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亡霊の諫言(いさめ)

あらすじ

 地方都市の市長・藤堂宗久(とうどう むねひさ)は、強引な手腕で知られるカリスマ政治家だった。彼は大規模な再開発計画を推し進め、市の発展を掲げて邁進していたが、その裏では財政の悪化や市民の不満が膨れ上がっていた。

 唯一、彼を諫め続けたのが、副市長の**片瀬重光(かたせ しげみつ)**だった。

 「市長、このままでは市の財政が破綻します。再開発計画を見直すべきです」

 しかし宗久は彼の忠告を無視し、ついには解任。数日後、重光は不審な事故で命を落とす。

 それからしばらく後の夜、宗久の前に亡霊となった片瀬重光が現れる。

 「市長……私は戻ってきました」

 宗久は恐怖しながらも亡霊の言葉を振り払おうとする。だが翌日から不可解な出来事が続く。再開発の工事停止、施工業者の倒産、市の財政破綻、市民の抗議デモ――市政は急速に崩壊していった。

 さらに、全国紙の一面で汚職疑惑が暴露され、市議会は市長の不信任案を提出。宗久は四面楚歌の状態に追い込まれる。

 夜、書斎で一人震える宗久の前に、再び重光の亡霊が現れる。

 「市長……まだ間に合います」

 宗久は涙を流しながら、ついに己の過ちを悟る。そして、再開発計画の中止を発表し、市民との対話を重視する方針へと転換した。さらに、自ら汚職疑惑の調査を受け入れ、市政改革に乗り出す。

 数日後、宗久のもとにふと風が吹き込む。振り向くと、そこには生前の姿のままの片瀬重光が立っていた。

 「市長……よくぞ」

 微笑みながら、重光は静かに消えていった。

 それ以来、亡霊が現れることはなかった。

 すべてを失った宗久だったが、最後に選んだのは、市民のための政治だった――。

第一章 消された補佐官

 灰色の雲が垂れ込めた朝、市役所の屋上には冷たい風が吹いていた。藤堂宗久(とうどう むねひさ)は、胸を張って市庁舎の大理石の階段を登っていった。スーツの袖を軽く払いながら、エントランスの自動ドアをくぐる。

 「おはようございます、市長!」
 「今朝の新聞、読みましたか? 再開発の件、また大きく取り上げられていましたよ!」

 職員たちが笑顔で挨拶を交わし、彼の後ろをついて歩く。市長の姿が見えるだけで、彼らは仕事の手を止め、頭を下げる。宗久はこの空気が好きだった。自分がこの街を動かしている――その実感が心地よかった。

 この町を一流の都市にする。
 そのためには、大胆な改革が必要だ。

 宗久の脳裏には、地図が広がっていた。古びた商店街を壊し、再開発する。駅前に巨大なショッピングモールを建設し、高層マンションを立てる。市を活性化し、税収を増やし、より豊かな未来を築くのだ。

 だが、その未来を阻もうとする者がいる。

 片瀬重光(かたせ しげみつ)――副市長。

 「市長、このままでは市の財政が破綻します。」

 会議室に響く片瀬の冷静な声。

 四角いガラス張りの部屋。長い会議テーブルの上には、タブレットや資料の山が積まれている。スーツ姿の幹部たちが息を殺していた。片瀬はメガネの奥の鋭い目で宗久を見据える。

 「住民の生活を考えねばなりません。再開発計画は見直すべきです。」

 宗久は苛立ち、ペンをテーブルに投げつけた。

 「うるさい! お前はいつも反対ばかりだ! この俺の邪魔をする気か!」

 片瀬は動じなかった。

 「私は市民のためを思って申し上げています。市長、今ならまだ間に合います。」

 「間に合うだと?」

 宗久は椅子を乱暴に引き、立ち上がる。

 「俺がどれだけの時間をかけて、この計画を進めてきたと思ってる? 議会も、財界も、すべて俺が動かしてるんだ。お前のような慎重派がいちいち口を挟んでいたら、何も変わらねぇんだよ!」

 幹部たちは誰も口を開かない。ただ沈黙の中で、宗久と片瀬の視線だけがぶつかり合っていた。

 片瀬は静かに息を吐き、低く言った。

 「市長、私はあなたに忠誠を誓ってきました。しかし、もしこのまま暴走を続けるなら……私は、あなたを止めるために動くしかありません。」

 その言葉に、宗久の表情が変わった。

 「……今、なんて言った?」

 「市民を守るのが私の役目です。」

 「そうか。」

 宗久は鋭い笑みを浮かべた。

 「なら、お前はもういらないな。」

 それから数日後、片瀬重光は市庁舎を去った。

 「副市長が辞任?」
 「どうやら市長と対立していたらしい」
 「でも、あの人がいなくなって大丈夫なのか?」

 市役所内ではささやき声が広がったが、誰も大きな声で言うことはなかった。市長に逆らえば、どうなるかわかっている。

 そして、さらに数日後――

 片瀬重光は、不審な事故で命を落とした。

 深夜の雨の中、彼の車はブレーキの効かない状態でガードレールに激突し、大破した。警察は「単なる整備不良による事故」として処理したが、一部の職員の間ではこんな噂が流れた。

 「市長は……何か関係してるんじゃないか?」

 しかし、その言葉を口にする者はいなかった。

 藤堂宗久の強引な政治は、ますます加速していった。

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