心臓日記第1部 その5──通常病室パート1

 1週間のICU幽閉の後、一般の部屋に移動した。1週間ぶりに眼鏡をかけた。
 ICUは左右の部屋の雰囲気しか分からなかったのだが、ベッドのまま通常病室に運ばれながらやっと全体像が見えた。案外たくさんのベッドがあった。そしてそこに添えられている装置も各々それぞれ違っていて、自分のが一番シンプルだった。そしてほとんどの人が微動だにしていない。やはりこういう場所なんだなと思った。

 着いた一般部屋はお見舞いで見慣れたあれ。四人部屋。
 ごはんは1日目からしっかりと食べられる(ただし重湯)。ほとんど完食できた。少しだけついてくるフルーツがめちゃくちゃおいしい。
 1日目に尿道カテーテルを抜いたのだが、入れる時よりも時間は短いとはいえやはり世界最狂最悪の痛み。大人が大声を上げないと耐えられないものなんかそうはない。
 なのでそこからは尿は尿瓶に。だけど「おしっこのやり方が分からない」という、考えられない状態になっていた。えっどうやるの? などと思っている。だんだん慣れてきたけれど。
 なにより違うのは、時間が普通に過ぎていくこと。これがすごい。先週までのあれはなんだったんだろう。人間が存在できない狭間の世界に入ってたんじゃないかとすら思う。ここまで先週とは違ってくると、すでに「喉元忘れて」感が発生している。人間とはなんと愚かな。
 2日目だったかとてつもなくお腹が空いていて、出てきたごはんを、まずすべての小鉢の煮た野菜を重湯に突っ込み、それをスプーンでぐちゃぐちゃと混ぜ、ガガガガガと一瞬で食べたことがあった。そこまではその一回だけだったが、回復の兆しだったのかもしれない。
 看護師さんは朝昼晩とシフト制。ICU初期にも見てくれていた若い看護師さんも来てくれて、「あれっ、ICU出たの? 大出世じゃん~」「先週と全然違って顔がシュッとしてるね~」などと言うので笑ってしまう。このフランクさには癒される。
 眠ることにはまだ苦労していた。睡眠導入剤をもらってもなかなか寝付けなかった。
 車椅子で別の階まで連れて行ってもらい、レントゲンと心電図を撮る(その前日まではぜんぶベッドの上でやっていた)。その時にレストランや本屋やコンビニの前を通る。行きたくて仕方ない。
 利尿剤を注射しているからか、尿瓶大活躍。少しやり方が分かってきた。だけどお通じはなかなか苦しくて、酸化マグネシウムをもらう。下剤ではないので速攻で効くわけではないが。
 前週ICUではぜんぜん駄目だったリハビリもかなりましになっていた。リハビリの先生も「先週とはぜんぜん違う」と言っていた。まず1回目で車椅子に座り、廊下に出て、立って、足踏みして、5m歩くことができただけでものすごい進歩だ。そして歩行器で歩けるようになる、距離が延びる、一人で歩行器でトイレに行ける、となるまでにまる1週間かかった。
 このリハビリは毎日やるのだが、自分では「今日はそこそこできた」と思ったら次の日「昨日よりずっと良いです」と言われるというのが続いた。どれだけレベルが低いところにいたんだろうと思う。
 正常性バイアスというものがある。入院中「なんかもう大丈夫じゃない?」と何度も思った(それこそICUでも思った)が、1週間後にはそんなもんぜんぜん駄目だったことが分かる。これは退院しても続いた。歩くのもお風呂も食事も去年と同程度にできているのは、5月くらいになってからだ。
 ある日、ついにすべての点滴の針が抜かれた。一本だけいろいろ注射とかする用の針がまた刺さったままだが、どこにも繋がっていない。つまり両腕が自由になっている。
 入院からまる2週間経った。退院の気配はない。

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