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雪山の獣②

第4章:避難小屋への希望

ついに、亮太は小屋を見つけた。その姿は、白銀の世界の中でひっそりと佇み、まるで命の糸のようにかすかな光を放っているように見えた。雪に覆われ、まるで自然の一部となっているかのような小屋が、亮太にとってはまさに希望そのものだった。吹雪の中で消えそうになる視界の中、あの小さな小屋が唯一、彼に生きる力を与えてくれる場所に感じられた。しかし、その足元は限界に達していた。

彼の体力はもう完全に尽き果て、足は重く、疲れが全身に染み渡っている。動こうとするたびに膝がガクガクと震え、雪に足を取られながら、亮太は必死にその小屋へ向かう。雪の中で進むたびに身体が沈み、冷たい風が彼の顔を叩きつける。だが、背後から迫る足音は、まるで時間が止まることなく、常に一秒ごとに彼を追い詰めてきている。恐怖が彼の背筋を這い上がり、足を踏み出す力さえも奪っていく。がむしゃらに進みながら、亮太は心の中で呟いていた。

「あと少し、あと少し!」

それが全てだった。限界の中で、ただその一言を繰り返すことで、自分を無理矢理に前へ進ませた。足を引きずり、心も体もすでに崩れそうな状態だったが、その小屋が彼を待っていると信じていた。背後から響く、あの不気味な足音と唸り声が、彼に恐怖と絶望を叩きつける。しかし、無我夢中で足を前に出し続け、ついにその扉の前にたどり着く。

だが、扉が目の前にあるという事実が、かえって彼を混乱させた。手が震えて、指がかろうじて扉の取っ手に触れたその瞬間、恐怖と焦燥感が一気に襲ってきた。手が滑り、何度も取っ手にしがみつくように試みるが、指が思うように動かない。冷たい風が体に突き刺さり、呼吸が浅くなっていく。何度も失敗を繰り返し、心がついていけなくなりそうだった。その瞬間、背後からの唸り声がさらに大きくなり、何かが迫ってくる感覚が現実になりつつあった。

「開けろ!開けろ…!」

亮太は必死に叫びながら、力を振り絞って扉を押し込む。足元がふらつき、視界がかすんでいく中でも、ただその扉を開けることに全力を注いだ。ようやく、扉がギシギシと音を立てて開き、彼はその隙間を無理矢理に通り抜けた。だが、安心する暇もなく、体がそのまま倒れ込むように小屋の中に滑り込んだ。肩で息をしながら、扉を引き寄せ、必死に閉めた。

その瞬間、冷たい空気が一気に小屋の中に流れ込み、息が白く立ち上る。亮太はすぐにその扉を押し込み、震える手で鍵を掛けようとした。しかし、背後からの唸り声はまだ止まらない。どこまでも遠くからでも聞こえてくるその音は、まるで彼を逃がさないとでも言うかのように迫ってきていた。息を整え、全身を押し込むようにして扉を閉めたが、外から伝わってくる気配が、彼を安心させてはくれなかった。

その時、亮太は深く息をついて目を閉じ、冷静に自分に言い聞かせた。「今は落ち着くことが最優先だ。」その言葉を胸に、彼は再び自分の心を落ち着かせようとした。心臓の鼓動は依然として速く、耳鳴りがするほどの緊張感に包まれていたが、それでもその小屋の中で一息つけたことが、唯一の救いだった。

第5章:怪物の正体と心理戦

小屋の中に入った亮太は、息を整えながらも、その背後で迫る危険の大きさに気づき始めていた。風が小屋の壁を叩き、雪がどんどん積もっていく中、彼は一瞬だけホッとした。しかし、すぐにその安堵は消え失せ、冷や汗が背中を伝う。彼が望んでいた安全な場所とは程遠く、完全に囲まれていることを理解せざるを得なかった。

「外で何かが動いている…」亮太は恐る恐る小屋の窓から外を覗き込んだ。夜の雪山は真っ白で、月明かりも差し込まない。だが、その静けさの中で感じるのは、ただひたすらに不安だけだった。彼がここにいることを、あの怪物が知っているのは明らかだった。彼を追い詰めるその理由が一切分からないことが、余計に不気味だった。

亮太は窓の外を見つめながら、自分に問いかけた。なぜ自分が追われているのか? あの巨大な影が、ただ無差別に暴れているだけなのか、それとも何か理由があって自分を狙っているのか。彼はその正体を知りたかった。しかし、その答えが出ることはなかった。外で何かが動くたびに、心臓が激しく打つのを感じる。怪物の動きが近づいている気配は、まるで自分を飲み込もうとしているような感覚を与えた。

「どうすればいい…?」
彼はその問いを繰り返すように、呆然と考え込んだ。時間が過ぎても、外の音は一向に消えることがない。風の音、雪の音、そして時折響く重たい足音。それらすべてが一つの大きな恐怖の渦となり、彼の心を締め付けた。

突然、目の前に視界を遮るように何かが現れた。壁の一部に掛けられた古びた斧が、薄暗い中で亮太の目を引き寄せた。何も考えずにその斧に手を伸ばすと、冷たい鉄の感触が指先を貫く。その冷たさが逆に彼を落ち着かせた。体が震えるのは恐怖だけでなく、絶望感から来るものだということに気づいたからだ。自分が今、何をしなければならないのかを、冷静に考えなければならない。

「これで最後だ。」
亮太はその一言を心の中で繰り返し、決意を固めた。斧を握りしめると、その冷たさに触れた指先が震えを止め、彼の心に冷静さが戻ってきた。恐怖を乗り越えなければ、これから先もずっと逃げられないという覚悟が固まった。外で聞こえる唸り声が、ますます大きくなっていく。怪物は待ってくれない。何度も背後に目をやりながら、亮太は心の中で立ち上がる力を振り絞る。

彼は一歩踏み出すと、周囲を見渡し、どんな小さな手がかりでも逃さないようにした。小屋の中には他にも道具があるかもしれない。だが、時間が無い。背後から感じるその圧倒的な存在感、目に見えない恐怖が、彼に行動を促していた。

「今しかない。」
亮太は斧を握りしめ、もう一度息を吸い込んだ。外の風が吹き込む隙間から、冷たい空気が小屋の中に入り込む。その冷気が、彼の決意をさらに固めた。自分を追い詰めてくる怪物と対峙する時が来た。何をしてでも、ここから脱出するために、彼は立ち上がった。

「これが最後のチャンスだ。」
彼は扉をゆっくりと押し開ける。だが、その一歩を踏み出した瞬間、外から不気味な音が再び響き、亮太の体は思わず震えた。しかし、もう後戻りはできない。恐怖を振り払って、亮太は斧を握りしめ、目の前の闇に飛び込んだ。

第6章:最終決戦

亮太は小屋の扉を勢いよく開けた。雪の冷たい空気が一気に流れ込み、体に痛みを感じるような寒さが襲ってきた。その瞬間、目の前に現れたのは、ただの怪物ではなかった。恐ろしいまでに巨大で、全身を覆う黒い毛が雪の中でまるで生き物のようにうねっている。その目は炎のように怒りを宿し、完全に亮太を狙っていることが分かった。

「来い!」亮太は心の中で自分を奮い立たせながら叫んだ。何も考える暇はない。目の前の怪物が、まるで一瞬で突進してくるかのような勢いでその場に立ち尽くしている。彼の心臓は激しく鼓動し、体は震えていた。だが、それでも立ち向かうしかない。あの怪物が恐ろしいほどの速度で近づいてきているのが分かった。

一瞬の間があった。亮太の脳裏に、これが自分の最後の戦いだという現実が浮かんだ。振りかぶった斧を、彼は必死で構え、怪物が突進してきた瞬間を狙った。

その時、目を合わせた瞬間、まるで時間が止まったかのように感じた。怪物の目はまるで無限の暗闇のように深く、冷徹だった。その瞳は、何かを訴えかけているようにも見えたが、それが何なのかは分からない。ただ、怒りと憎しみが溢れんばかりに輝いているのが恐ろしかった。

そして、怪物が一気に動き出した。驚くべき速さで、巨大な体を持ちながらも俊敏に亮太へと突進してきた。亮太は心臓が激しく打つ音だけを聞きながら、振り下ろした斧を目指して正確に狙いを定めた。

その瞬間、斧が怪物の目に突き刺さった。金属の冷たい感触と共に、恐ろしい音が響き、怪物は激しく後退した。亮太はその一瞬にすべてを込めた。怪物が絶叫を上げ、その反動で後ろに倒れるのが見えた。だが、その声は終わりを告げるものではなかった。怪物は再び立ち上がり、その瞳は恐怖ではなく、さらに激しい怒りを湛えていた。

「くそっ!」亮太はもう一度斧を構え直し、必死で動いた。怪物はすぐに立ち上がり、再度突進してくる。だが、今度は違う。亮太の体は限界に近づいていたが、何とかその反応を鈍らせ、隙間を突いて小屋へと走り込んだ。

雪に埋もれた小屋の扉を猛然と押し込んだ。後ろから怪物の足音が迫ってくる。全身の力を振り絞りながら、亮太は必死で扉を閉める。目の前の扉が閉じられ、金属音が響き渡ったその瞬間、外の激しい音がピタリと止まった。

雪山には静けさが戻った。風の音さえも聞こえない。しばらく、亮太はその場に立ち尽くしていた。心臓は未だに激しく鼓動していたが、体は限界を迎え、膝が震えていた。

彼は息を整えるために何度も深く呼吸をした。目の前の冷えた空間の中で、自分が生きていることにただ安堵した。しかし、同時にその安堵が、恐怖と混じり合い、心の中に深い不安を残した。

何度も振り返って見ても、怪物の影は小屋の外にはなかった。だが、亮太の心の中に、あの目と絶叫が何度も反響していた。あの恐怖が、今後も消えないことを、彼は無意識に感じていた。

「もう…終わったんだろうか?」亮太は呟きながら、震える手を膝に押し当てて座り込んだ。外の世界は変わらず、雪と風に包まれている。しかし、彼の心の中に残ったものは、ただの戦いの記憶ではなかった。それは、自分を追い詰める未知の恐怖、そしてそれを乗り越えるために払った犠牲だった。

その日から、亮太は決して雪山の静けさを完全には信じることができなくなった。恐怖が、彼の中で生き続けることを知りながら。

――完――

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