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きいてかくタネ:11粒め「バカと思われることを恐れるな」

「こいつ何もわかってないな」

インタビューをしていると、インタビュー相手(インタビュイー)からそう思われているのではないかと、不安になることがたまにある。

なにせ相手は一流企業の社長や、学会で一目置かれる専門家、あるいは今をときめく著名人などなど。どう考えても、自分より知識も経験も自信も経済力も上。たぶん、一度くらい転生しても追いつかないだろう。そういう人だからこそインタビューを受けてほしいとお願いされ、こうやってインタビューをしているのだ。当前っちゃ当前だ。

じゃあ、がんばって2〜3度転生し、そういう人とも肩を並べられるくらい徳を積めばようやくインタビュー取材ができるのかといえば、そうではない。それでは誰も話を聞けないじゃないか。今の大谷翔平と肩を並べられる職業インタビュアーはたぶんこの世に存在しない。だけど彼らは勇猛果敢にインタビューに挑む。それでいい。そうじゃなければ、誰もスーパースターのありがたい言霊を現世の民は聞くことができない。

日米で野球殿堂入りしたイチロー氏の担当記者は大変だったと思う。凡人には何を言っているかさっぱり分からない独特の野球理論。常に見下されているのではないかと思わせるクールな態度(実際は違うだろうが)。イチロー氏のインタビューだけはしたくないと、若かりしきころの僕はテレビの記者会見を見ては思っていたものだ(たぶんすることはなかっただろうが)。それでも当時のイチロー氏の番記者たちは突撃していった。本当にたくましいなと思った。

彼ら勇敢なインタビュアーに共通しているのは「バカと思われることを恐れてはいない」ということだろう。もちろん、それなりの勉強と修行、経験を積んだプロインタビュアーだ。バカではないし、バカと思われたくはないはずだ。だが、インタビューという場においては、「バカと思われたくない」という気持ちは、時として思わぬ事態を招くことがある。

例えばこういう時だ。「ああ、この質問したら、バカと思われるかなあ」──と、躊躇して質問しなかったとする。でもそれにより、相手の本音をえぐり出す渾身の一撃を浴びせることができなかったかもしれない。そのせいで、どこにでもあるような凡庸な記事になってしまったかもしれない。それは、「相手から本音を引き出して、魅力的なストーリーを仕立てあげてナンボ」の職業インタビューライターにとっては、悔やんでも悔やみきれない致命的なミスである。「くそ、あのときひよってなければ……」と、眠れなかった日は過去に何度もある。

だから職業インタビューライターを自称するならば、バカと思われることを恐れずに、果敢に質問しなければならない。案外その一撃が「いい質問ですね」と相手に言わしめ、より深いコメントを引き出すきっかけにることはよくある。相手の本質を突き、事態を好転させる「バカの一撃」だ。

とはいえ、本当にバカであっては困る。何も下調べせず、「イチローさんって、どこを守ってるんですか?」などという質問は小学生でもしない。当たり前だが、事前に相手のことを調べることは最低限のマナーだ。

その上で、「いったん忘れる」のである。わかった上で、知らないふりをする。これ、大事。

もし相手のことを調べつくし、もはやインタビューなしでも1本書けるくらいわかっていても、さも初めて聞く態度で挑まなければならない。じゃないと、もはやリアルでインタビューする意味がないではないか。

知ったかぶりをする弊害は、専門的な知識を有する学者などにインタビューするケースで顕著だ。事前に必死で専門書を読み漁り、その知識をインストールしたことを自慢したくて、その学者と肩を並べて話したくなる欲求がたまに起こるが、もちろんそれは間違いである。何冊か専門書を読んだレベルで得られる知識などその学者のそれと比べればゴミ同然だし、そんな知ったかぶりは見透かされる。何より、一般の読者が置いていかれる。専門書の取材でないのなら、それらの知識を全く持ち合わせていない「素人」の素朴な疑問を忘れてはいけないのだ。

だからバカと思われることを恐れてはいけない。でも、本当にバカと思われたままだと、相手に「こいつには何を言っても分からんだろうから適当に受け流しておこう」と思わせる危険がある。こちらの精神衛生上もよくない。

だから、バカなふりをして、その上で、「ところで先生は学会でこんなことおっしゃっていましたね……」とジャブをかますのである。すると相手は「よくご存知ですね!」と言い、”意外とこいつは侮れないぞ”という、驚きと警戒を混ぜた目をこちらに向けてくる。この瞬間がたまらない。誤解を恐れずに言えば「気持ちいい」。インタビューの醍醐味である。

これを、あざとい戦略と思いたければ思いたまえ。インタビュアーは策士でなければならない。人たらしでなければやっていけない。玉砕してもいいから何かキラリと光るお宝をこの手に掴んで帰ってやる。ただじゃ起きないぞ。そんな泥臭いことを思いながら、いつも「はじめまして」の相手に、僕はこの身一つで立ち向かっていく。

きいてかく合同会社代表
プロインタビューライター
いからしひろき

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