
かぐや姫が悪徳令嬢になった話③
第四章: 月の裁き
蒼月との出会いをきっかけに、かぐやの心には次第に変化が芽生え始めていた。しかし、彼女が自らの過去の行いを振り返り、悔い始めたその矢先、月からの使者が再び地上に降り立った。
夜の静寂と光
夜の静けさを破るように、かぐやの前に光が差し込み、白装束をまとった使者たちが現れる。月光のように淡い輝きを放つ彼らの姿を見て、かぐやは幼いころの記憶を思い出した。あの時も、同じように月の使者たちが彼女を迎えに来たのだった。光り輝く使者たちが、その神聖な雰囲気を漂わせながら、静かに地上に降り立った。
「かぐやよ、地上での悪行が月に届いた。お前を裁きに来た」
使者たちの声は冷たく響き、その言葉はかぐやの胸をえぐった。彼女は蒼月との会話を思い返し、自らの罪を受け入れる決意を固めた。かぐやは無意識に、月の使者たちが発する冷気を感じ取る。その感覚は、彼女がこれまで避けてきた現実のようで、心の中に重くのしかかった。
裁きの宣告
「かぐや姫、あなたは地上で多くの者を傷つけ、秩序を乱してきた。その罪は重い。我々はあなたを月に連れ戻し、裁きを下すつもりだ」
使者の一人が厳粛に告げると、かぐやは一瞬目を閉じた。月の使者たちの厳しい言葉が心の中で響き、これまで自分が犯してきた過ちの数々が一気に押し寄せてきた。しかし、次に目を開けたとき、彼女の瞳には決意が宿っていた。過去の自分と決別し、これからの自分を選ぶ覚悟を決めた瞬間だった。
「確かに、私は地上で多くの過ちを犯しました。ですが、私はこの地でそれを償いたいのです。私の罪は、ここで私自身の手で清算するべきです」
その言葉に、使者たちは一瞬戸惑いを見せた。かぐやの強い意志を前に、月の使者たちも少しだけ心を揺さぶられたようだった。彼女の真摯な表情を見て、彼らはその言葉が単なる言い訳ではないことを感じ取った。
「地上にとどまることが、償いだと言うのか?」
「はい。この地で私が引き起こした混乱は、私がこの地にとどまり、自らの手で正していくべきです。月へ戻れば、それから目を背けることになるでしょう。それだけは避けたいのです」
かぐやの目に宿る決意は、月の使者たちを圧倒するほどの強さを持っていた。使者たちは黙ってその言葉を聞き、しばらく沈黙が続いた。その沈黙の中で、かぐやは自分の意志を貫こうとしていることが伝わっていった。
蒼月との再会
その場に蒼月が駆けつけたのは、偶然ではなかった。彼はかぐやの変化に気づき、彼女を支えるためにそばにいることを決めていた。彼が現れると、かぐやの心は少し安らいだ。
「かぐや殿、どうかあなたの意思を貫いてください。あなたの罪は、ここでの行いでのみ清められるものだと、私も信じています」
蒼月の言葉に、かぐやは微笑みを浮かべ、静かにうなずいた。彼がそばにいてくれることが、彼女の心に力を与えていた。
「ありがとう、蒼月殿。あなたのおかげで、私は自分の過ちと向き合う勇気を持てました」
その言葉は、かぐやの心から湧き上がった素直な感謝だった。蒼月の存在が、彼女の変化を支えていることを改めて感じる瞬間だった。
使者たちの判断
使者たちはかぐやと蒼月の言葉を聞き、再び話し合いを始めた。長い沈黙の後、彼らの長が歩み寄り、言葉を発した。
「かぐやよ、我々はあなたの言葉に心を動かされた。この地で罪を償うことを許そう。ただし、これ以上の悪行があれば、次は容赦しない。心して生きるがよい」
その言葉に、かぐやは深く頭を下げた。その時、かぐやの心には今まで感じたことのない重責と同時に、解放感もあった。月の使者たちが示した寛容の心に、彼女は感謝と決意を込めて答えた。
「ありがとうございます。私は、この地で誠実に生きることを誓います」
使者たちは静かに姿を消し、夜の闇が再び戻った。月光が照らす中、かぐやは自分の新たな道を歩み始める決意を固めた。
新たな道
使者たちが去った後、かぐやは蒼月の隣に立ち、夜空を見上げた。月の光は以前よりも優しく、温かく感じられた。まるで彼女の心に寄り添うかのように、月はその光を放ち続けていた。
「これからは、本当に人々のためになることをしていきたいと思います」
その声には決意と安らぎが混じっていた。彼女の目は、これまでの自分と違う輝きを帯びていた。それは、過去の重荷を背負いながらも、前を向いて歩み出す勇気の証だった。
蒼月は彼女を見つめ、静かに言葉を返した。
「あなたならできますよ。きっと、地上での罪も償えるはずです」
かぐやは微笑み、頷いた。その微笑みは、蒼月への感謝と、これからの人生に対する希望の表れだった。
こうして、かぐやは過去の罪を抱えながらも、新たな人生を歩み始めた。地上での悪徳令嬢の噂は、やがて善行の物語へと変わり、人々の記憶に刻まれることとなったのだった。
結末: 新たな生
かぐやは地位も財産もすべてを捨て、庶民として新たな生活を始めた。白峰家を出た彼女が選んだのは、小さな農村だった。そこは、かつて彼女が一方的に施しを与えて混乱を招いた村の一つであり、彼女にとって償いの始まりにふさわしい場所だった。
その土地は、かぐやの過去が深く刻まれた場所でもあった。かつては高貴な身分を誇り、村人たちの生活に足りないものを与えながらも、決して彼らと同じ目線で接することはなかった。無意識のうちに、かぐやは自分の優越感を忘れ、村人たちに必要以上の援助を与え、その結果として村に不安定な変化をもたらしてしまった。それがどれほど大きな混乱を引き起こしたか、彼女はすでに深く自覚していた。
村への到着
村に到着した日、かぐやは村人たちに頭を下げ、簡単な言葉で自らの意思を伝えた。彼女の姿は、かつての冷徹な令嬢とは違い、柔らかな表情を浮かべていたが、それでも彼女の出自に対する偏見は消えなかった。
「私は、皆さんの生活を混乱させた者です。これからは、皆さんと同じように働きながら、少しでもお役に立ちたいと思います」
村人たちはかぐやの言葉に驚き、最初は疑いの目で見ていた。かつての「冷酷な令嬢」が、本当に心を改めたのか信じられなかったのだ。しかし、かぐやはその目を受け止め、何も言わずにただ黙々と畑を耕し、家畜の世話をし、村人たちと共に働き続けた。毎日の汗と努力が、次第に彼女の心を清め、村人たちにもその変化を感じさせるようになった。
子どもたちとの触れ合い
ある日、村の子どもたちがかぐやの家を訪れた。彼らは、かぐやの美しい顔立ちと、前よりも優しく穏やかな表情に魅了され、自然と彼女に近づいてきた。子どもたちの無邪気な質問は、かぐやの心に暖かな光を灯した。
「お姉さん、本当に月から来たの?」
子どもの無邪気な質問に、かぐやは少し微笑んで答えた。その笑顔には、かつての傲慢さはなく、どこか穏やかな平和を感じさせるものがあった。
「ええ、そう言われていたけれど、今では私もただの人間よ。みんなと同じように生きているわ」
子どもたちはその答えに満足したように笑い、また遊びに行くと言って去っていった。彼らの無邪気な笑顔を見送ったかぐやは、ふと空を見上げた。そこには、変わらず月が輝いていたが、かぐやはもはやその月を恐れず、避けることもなく見つめることができた。
「私が月を拒んだのは間違いではなかった。でも、もう月に戻ることはないのね」
その言葉には、寂しさとともに、強い決意と安堵の気持ちが込められていた。かぐやは月を拒絶することで新たな人生を得たが、それでもその月の存在は心の中にどこかで輝き続けていた。
善行の輪
月日が流れるにつれ、かぐやは村人たちに少しずつ受け入れられていった。彼女は自らの過去を隠すことなく、かつての行いを語り、その後悔を胸に刻んでいた。その姿勢が村人たちの心を動かし、やがて彼女は「村の姉」として慕われるようになった。かぐやは、過去の自分と向き合い、村の人々のために尽力することを選んだ。その努力が、周囲の信頼を集め、次第に彼女の名は地元だけでなく、近隣の村々にも広まり始めた。
彼女が始めた小さな慈善活動――村の学校の手伝いや、困窮する家庭への支援――は、村の中に信頼の輪を広げていった。それはかつての一方的な支配ではなく、共に歩むための手助けであり、人々に新たな希望を与えるものだった。かぐやがまっすぐに向き合ったその日々が、村を少しずつ変えていき、人々の心にも新たな光を灯していった。
名声の変化
かぐやの善行はいつしか周囲の村にも広まり、彼女の名は新たな形で語り継がれるようになった。かつての「冷酷なかぐや」の噂は、今では「優しき姉」の物語へと変わっていった。彼女の生き様は、村の人々にとってただの伝説ではなく、日々の中で実感できる真実となっていった。
宮廷でも、かぐやの話は新たな伝説として囁かれるようになった。誰もがかぐやの真意を知るわけではなかったが、その名前に込められた物語は人々の心に残り、教訓として受け入れられていった。かぐやの行いは、物語として語り継がれるだけでなく、彼女の真摯な生き方そのものが人々に影響を与えた。
静かな幸福
ある日の夕方、かぐやは蒼月と村の小高い丘に立っていた。彼は村の近くに住むようになり、かぐやを静かに見守っていたのだ。夕日に照らされた村の風景を見ながら、かぐやは穏やかな表情を浮かべていた。
「かぐや殿、あなたの選んだ道は、間違っていなかったと思います」
蒼月の言葉に、かぐやは優しく微笑みながらそう言い、夕日に照らされた村を見つめた。
「そうかもしれませんね。でも、まだやるべきことはたくさんあります」
かぐやは少し遠くを見つめながら続けた。
「私はここで静かに生きていきます。それが私の償いであり、新たな生き方なのです」
蒼月はその言葉を聞き、そっと頷いた。
「あなたのそばで、それを見守らせてください」
かぐやは微笑み、頷いた。そして二人は、共に夕陽を見つめながら、これからの未来へと歩みを進めた。
「ええ。いつか、この村が平和になったとき、その時こそ本当に私が許されたと感じるでしょう」
こうして、かぐやはかつての悪徳令嬢としての自分を超え、新たな生を歩み続けた。彼女の名前は善行の伝説として人々に語り継がれ、その生き方は多くの心に光を灯すものとなったのだった。
――完――