの流れを組む。
8/24に演奏するもう1人のタブラ奏者明坂武史くんの先生スロジャト・ロイ(Surojato Roy)は、シャンカル・ゴーシュの最年少の弟子だったので、彼もやはりこの派閥に属することになる。サビール・カーンに習う森上唯くんとは、同じ流派でありながら系統が違うというのはそういう意味だ。どれくらい違うのか。サビール・カーンの祖父マシット・カーンがギャーンバブーの師匠、ということはつまり森上くんの師匠の師匠の師匠が明坂くんの師匠の師匠の師匠の師匠という訳で、再び生物学の喩えを持ち出すなら同じ食肉目でもイヌ科とネコ科の違い、いや、ネコ科の中でのトラとライオンくらいの違いと言えるだろうか。どちらも同じネコ科大型獣と言えども、別種の猛獣という訳だ。斯く言う私は猛獣使い。この笛ひとつで迫りくる2頭の恐ろしいタブラ獣たちを自在に操り、とびきりの芸の数々を披露致します。さぁさ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、そんじょそこらのライブじゃ見られない、とっておきのライブだよ、さぁさぁ入った入った、お代は見てのお帰りだ、という訳で皆様のご来場を心よりお待ちしてます。拝。
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